十六話
クオリ村の村長ウクバは、主要な村人を集めて会議を開いた。
当然参加者の中にはフェイアとコウライもおり、またリョホウとホウロの姿もあった。
会議の場所は宿なので、先程までユイハもいたが、全員一致で会議には不参加させることが決定した。
「わたしも聞きたーい」
参加を強く主張するユイハを母親が連れ出した後、ウクバは宿屋に集まった村人を見渡して、説明を始める。
「さて、皆も聞いておるだろうが、嬉しいことに、今迄消えた者たちが無事であることがわかった。少なくとも死んではいない。人買いに売られてしまい、密売経路を調べるには時間がかかるそうだが、しかし道士さまは必ず助けると約束してくれた」
フェイアが約束したのは、朝廷に直接伝えるということだけだったが、多少誇張されていてもそれを訂正するのは今は止めておいた。
それに朝廷が人身売買を強固に取り締まっているのは事実だ。
少なくとも調査と救出活動を行うのは間違いないだろう。
「また、皆に残っている借金の件だが、リョホウに権利が移ることになる。リョホウは正式に受け継ぎが完了しだい、すべて帳消しにしてくれるそうだ」
村人全員が会議に出席しているリョホウに感謝の気持ちを述べ始めた。
「ありがとう、リョホウ」
「さすがはリョゲンの孫だ」
「あんたたち二人は村の恩人だよ」
犯罪によって得た利益に関しては朝廷が没収することになるだろうが、正当な利益によって築いた財産は、唯一の親族であるリョホウに移る。
もっとも公式な利益の大半は、借金がらみだ。
そしてリョホウは、そんな汚い金には興味がないらしい。
あるいは、あの親子の金そのものに嫌悪しているのか。
真意はともかく、少なくともリョホウは無欲に借金の利権を手放し、多くの貧しい村人たちが、重荷から完全に解き放たれるのはほぼ確定した。
彼らにしてみれば感謝の言葉だけでなく、小躍りして贈り物を山と送りたい気分だろう。
また捕らえられたゴウエンとゴウリュウ、その手下は、朝廷から直接派遣される兵士に引き渡すまでは、一時的に屋敷の一角にある牢屋に入れることになった。
いかなる用途のために用意したのか、皮肉にも用意した本人が入れられることになった。
「とりあえず、売られた者たち関して今のところ我々ができることは特にない。我々がまず解決しなければならないのは、妖魔だ」
妖魔対策が会議の主題である。
実のところ一連の事件にたいして、一部の村人たちはなにかの間違いではないだろうかという、楽観的な望みを持っていたようだ。
噂に聞くほどの恐ろしく残酷で猟奇的な被害はなく、人が消えただけの事件は、不気味で不安感を募らせても、危機感を与えるには決定的ではなかった。
そして、その楽観は意外にも真実であり、今迄村人から搾取していた金貸しの人身売買の発覚は、同時に今迄行方不明になった人々がまだ生存していることを知らせ、思いがけない安堵と喜びをもたらした。
しかし、同時に本物の妖魔の出現を知らせるきっかけとなり、また今迄一度として見ることのなかった妖魔による、見るも無残な死体を目撃したことによって、危機感は今迄とは比較にならないほど高まっていた。
夜は外出禁止となり、発見された者は非がなくとも捕らえることになっている。
もっともそんな戒厳令が出なくとも、今の村人たちは絶対に夜に外に出ようとはしないだろうが。
ゴウリュウの手下のようにはなりたくない。
死を忌避する人間ならば誰もがそう思うはずだ。
「道士様、対策は今迄と変わらないのですかな?」
ウクバ村長の質問に、フェイアは腰を上げる。
「妖魔に関する対策には特に変更はありません。今迄どおり続けてください」
「しかし、それで大丈夫なのでしょうか。我々は、人間に騙されてしまっていたわけで、なんというか、人間相手でもあんな状態になったのなら、妖魔が相手だともっと難しいといいますか、危険といいますか」
「言いたいことはわかります。妖魔の力は人間より遥かに上です。危険も上。しかし……」
フェイアは少し言葉を切った。
