第2話 チュートリアル
「国王陛下……心中お察し致します」
「わかってくれたか。ありがたい」
確かにぶっ飛んでいる。それなりにゲームに関する知識のある俺が聞いてもぶっ飛んでいるのだ。異世界の人からすれば未知の言語も同然だろう。
「召喚時に言葉が通じるようにしておいたのだがごらんの有様でな。まず通訳が出来る人材が欲しかったのだ。出来そうかね?」
「はい、私は一応彼女の言っていることは理解できますが……通訳してもあまり意味がないというか……どうということはないというか……」
「それがわかっただけでも進歩だ。お願いしたいが、頼めるかな」
「はあ。慎んでお受けいたします」
「ではたけち君。以後彼女のことは頼んだ」
国王はそう言い残して逃げるように去って行った。
そんな男二人の胸中を知ってか知らずか、TASさんは無邪気に話しかけてくる。
「初回から大当たりを引いたようだな。念入りな乱数調整の甲斐があったというものだ」
調整できるのかよ!というか初っ端にRTA走者引くってどんな低乱数だよ。ソシャゲのURの排出率とタメ張れるぞ。あっちもあっちで、千分の一を割ってるなんてザラだから良い勝負ができるだろう。
「そうそう、そう言えば重要な話がまだだったな」
TASさんが思い出したように話し始める。
「私はここでは本気を出すつもりはないから安心してくれ。ちょっと休日に遊びに来ているだけだ。君でも十分ついてこられるはずだ」
なるほどね。まあTASさんが休日にお遊び感覚で世界を救ったり、オリンピックで無双したり 化け物野球選手を育てたりなんてのはよくあることだ。うん、よくあることだ。
それはともかく、俺を置いてけぼりにするつもりがないのは嬉しい。もっとも、遊び感覚だからこそ、効率を捨てて奇行に走る可能性が高いのだが。
まあ少なくとも、俺が捨て駒にされることはないだろう。多分。
「そうだお前、たけちといったか、武器は使えるのか?」
「さあ、使ったことがないからわからん」
そういえば、戦闘は主にTASさんが行うことになるだろうが、自分の身くらい守れた方がいいだろうどうしたものか。
「ふむ。ではこれを振ってみろ」
TASさんが使っていたのとは別の剣を抜き、こちらに投げ渡す。
刀身は黒みがかったグレーで、思っていたほど重くなく、振りやすい。しばらく振り回していると、段々慣れてきた。
「なるほど、素養は悪くないな。そのうちうまく使えるようになるだろう。私もバフをかけるし、仮に何かあればリセットすればいい」
まあそうなりますよね。死んだらリセットですよね。リセットなんて少ないに限るけど。
「武器が使いやすかったのもありますけどね」
そう言うと、TASさんはさも誇らしげに胸を張って見せた。
「そうだろう。なにせ軽量の癖に高威力で、店売り武器の中では最強と名高いフライブレードだ。宝箱から引き当てるまで何回かかった事か」
「それはかたじけない。ははは……」
バランス壊れちゃ~う。思わず苦笑が零れる。てか誰だよ低乱数とはいえ店売り最強武器を序盤の宝箱で出るようにした奴。
「そうだ防具も替えておこう。さすがに部屋着というわけにもいかんだろう」
「まあそうだね」
「だろ?」
TASさんがそう言い終わるか否かには、私の身につけているものはファンタジーっぽいものに変わっていた。板金鎧とおぼしき鎧を身につけているTASさんと違い、俺のは革防具のようだ。TASさんのバフがあるとは言え、ド素人の俺には重い板金鎧よりも動きを妨げにくい革防具の方がいいとの判断だろう。
しかし凄まじい速さだ。おそらく、三十フレーム、すなわち0.5秒もかかっていないだろう。四十フレームで支度したラー〇グリーズ隊もこんな感じだったのだろうか。あちらは戦闘機の装備を替えたのだが。
「さて、準備も済んだしメインストーリーを進めに行くぞ」
「メインストーリーねえ……ゲームじゃあるまいし……」
そこまで言って、はたと気がつく。
この世界ってひょっとしてゲームの中じゃなかろうか。そう考えると色々としっくりくる。ってかなぜ今まで気がつかなかった。TASさんが存分に力を振るえる環境なんてゲーム内以外あり得ない。そうでもないのに乱数調整なんてされてはたまらない。
「ゲームじゃあるまいしってそりゃゲームだからな」
TASさんの言葉は俺の予想を肯定するものだった。
「なるほど。まあそんな気はしてました。まさかゲームの中になんてラノベみたいなことが起こるとは思ってませんでしたが」
「本当は異世界から呼び出されるのは私だけのはずだったんだが、正体が露見してしまってな。チートなどの違反行為には当たらないのだが、事態を重く見たゲームの管理者的存在が急遽メインヒロインの枠を潰し、そこに私の監視役を当てることにしたらしい」
なるほど。それでなんか呼び出されたわけか。とんだとばっちりじゃないか。
「それに当たって、私の言動を理解できる必要があったのだが、それはすなわちこの世界がゲームであることを知っているということだ。だがそれをゲーム内のキャラクターが知るとバグるらしく、ゲーム内のキャラクターを任務に当てる訳にはいかなかったらしい。よってこのことは他言無用だ。RTAをやっていた身なら再走のつらさはよくわかるだろう」
「ええ。それはまあ痛いほど」
俺はメンタルは強い方だという自負があった。例えば、セーブデータが消えて再起不能になるようではニト〇プラス社のゲームなんてできない。もっとも、『ルートによってデータが消えたり、文字化けしたり、プレイできなくなったり』なんてのを故意にやる会社なんてニトロ〇ラスだけで十分だが。
十分だって言ってるでしょう文芸部さん。あなた精神崩壊ゲーに名を連ねてましたからね。
話を戻そう。幾らメンタルが強くても嫌なものは嫌だし、キツイものはキツイ。一つ一つは軽くとも積み重なれば重いものになる。それを知っているので、妨害まがいの真似をする気にはなれない。
そう言えばこのゲーム、鬱エンドになったりはしないのだろうか。見たところ中世舞台のRPGといったところのようだが、このような世界観で鬱エンドになったゲームなどいっぱいある。
俺は、目の前で父親を殺された上に奴隷にされ、なんとか脱走して妻子も持ててという幸せの絶頂で奥さん共々石にされたりとか、魔王を倒しに行ったはずが、闇落ちした親友にヒロインとられた挙げ句二人とも死んじゃってしかも魔王なんていなかったから自分が魔王になって世界を滅ぼそうとしたりするとかという人生は勘弁願いたかった。
「ねえ、このゲーム、その、鬱展開になったりとかは……」
「ああ。きちんとハッピーエンドで私も君も死なないから安心してくれ」
よかった!大親友二人に妹に父親にと仲間の死を乗り越えてやっと無実を証明したと思ったら、嫁寝取った男に焼き殺される心配なんてしなくていいらしい。よかったよかった。
「それじゃ元気出していきますか!」
「うむ。その意気だ」
心配事もないし気分は上々。メインストーリー進めますか。
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