十五話

「どういうことだ?! おまえはちゃんと連中に指示を出したのか!?」

 雇っていたゴロツキがどうなったのか、話を聞いたゴウリュウは、屋敷の奥の部屋で息子に問い詰める。

「待ってくれ親父。なにかの手違いだ」

 ゴウエンは父親の激しい叱責に言い訳するが、なんの説明にもなっていない。

「手違いだと!? 手違いであいつらは死んだのか?!」

「待ってくれ。なんとかする、なにか別の手を考える」

「当たり前だ! こんなくだらないことで失敗するなどもってのほかだ!」

 リョホウを陥れるための罠は、仕込みの途中で失敗した。不測の事態というより、不可解といってもいい。

 手下が二人、なぜか死体で発見された。

 村人は妖魔の仕業だと恐れているが、そんなことあるはずがない。

 一連の妖魔の事件は、すべて我々の仕組んだことなのだ。

 だが、いったいなにが起きたのか、二人にはまったくわからず、ゴウエンは混乱し、ゴウリュウは不安と苛立ちを息子にぶつける。

 対処するとゴウエンは言っているが、実のところそんな方法は全く思いつかないだろう。

 屋敷に兵士が数名現れた。

 使用人たちが何事かと顔を覗かせ、執事が対応に出ようとするが、それを押しやるようにしてゴウリュウ親子の所へ向かう。

 断りもなく部屋に押し入ってきた兵士にゴウエンはうろたえ、ゴウリュウは憤慨する。

「いったいなにごとだ! なんの断りもなく入ってくるとは。ええい! 貴様らでは話にならん! 道士を呼べ!!」

「ここにおりますよ」

 兵士の背後から穏やかな声と共に、フェイアが現れた。

 ここにいることが当然のようであり、そしてどこか当然ではないように。

「道士さま、いったいどういうことですかな!?」

 上辺の慇懃を捨てて恫喝するように問い詰めるゴウリュウを、フェイアは受け流すように答えた。

「あなたを誘拐、拉致、人身売買、暴行、殺人教唆、その他の容疑で逮捕します」

 自然に世間話をするかのような調子で答えたので、その意味を理解するのにゴウリュウは十秒ほどの時間を要した。

「ど、どういう意味ですかな!? いったいなんの証拠があって」

「証拠はこいつだ」

 遅れて登場したコウライは、一人の男を引き連れていた。

 いや、引きずっていた。

「違う、助けて、違う、助けて、違う、助けて……」

 うわ言の様に同じ言葉を繰り返すその男は、髪の毛が真っ白になり、皮膚は老齢したように皺が刻まれていた。

 しかしその状態が奇妙で不自然だという印象を誰もが感じる。

 それは、若者だからだ。

 心の底からの恐怖は、寿命を縮める。

 つまり老化する。

 男は心底怯えていた。

 ゴウリュウが警備に雇ったゴロツキの一人。

 リョホウを陥れるために妖魔の一芝居をする役の男。

「こいつが全部白状したよ。いや、白状というより、助けて欲しかったのか? どっちでもいいけどね」

 すべてを理解したゴウエンは真っ青になり、なりふりかまわず逃げ出そうとした。

「どきやがれ!」

 兵士の一人を押し倒し、窓から外へ出ようとする。

「ま、待て! どこへ行く!」

 しかしゴウリュウが、窓から逃げ出そうとするゴウエンの足にしがみついた。

 それは悪足掻きする息子を叱責するためではなく、一人で逃げることが許せず、文字通り足を引っ張った行為にすぎなかった。

「は、放せ!」

「ええい、待たんか!」

 窓際で二人がもみ合い、やがて体勢を崩して二人は屋内に転倒した。

 二人は体が重なり思うように動けず、じたばたと意味もなくもがき続ける。

「どけ! 重い!」

「やめんか! 引っ張るな!」

 コウライがそんな二人を心底呆れて眺めていた。

「なにやってんだこいつら」



 取調べは簡単に済んだ。

 人身売買を計画したリョゲンは、罪の発覚を隠蔽するため、妖魔の仕業に見せ掛け、そして演出したのがリョホウであるように思わせるようにする計画だった。

 リョホウの気が触れて、自分は妖魔なのだと思い込み、村人を殺し、その遺体を食するという、常軌を逸した凶行にでたのだと。

 甥であるリョホウを陥れることを当然のように考えるゴウリュウに、コウライは憤慨したが、ゴウリュウは兄が死んだからには、リョゲンの財産は自分のものであると主張した。

「兄の遺産は全てわしのものだ! 当然ではないか! リョホウのことも叔父のわしが決めてなにが悪い!」

 悪いに決まっている。

 コウライは三発ほど殴って黙らせ、細かいことは兵士に任せた。

 罪が発覚してもなお傲慢な男とこれ以上話をすると、本気で殺したくなってくる。

 今でも十分殺意が芽生えているが。

 従兄弟であるゴウエンは、知らぬぞんぜぬを通そうとしていた。

「いや、違うんですよ。なにかの間違いです。リョホウはちょっとおかしいんです。ええ、あいつね、わけのわからないことするんですよ。違うんですよ。俺じゃなくて、リョホウが俺たちを陥れようとしたんですよ。わかりませんか」