「しかし、それは始めからわかっていたことです。そして我々は始めから妖魔を倒すことを前提に動いていました。いうなれば、ゴウリュウの事件はおまけです。偶然引っかかったに過ぎない。そしてこの偶然は幸運です」
村人は意味がわからず怪訝になる。
「なぜなら、妖魔が現れた時点で我々がいるからです。いまでのは妖魔に見せかけた人間の仕業であり、そして妖魔がいなかった。しかし、今はいる」
そう、妖魔はいる。
今度は間違いなく。
村人はフェイアの言わんとしていることを理解したようだ。
「問題はなにも変わっていないとも言い換えられるでしょう。しかし通常ならば後手に回る。あなたたちが当初、妖魔の仕業だと思いながらも連絡に時間がかかり犠牲者が増えてしまったわけですが、今は初めから警戒することができるわけです」
それがどれだけ有利になるのかわからないが。
ゴウリュウとゴウエンは別々の牢屋に場所に閉じ込めてある。
二人が共謀して脱走を企てないための予防策として。
ゴウリュウはあの尊大な態度はどこへいったのか、怯えるようになり始めた。
犯罪は人身売買だけではなく、他のことにも手を出しており、それが発覚することを恐れ、そしてなにもできない無力を知り、恐怖だけが湧き上がり続けている。
ゴウエンは牢の中で比較的おとなしくしていたが、明らかに鬱屈していた。
ぶつぶつとなにかを呟き続けたかと思えば、突然叫びだす。
見張りは直接ついておらず、定められた時間に兵士が食事を運んでくるだけだ。
彼らには、二人が精神に異常をきたしているのか、判断がつかなかった。もしそうだとしても、処置は後回しとなる。
今日も兵士が食事を運んできたが、ゴウエンは部屋の隅に蹲って、小さな声で誰かに話しかけているようだった。
兵士以外誰もいないのだが、他の誰かがいるように。
「……ふざけやがって。蛆虫が。違うだろ。おまえなんだよ。畜生。なにしてんだ、え。なんかおかしいんじゃないか。それでいいのか。あん。聞けよ。俺の言うとおりにすればいいんだよ。のろまが。とんでもないことしてくれたな。どうなるかわかってんのか。貧乏人が勘違いしやがって。これはなんだ、え。言えよ。おい、知ってんだぞ……」
兵士は係わり合いを持ちたくないように、食事を置くとすぐに引き返した。
突然ゴウエンが立ち上がり、牢を掴んで叫びだした。
「おい! なんでリョホウを捕まえない! あいつの仕業なんだよ! なんでわからないんだ!」
食事を運んだ兵士と、少し様子を見に来た兵士の二人が、またかという風にうんざりした顔で外へ出ると、扉を閉めて声を遮った。
同時に外の明かりが遮られ牢は薄暗くなる。それでもかすかにゴウエンの叫び声が聞こえ続ける。
二人の兵士は、どこか神経をすり減らした顔をお互い見合わせる。
「自分のやったことわかってないのか?」
「罪人なんて、みんな似たようなもんだろ」
身勝手で自分の都合のいい方向にしか考えず、なにをしても自分に損害が来るようなことはなく、報いを受けても、謂れのないものだと感じる。
投獄されてまで自分の非を認めないと、やがては陥れられたと考えるようになる。
悪意に満ちた者とかかわるのは、それだけで気分が悪くなり、気が滅入り、気疲れするのだ。
牢の中ではゴウエンは再び呟き始める。
「リョホウがやったんだ。リョホウなんだよ。なんでわからないんだ」
それは執拗なまでにリョホウを見下し、全ての責任をリョホウにあると考え続けた結果、憎悪にまで達した、歪んだ心の発現だった。
「ああ、そうだ。リョホウなんだ。お、わかってくれるか。そうだ、あいつらは頭が悪いからな。なんにもわかってねぇんだ。考えることができないんだよ。こんなところに閉じ込めやがって。出してくれるのか。ああ、それぐらいたいしたことじゃない。俺は我慢強いからな。勘違いしてやがるあいつらと違うんだ。へへ……へへへへへ……」
見えない誰かと話をしているゴウエンに、兵士たちは早く交代の時間が来てほしいと願った。
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