第13話沢田文美が華音を抱きしめる

沢田文美が、話し出した。

「あの、痛みが、いまほとんどないっていうのか」

「少しは残っているけれど、身体がホカホカして、痛みがどんどん、引いていく感じなんです」

「さっき、右足首を少し動かしたら、動いたんです」

「全然、痛くて動かなかったのに」

沢田文美は、そこまで話して、華音の顔を見た。

心なしか、沢田の目には、何か光るような熱を感じる。


雨宮瞳は、それが気になった。

そして、華音に尋ねた。

「ねえ、華音君、特別な何かをしたの?」

「そうでなければ、理解できないんだけれど」


華音は、やさしくも、冷静な顔。

「いや、まずは患部は、ベッドに接触しているだけでも、痛いはずなんです」

「それを、接触しないようにと、僕の出来うる限り、慎重に持ち上げたんです」


その答えには、保健教師の三井もうなった。

「うーん・・・まさかねえ・・・」

「魔法の手なの?華音君」

三井は、ついつい「魔法」などと言う言葉をつかってしまった。

「科学的知見」も何もない表現になる。


そこまで言われて、三田華音は、困ったような顔。

「うーん・・・強いて聞かれれば、僕は」


少し間があった。


「少しでも早く沢田さんが、楽になって欲しいなあと思っていただけなんです」

「誰でも、痛いとか苦しいというのは、辛いと思うので」


ここでも、全く「普通の答え」が帰って来た。


しかし、それでは、保健教師の三井他、クラスメイトの雨宮瞳他も、首を傾げるのみ。


ただ、沢田文美の右足首は、そんな話をしている間にも、回復が進んでいるようだ。

華音に制された右足首を動かし始めている。

「ねえ、華音君、痛みが全くないんだけど」

「というか、メチャ軽くなった」

「足首なんともないよ、アイシングもいらないかも」


その言葉に、保健教師の三井と雨宮瞳たちクラスメイトが、またしても目を丸くする中、華音が迅速に沢田文美の前に立った。


「それでも、万が一があります」

「今日は、安静にして、ご帰宅なされたほうが、よろしいのでは」

「電車も階段があるので大変です」

「できれば、タクシーなどを使われたほうが」

口調は、何時もの通りやさしく丁寧。


しかし、沢田文美は、華音の言葉の途中から、ベッドから起き上がってしまった。

そして、そのまま腰かけて、両足をブラブラとさせている。


これでは、華音も仕方が無かったようだ。

しゃがみこんで、沢田文美の右足首を、じっと見る。


「うん、確かに沢田さんの言う通りです」

「腫れが、上手になくなりましたね」

「痛みはありますか?」


沢田文美は、ニコニコと首を横に振る。

そして、そのままベッドから、降りてしまった。


「華音君」

沢田は、華音と同じようにしゃがんで、華音に声をかけた。


華音「しゃがめる・・・ということは」


沢田は、慎重な華音の言葉の続きを待っていなかった。

無理やり華音の両脇に腕を差し込み、立たせてしまう。


そして、華音を思いっきり抱きしめた。


「華音君!ありがとう!」


顔を真っ赤にする華音はともかく、沢田文美は、大泣きになっている。

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