第35話佐野顧問の膝が震えだした。

華音は、素直に答えた。

「はい、師匠は柳生霧冬先生」

「三歳の頃から、ずっと指導をされています」


佐野顧問の表情が、ガラリと変わった。

「え・・・あ・・・」

「あの・・・柳生先生か・・・」

少し震えている。

そして、華音の顔をじっと見る。

「御存命であったのか・・・」


華音は、表情に変化がない。

「はい、今は、柳生の地におられます」

「つい一昨日も奈良にて、ご指導を受けてまいりました」


佐野顧問は、驚いたような、うれしいような、複雑な顔。

そして華音の手を握る。

「そうかあ・・・柳生先生のお弟子さんだったのか」

「それなら、よくわかる」


華音が佐野顧問に尋ねた。

「佐野先生は、柳生先生をお知りなのですか?」


佐野顧問は、破顔一笑。

「ああ、先生が警察庁の指導で来られた・・・そうだなあ・・・」

「20年前かなあ・・・」

「俺が若手の剣士で、全国大会に出る前だった」

「俺だって、優勝候補に入っていたのさ」


佐野顧問は、話を続ける。

「柳生先生に指導してもらったんだけど」

「まあ、コテンパンさ」

「実力が違い過ぎる、気迫が違い過ぎる」

「神とか鬼とか、そんな感じ」

「とにかく速くて、つかまえられない」

「余程の鍛錬を重ねないと、あの動きは無理」

過去の話をして、華音に尋ねた。

「華音は、その先生に指導を受けたのか」


華音は、ニコニコと聞き、答えた。

「確かに厳しい先生でした」

「三歳の頃から、毎朝4時半から、1時間半の指導」

「天候には関係ありません、休みもありません」

「道場はなく、露天、山の中、川の中もありました」

「道着もありません」

「いつもの口癖は、常時戦場」

「道着をつけ、道場で、ルールなどに縛られて棒きれを振るくらいでは、戦場では役に立たない」

「千差万別の状況の中で、常に勝つ、それが戦場の剣」


佐野顧問は、聞きながら笑った。

「全く同じことを聞いたなあ」

しかし、すぐに表情を変えた。

「あの先生の指導を・・・そんな子供の頃からか・・・」


あらためて華音の立ち姿を見る。

「ふ・・・全くスキが無い」

「身体全体から、オーラが出ている」


華音から声がかかった。

「佐野先生、これ知っています?」


佐野顧問が華音を見ると、華音が竹刀を上段に構え、振り下ろした。


「ピュン!」

布地を切り裂くような、高く鋭い音。

「ピュン!」「ピュン!」「ピュン!」・・・・

華音は竹刀を振り続ける。


佐野顧問は、驚いた。

「あの振りの速さは、道着をつけて、ようやく怪我が避けられる程度」

「つけていなければ・・・皮膚まで断たれる・・・」

佐野顧問の膝が、ガクガクと震えだしている。

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