第3話 被害者(?)とストーカー(⁇)

 さて、ここで想像の翼を広げてみてほしい。


 もし――小中学校は同じだけど、クラスが一緒だったのは小3・4のみでその2年間もほとんど話した事のない厨二病――すなわち不審者に壁ドンされたとする。

 そうしたら、君はどう思う? 

 どんな言動を起こす?

 嬉しくて頭が真っ白になる?

 いや、相手は不審者だ。私の場合は――


 身の危険を感じて無言で逃げる。


 やっぱり、自分の身は自分で守らなきゃね。


 その結論に達した私は、素早くしゃがんで、井上の左の脇腹の傍をすり抜け、何処へ行きつくのかも知らずに廊下を全速力で走った。2分の1の確率で昇降口へ行ける。しかし、幸運の神様は私に微笑んでくれなかったようだ。行き止まりに、上へ向かう階段があったのだ。新品のプリーツスカートが翻るのも気にせずに逃げた私に階段を駆け上がる体力なんて、ない。


「ちょ……。俺もそこまでされると辛い……」


 青い顔で追いかけて来た井上。こいつは表情が動かない割に顔色がコロコロ変わるらしい。


「えっと……。ごめん……。悪気はなくて……」


 息をゼェハァ整えながら謝る。嘘も方便っていうしね。


「あの……。話をしよう。俺なんもしない」


 階段のすぐ近くにあった教室に井上は躊躇ためらわずに入った。彼は廊下側の後ろから3つ目の席に座った。私は恐る恐る教室に入り、同じ列の1番後ろの席の椅子を引いた。普段座っている人と違う人に座られそうになっている椅子はキキーッと威嚇した。


「…………俺さ。赤峰のことが好き」


 長い長い沈黙を破ったのは小さく低い声だった。


「……何で? 私井上くんと接点なかったし、自分の長所もないよ?」


「…………小3と小4でクラス一緒だった。お互いに話さなかったけど、席替えでよく隣になってただろ。そんときに、健気で真面目な人なんだなって思った」


 小さくて低い声。しかも途切れ途切れで彼は話している。だから単語を聞き落さないように注意して私は聞いていた。席替えでしょっちゅう隣になっていた記憶はある。そうか、お互いに話そうとしなかっただけだったのか。でも――


「私は、自分の事が嫌いで。真面目な奴って付き合いにくいし、つまらないでしょ。話合わせにくいだろうしね。周りからは優等生とか言われても全っ然嬉しくないの」


 自分が今まで抱えてきた何かが爆発してしまったのだろうか。もう理性を失った。


「分かる? 分からないよね、井上くんは優等生じゃないから。ただの厨二だから」


 今まで、誰かに愚痴をこぼした事なんてなかった。


「じゃあさ。俺が――なんていうんだろう。わかんねえけど。赤峰が自分自身を好きになれるようにするから。付き合ってください」


 後半はさっきとは比べ物にならないほど力強い声だった。自分が今まで溜めてきた何かを、全て優しく包み込んでくれるような言い方だった。


「……じゃあ、よろしくお願いします。井上くん」


「瑠李でいい」


「瑠李くん」


「呼び捨てでいい」


「……瑠李。帰ろう」


「あぁ」


 教室に差し込む西日によって作られた2つの影の持ち主は楽しそうな笑い声と共に教室から出て行った。


 何故かは分からないけれど。


 ――瑠李を信じてみようかな。


 そんな気持ちが芽生えたのだ。今の赤峰真子を好きになれる、そんな希望を込めて。


 教室には、甘くてふわりとした香りが残っていた。

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