第2話 桜吹雪と厨二病

 桜吹雪がひらひらと舞う入学式。私はこの日に井上に告られたのだった。




 同級生――高校1年生が両親や友達と楽しそうに写真を撮る中、私は1人で散りゆく桜の花弁を見ていた。両親は共働きで、平日に行われる入学式に、仕事を休んでまでして来る理由はなかった。


 友達は、この高校にはまだいない。なぜなら、ここは県内で最も偏差値が高い高校で自分の中学校から他に進学するのは1人しかいないからだ。その1人とは――


「ちょっといいか」


 たった今話しかけて来たこの人。

 

 井上瑠李るい。同じ小中学校だが、クラスが一緒だったのは小学3・4年生の時のみ。小学校は5クラスあるし、中学校は9クラスあるから接点があるとすれば小3と小4の時だけだ。その2年間も話した事はほとんどない、気がする。8年も前の事だからあまり覚えていない。9年間同じ学校に通っていたってだけでこの人の事は特に何も知らない。小学生の時、剣道で県代表になったって話は有名だけど。これを知った時に私は井上瑠李を約30人のクラスメートの1人として認識したんだった。


「おい」


 見た目は、百歩譲ってもイケメンとは言い難い。全力立ち幅跳びで十万歩譲って1000円以上くれるならば言える、かも知れない。眠そうな細い目に、寝癖が直っていないボサボサの髪。色素が薄い肌に、男子とは思えないほど細長い指。あと滅多に動かない表情――これが井上瑠李。


「聞こーえまーすかー」


 あと、厨二病。小学生の頃から厨二病。高校生になっても厨二病。厨二病って何の事だろう。全く分からない。周りが言っているから私は彼を厨二病と認識している。


 それと、カリスマ性。この性格で休み時間の彼の机の周りに人だかりが出来るなんて意味不明だ。なぜか皆からこよなく愛されている。


「赤峰?」


「はいっ!」


「死んでた?」


「生きてた。あ、過去形じゃなくて、今も生きてる」


「うん。で、ちょっと時間ある?」


「うん」


「え、っと。校舎行かね?」


「うん」


 会話4ターン。ここまで続くのはかなり珍しい。私は自分から男子に話しかける事はあまりないし、この人は話しかけられても強引に会話を打ち切ってしまうから。




 私たちは足音が響くほど静かな廊下に足を踏み入れた。一転透視図法で描けそうな長い廊下だ。井上を見ると、下を向いて黙々と歩いている。


「あのさ。井上くん、ご両親は?」


 沈黙を破るにはそれなりの勇気が必要だった。


「え……と。うん……まぁ、ちょっとね」


 相変わらず下を向いて歩く井上は無表情だ。でも、何だか訊いてはいけないような事を訊いてしまった気がする。つられて私も下を向いた。


「そ……か」


 会話が途切れた。井上との会話なんて所詮この程度だ。


 不意に。ガンッという音が静かな廊下に響いた。


驚いて顔を上げると、目の前に耳まで赤くした井上の顔があった。背中から伝わる、ひんやりとしていて硬いロッカーの感触。視界の隅に捉えられた井上の細い右腕。彼が先回りして壁ドンをしたのだと理解するのにそう時間はかからなかった。


 さすがに現実でもこんな展開があるとは思ってなかったけどね。

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