 ゴウエンに至っては、慇懃無礼も失い、卑屈に言い訳をしている。

 口先三寸でごまかせると思っているらしいが、この場合、一寸にも満たない足りなさだ。

 確認は取れたので、フェイアは適当に切り上げて、あとは兵士に任せた。



 フェイアとコウライは宿屋の一階の食堂で、お茶を頼むと、すぐに宿屋の一人娘。ユイハがお茶を運んできた。茶菓子までついている気の利きようだ。

「ありがとう」

 彼女は事件のあらましに興味がある様子だったが、お茶を運んできてから一言も会話を進めない二人に、どうやら秘密を徹底することを理解して、残念な思いで退室した。

 それから二人はお茶を一口含み、一息ついてから、話を始めた。

「つまり、単純な話っているのはこういうことなんだね。あの二人は人身売買を行っていた。行方不明になった村人はあの二人に売り飛ばされた。そしてこともあろうに甥であり従兄弟である、薬師のリョホウを陥れて、罪の発覚を隠そうとした」

「そう、隠蔽工作として妖魔の仕業に見せかけ、その後改めて彼の仕業にする。つまり二重隠蔽だね」

 妖気が検出されないのも道理だ。

 一連の事件は妖魔ではないからだ。

 特に決定的だったのは、兵士が見張りをしていた時に目撃された妖魔だ。

 兵士は妖魔が異形の姿をしているのを明確に目撃し、さらに戦っているにもかかわらず、妖気が残されていなかった。

 妖気を隠す方法も、時間もなかった。

 この時点で人間の仕業であることは明白だった。

 では人間の仕業なら、行方不明となった村人はどうなった?

 人間の仕業ならば、村人をどうする?

 遺体が発見されなかったことを考えると、彼らが生きている可能性は高い。

 ならば殺人が目的ではなく、利益を得ることが目的だと思われる。

 生きたまま捕らえて、利益を得る方法は、人身売買だ。

 では得をする人間は誰か?

 同じ貧しい村人が、仲間を売り買いするのは考えにくい。

 それに彼らは売買する方法も伝手もない。

 やろうと思っても、できない。

 では、誰ならば可能なのか?

 売買経路の伝手があり、隠蔽工作などの人員を動員できるもの。

 考えるまでもなく、これらが可能なのは一人しかいない。

 少し調べてみると、ゴウリュウの商売は、実は現在下りを見せていた。

 金貸しが上手く行き、それを元手に他の分野へ事業を広げたが、今一つ利益が上がらなかった。

 そして明らかに衰退が始まったのは、リョゲンが帰ってきたこと。

 十年前、村に帰ってきたリョゲンは、ゴウリュウの商売に文句をつけ、村人の借金を自分の金で返してしまった。

 すべてではないが、それでも利息による収入は半分以下になってしまった。

 そしてなにより、借金返済のためと称して、低賃金で働かせていた労働力が一気に減り、通常の従業員を補充したが、借金をしていない彼らの賃金を安くすることができず、人件費がかさみ、少しずつ、だが確実にゴウリュウの商売は衰退を始めた。

 彼は新たな財源を探していた。

 他にも怪しい点を上げればきりがなく、兵士二人ほどに皆には秘密で見張ってもらっていた。

 この件は村人には勿論、他の兵士にも伝えるわけには行かなかった。

 なぜならこの地域の治安を任された官吏は、ゴウリュウと癒着している。

 自分達だけで証拠を発見できなければ、メイリンの時のようにうやむやにされてしまう。

 そしてゴウリュウの屋敷で雇われていた男たちが、なんらかの荷物を持って動いているのを突き止め、後は現場を押さえるだけだった。

「計画は完全に崩れた。彼らの犯罪は発覚し、そして私たちが拿捕した。調査をすれば、彼らがどこに誰を売ったのかわかるだろう。救出も、少し時間がかかるかもしれないが、不可能じゃない。もう、朝廷に連絡を向かわせたよ」

 二人は一連の謀を完璧と考えていたようだが、客観的に見れば穴だらけで、なにかきっかけがあれば簡単に判明してしまうようなものでしかなく、見も蓋もない言い方をすれば、素人考えでしかなかった。

 そして完璧な策が些細なことで崩れるように、不備だらけの罠もまた些細なことで終わる。

 癒着していた官吏も調べられ処罰されるだろう。

 この地域の治安は、これから少しはよくなるに違いない。

 これらのことをリョホウに伝えるべきか、少し悩む。しかしゴウリュウの血筋は、息子の他には甥のリョホウしかいない。

 投獄されたとなると、財産の受け継ぎと、そして身内の不始末の後始末は、当然唯一の親戚であるリョホウが行うことになる。

 リョホウになんの非もないことで、余計なことを背負うことになり、はっきり言って迷惑以外なにものでもないだろうが、しかし他人が代行するわけにも行かない。

 当然、正しい対処をするためには、リョホウは真実を知る必要がある。

 控えめに表現しても仲の良い親戚ではなかったのだろうが、肉親のいないリョホウには辛い話だろう。

 たった二人だけ存在する血のつながった親戚が、自分を陥れようとしていた。

 その事実をあの少年はどのように受け止めるのか。

 伝えるのは気が重いが、伝えないわけにはいかない。

 それに、今はもっと重要な、そして差し迫った問題がある。

「問題は、連中の手下が、誰に殺されたのかだ」

 妖魔の芝居をしていた三人のうち、二人が死体で発見された。

 見るも無残な状態で。

 それをしたのは、当然ゴウリュウやゴウエンのはずがない。

「誰だろうね?」

 コウライは疑問として口にしたものの、誰なのかはわかっている。

 正確にはわからないが、どう呼ばれる存在なのかは知っている。

 元々、そのために村に来たのだ。

「どうやら、まだ帰るわけにはいかないようだね」

 フェイアは首肯した。

 ゴウリュウとゴウエンの行ったことは犯罪だが、妖魔の仕業に見せかけていただけだ。

 今迄のは人間の仕業だ。

 だが昨日の惨劇は違う。

「本当に妖魔が現れたようだ」

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