第106話VS柔道部副主将篠山(4)

華音は、放心状態で座り込んだ篠山に、やさしい声で話しかけた。

「篠山さん、腕をほどいてくれてありがとうございます」

「それで、立てます?」


篠山は、「信じられない」という顔で、華音を見る。

そして、本当に周囲が驚くようなことを口に出す。

「ああ、突然、切れてしまってごめん」

「一年のお前にまで迷惑をかけて」


篠山は、立ち上がろうとする。

「・・・立ち上がれるかな・・・」


しかし、何故か、立ち上がれない。

「あれ?」

「足に力が入らない」


少し困っている篠山の脇に、華音は自分の腕を、すっと入れる。

篠山は、またしても「え?」と言う顔になるけれど、華音の「介助」を受けて立ち上がった。


その篠山の前に、柔道部顧問小川、空手部顧問松井、そして吉村学園長が立った。


柔道部顧問小川は厳しい表情。

「篠山、どういうことだ?」

空手部顧問松井も厳しい。

「とにかく理由を言って欲しい」

吉村学園長は、冷静。

「とにかく、篠山君、剛君、それから顧問二人は学園長室に来なさい」

「今、直行します」


そして華音に声をかけた。

「華音君、お疲れ様」


華音の顔はいつもの冷静な顔。

「いえ、僕の名前が出て、喧嘩になったというので、責任を感じていました」

そして、頭まで下げる。

「申し訳ありません」


柔道部顧問小川が、頭を下げる華音を制した。

「いや、華音君が頭を下げる必要はないよ」

「すべて、篠山の不始末」

「私が謝らなくてはならない」


華音は、それでようやく頭を上げる。

「ありがとうございます」

そして、一言付け加える。

「一度、柔道部にも、お邪魔させてください」

「入る気はありませんが」

「よろしいでしょうか?」


今度は柔道部顧問小川が「え?」と言う顔になるけれど、吉村学園長は、それについては何も言わない。

表情を厳しくしたまま、歩きだす。

「まずは、篠山君と剛君の事情聴取です」

その吉村学園長の後を、篠山、剛、柔道部顧問小川と空手部顧問松井が歩いていく。


ようやく静かになった教室の中に、3年生の生徒たちが集まって来た。

そして華音に声をかける。


「なんか、華音君、メチャ冷静で正論してた」

「真正面から見ていただけだよね、でも篠山はそれで負けちゃった」

「それにしても、負けて立ち上がれなくて、華音君に助け起こされるなんてね」

「マジ、自分で喧嘩ふっかけて、剛君の首絞めて、華音君に見られただけで・・・」

「戦意喪失?不思議だ・・・」


三年生たちは。そんなことを言っているけれど、華音は何も聞いていない。

教室内をしばらくキョロキョロとしていたけれど、その後、廊下に視線を走らせた。

そして、一旦、廊下に出て、すぐに戻って来た。

持ってきたものは、水をたっぷり入れたバケツとモップ。

華音は、コーラのこぼれた床面の、掃除を始めている。

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