第10話華音の速やかな動きと、学園長のテニス部顧問に対する言葉

保健室教師の三井春香がテニス部顧問の高田に声をかけた。

「高田顧問!三田華音君の言う通りです!」

「すぐに沢田さんを担架に、乗せてください」


声をかけられた高田顧問は、名前を呼ばれて、ようやく気がついたらしい。

ハッとした顔になって、

「ああ、そうですね、担架をわざわざ準備していただいて、申し訳ない」

と、ようやく反応。


華音は、担架を持ち、

「すみません、皆様、沢田さんの前を開けていただきたいのです」

と、沢田の前に進む。

保健教師の言葉が効いたのか、ようやく沢田の前が開かれた。


その華音と一緒に、雨宮瞳も沢田の前に。

「沢田先輩、大丈夫ですか?痛みます?」

沢田文美は、右足首を抱え、真っ赤な顔、脂汗を流して苦しんでいる。


華音が沢田に声をかけた。

「まかせてください」

沢田が「えっ?」と言う顔になるけれど、華音の動きは素早い。

すんなりと沢田の背中に腕を入れ、担架に乗せてしまった。


雨宮瞳は、ここでも驚いた。

「すごい・・・あっと言う間に」

「なめらかだなあ」

「うーん・・・何者?華音君って」


しかし、雨宮瞳は、驚いている暇はなかった。

今度は、華音が雨宮瞳に、

「雨宮さん、誠に申し訳ありません、担架のもう片方を持っていただけないでしょうか」

「とにかく、治療を少しでも早めたいので」

と声をかけたのである。


雨宮瞳は、その時点で周囲を見て否応がないと感じた。


テニス部に男子生徒もいるけれど、男性の顧問もいるけれど、怪我人を助けるような気持があれば、とっくに保健室に連絡をしているはず。

それに、華音が担架を持ってきた時点で、自ら動くはず。

しかし、華音が沢田文美を担架に乗せても、ただ見ているだけ。

テニス部顧問高田にしろ、男子部員にしろ、全く動こうという雰囲気は全く感じられない・


雨宮瞳は、華音に応えた。

「わかった、私が足側を持つよ」

華音からまた声がかかった。

「ゆっくり持ち上げますよ、呼吸を合わせて、よいしょ!」

雨宮瞳も、全くすんなりと呼吸を合わせて、「よいしょ」と、ゆっくりと持ち上げる。


すると華音から、また指示。

「平地では、足を進行方向に」

「階段の上りは、頭側が進行方向になります」

「適宜、方向を変えます」

「あまり痛みを与えないように、ゆっくりと進みます」


雨宮瞳は、ここでも否応がない。

「わかった!華音君!」

大声で応じると、華音は、ゆっくりと進みだした。


そんな三田華音と、雨宮瞳に保健教師の三井春香は、ひとまず、ホッとした顔。

「華音君、瞳さん、ありがとう、慎重にね」

と声をかける。

すると、三田華音の校内見学につきあっていたクラスメイトの中から四人、担架に走り寄った。

「私も横を持つよ!」「僕も、手伝う!」

当初は二人だった担架の担ぎ手が、六人に増えている。

そして、保健教師の三井春香も一緒に保健室に向かう。


しかし、そうなっても、テニス部顧問高田と、テニス部員たちは、あっけに取られるだけ、ただ、立ち尽くすだけ。


吉村学園長が呆れたような顔で、テニス部顧問高田高田に声をかけた。


「高田さん、競技会の成績よりも、まずは怪我人に対処すべきなのでは?」

「あなたは、競技会の成績さえよければ、何でもいいの?」

「あなたは、そういう指導方針なの?」


吉村学園長の、叱責にようやく自らの至らなさを気づいたらしい。

テニス部顧問高田は、その顔を下に向け、全くあげることができない。

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