いるはずのない魔女の持つ、罪と罰。

薄紅 サクラ

エピローグから始まるプロローグ

 教会の鐘が、午後3時を知らせた。

 カーン、カーン、カーン・・・金属を軽快に叩いたような音が、教会のある城下町に響き渡る。

 白い鳩が驚いて、教会の屋根から翼を広げて飛び立った。抜け落ちた白い羽が、ふわりふわりと雲ひとつない大空を舞った。





 ―――今日この日に、ある王国で結婚式が行われた。そして今、幸せに満ちた花婿である王子とその花嫁が、王宮の一角にある城下町の広場に面したバルコニーへと、姿を現しそうとしていた。

 広場には、王子の結婚を知った王国の民たちが、二人の姿を見ようとたくさん集まっていた。男も女も、老人も子どもでさえも、今か今かと二人を待ちわびていた。

 広場に面した家にも、バルコニーから見る者たちがあった。皆笑顔で、王子たちが現れる瞬間を待っていた。


 そして―――王子と花嫁がバルコニーに出た、その瞬間。

 ・・・たくさんの歓声と祝福の声が、広場に響き渡った。



 バルコニーから広場が見える位置に出てきた花婿と花嫁は、民たちに向けて手を振った。広場に、城下町のバルコニーにいた全ての民たちに、微笑みながら手を振った。

 それに民たちも、手を振り返した。

 笑顔、笑顔、笑顔。たくさんの人々が、王子の結婚に祝福を上げ、笑顔になった。







(……そう。これで、よかったのよ……)

 笑顔になっている人々と、幸せそうに寄り添う王子たちを交互に見ながら、わたくしは口角を上げた。色々思うところはあったし不安はあるけれど、何はともあれもう、彼女は幸せだから。愛する人が、隣にいるのだから。

 祝福を送れるのなら、近くに行って言いたいと。そう、思った。

 ―――けれど。

 泣きそうに、なった。廻りは笑顔であるはずなのに、どうしても自分は笑えなかった。今は笑うように努めているが、それすらも出来ているか不安だった。


(……泣くな、私。泣く権利なんて、私にはひとつも……ない)


 薄い緑色のドレスの上から灰色のマントを羽織っていた私は、泣き顔を見られぬようフードを目深く被った。そして、いまだに歓声が止まぬ広場から、そっと一人抜け出した。




 最後に、ちらりと王宮をみた。そして幸せそうな二人を見つめると、早足でその場所から立ち去った。

「……ごめんなさい。それから、幸せになって憎んでちょうだい……ミラ。」

 そんな小さな呟きは、誰にも聞こえることなく、風に吹かれて消えた。








 ―――さぁ、私の罪を教えましょう。義妹に何も出来なかった、血の繋がった姉の悪行でさえも止められなかった、愚かなもう一人の義姉あねの行いを。

 この先二度と、同じことを繰り返さぬためにも。

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