この頃、君に追いかけられた
齋藤瑞穂
第1章
第1話 小さな消しゴムと眠気
コンッコンコンコンコンコンコンコン。
西日が差し込む静かな教室にチョークで文字を刻む音が響く。
5限、数学。
睡魔が襲ってくる時間帯のようで、このクラスの2分の1の生徒は度々眠い目を擦りながら授業を受けている。8分の1の生徒は、授業を受ける事を諦めたのか、机に突っ伏して寝ている。数学の教師はその8分の1の生徒を叱る事も起こす事もない。
――ここ、田舎とはいえど県内トップの高校なんだけどな。
私の心の声が彼らの夢の中に届く事はない。
お前は何の部類なんだよって? 私はというと、残りの8分の3の生徒に含まれる。その8分の3の生徒は真面目にノートを取っている。
何故私がここまで細かく観察できるのか? それは、自分の席が1番後ろの窓際だからだ。担任の先生の机は廊下側にあるので、先生から最も遠い席、ともいえる。ここが私の席。
「
「あ、はい」
指名された私は立ち上がった。驚いた椅子はガタンという音を立てた。
これが私の名前。真っ直ぐな子に育って欲しいという両親の願いが込められている。これに関しては、両親の思惑通りに育っているといえる。
先生の問いに正解を出し、安堵の小さな溜め息と共に椅子に座る。だが、その振動で磨り減った球体状の消しゴムがころころと転がり落ちてしまった。その消しゴムは床を転がり続け、止まったのは目の前にいる男子の席の近く。そいつはさっきから、
小さな消しゴムには気づく由もない。私からするとそれがないと困るのだけれど。
そう思って腰を浮かせた、その瞬間。そいつがそれを拾い上げた。そのまま上半身を約180度時計回りに回転させる。ポンッと消しゴムがかろやかに机上に着地した。
「気ぃつけろよ」
無表情でそれだけ言ったそいつはくるりと前を向いた。私の周りの小さな空間には、甘くてふわりとした柔軟剤の香りが残された。
彼の名は井上
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