第223話赤い死の血の湖(2)
エレーナは少し声を震わせながら説明をはじめる。
「松田明美様のおっしゃられた通りで、赤い死の血の湖はルーマニアのジャマナにあります」
「そもそも赤い湖とは、ラグナとかロハなどの鉄分を含む藻によって赤くなる現象が一般的なのですが」
「これから説明する赤い死の血の湖は、何人も寄せ付けない、まさに死の湖」
エレーナはここまで話して、一呼吸。
自分を見つめる華音たちに頭を下げ、説明を続ける。
「歴史的に申せば、もともとこの地域には480の家族、約1,000人もの人が住んでいました」
「それに異変が起きたのは、1978年に付近にルシアポエーニ鉱山が発見され、1980年に銅の生産が開始されてから」
「もっとも、住民に対しては1978年から立ち退きを命じたそうです」
「チャウシェスク大統領の政策から、このような事態が発生したのですが、まずチャウシェスク大統領について説明をいたします」
「もともと大工の息子として生まれ、1965年に共産党のリーダーとして大統領に就任」
「厳しい思想統制、信教の自由の禁止政策をすすめ」
「女性のファッションの禁止」
「娯楽の禁止」
「ルーマニア人と外国人との会話の禁止」
エレーナは淡々と説明を続けるけれど、聞いている華音たちは、少しずつ内容の深刻さから、顔が厳しくなる。
エレーナは説明を続ける。
「秘密警察を作り、通報社会となりました」
「国民の三割が秘密警察でした」
「その他、人口を増やすことが国力が増すとの考えから、人工中絶の禁止」
「母体に危険が及ぶ場合でも、認められず、100万人以上の女性に何らかの問題が発生、そのうち半分が命を落としたとも」
「その他にも異常と思える政策をすすめました」
「西欧諸国からの借金を一挙に返済、結果として国民は食糧難と貧困にあえぎ、停電も頻発」
「その一方で、1984年、自分のためにブカレストに豪壮な宮殿を築く」
「ベルリンの壁が崩壊後、自由と民主主義を叫ぶ国民を虐殺」
エレーナの顔が沈んだ。
「もちろん、そんな政策は長続きするわけはなく、チャウシェスクは市民の圧力を抗しきれず逃亡、1989年12月に捉えられ、即刻処刑」
エレーナの説明を聞く全員の顔が深刻に沈むなか、エレーナは話題を変える。
「ところで、赤い死の血の湖については、やはり自然環境を配慮しない銅の生産が大きな原因の一つ」
「銅の精製過程で発生する産業廃棄物の処理についてはコストがかかる」
「結局経済に窮乏していたチャウシェスク政権はそれを無視」
「結果として、産業廃棄物は垂れ流し」
「この産業廃棄物、排水の中には、シアン化合物を基板とするヘドロが大量に含まれ、その結果、悪臭をもたらす死の湖と化した」
「何しろ、シアン化合物に含まれるシアンは無色透明で体内に入ると呼吸困難、数秒で人は死にます」
「そして致死量は、わずか0.06グラム」
「調査の中では、人造湖を作った後に汚染水が湖に流入したということではなく、汚染水で人造湖を作ったらしいということ」
「そんなことのために、地域住民は立ち退かされ」
「かつて住んでいた美しい山の村は、赤い死の血の湖と化してしまった」
今西圭子がため息をつく。
「ほんと・・・罪深い所業だね」
松田明美は、エレーナに再び質問。
「ところで、人も立ち入れないような湖だけれど、そこからまた問題が?」
エレーナは、ますます顔を蒼くして、深く頷いている。
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