第36話佐野顧問vs華音 勝負は一瞬
佐野顧問は、迷ったけれど、とうとう竹刀を持った。
やはり自分と華音の手合わせを期待する剣道部員、学園長、そして見学に来た生徒たちの視線が気になる。
本当は、華音の剣が怖い、華音に柳生霧冬がどんな指導や技を仕込んであるのか、それも怖い。
また、ゾッとした。
あの、厳しい指導を持ってなる柳生霧冬が、弟子を外に出す以上は、その弟子の力を認めているということ、となると、目の前で竹刀を振る華音の力は、おそらく自分より格上かもしれない。
「できれば、剣道着を付けたい」
それが、佐野顧問の本音になるけれど、顧問が道着をつけ、華音がつけないのでは、あまりにも不公平。
「常時戦場」と、自分自身が柳生霧冬に指導された時の、叱咤の言葉が、再び頭に響いてくる。
華音が佐野顧問に声をかけた。
「これも、至らぬ私の修行です」
「ご指導願います」
ただ、華音は構えは取っていない。
佐野顧問は、また身体が震えた。
しかし、そこまで言われて、応えないわけにはいかない。
何より、自分が指導する剣道場、部員も学園長も、学園の生徒の視線も集まっている。
「やるしかない、どうなっても」
佐野顧問は、震えながらも覚悟を決めた。
そして、ゆっくりと剣道の基本、中段の構えを取る。
すると華音は、上段の構えを取った。
つまり、基本的には胴ががら空き。
しかし、佐野顧問は、それが逆に怖い。
もし、華音の鋭く速い振りが、打ち下ろされれば・・・
しかも、道着をつけていない。
どう予想しても、華音の動きのほうが、自分よりも速い。
動くのをためらう佐野顧問に、華音はフッと笑った。
途端に電光石火の動き。
「うわ!」
佐野顧問は、あまりの速さに目を閉じた。
そして、身体全体が固まった瞬間、頭の上にかすかな感覚。
「う・・・」
華音の竹刀の先が、佐野顧問の脳天にピタリとつけられている。
「負けだ・・・」
負けとしか言いようがない。
「これが真剣なら・・・いや、木刀でも、俺の頭は割られている」
「いや、命はない」
佐野顧問は、この時点で、ただ竹刀を持って立つだけの男となってしまった。
華音の竹刀が、佐野顧問の頭上から、ゆっくりと離れた。
そして華音の声が聞こえてきた。
「佐野顧問、ありがとうございました」
相変わらず、やさしい声。
しかし、佐野顧問は、そのやさしい声が、より怖ろしい。
「あ・・・ああ・・・」
「すごいな・・・強いな・・・」
かつてコテンパンに打たれた柳生霧冬の剣を思い出した。
速さでは、柳生霧冬よりも上かもしれないと思う。
あっけに取られる剣道部員や生徒たちの視線も、気にしている余裕はない。
佐野顧問は、腰が抜け、座り込んでしまった。
ただ、吉村学園長だけは、ウンウンと頷いている。
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