十四話
夜。
三人の若い男がリョホウの家の近くにある、小高い丘の影に集まった。
先日ユイハとメイリンに乱暴を働こうとしてコウライに叩きのめされた者たち。
ゴウリュウに護衛として雇ったゴロツキだ。
彼らの罪状も見逃されているが、彼らは当然のこととしてまるで気にしていなかったし、すでに少女二人に対する乱暴も忘れかけていた。
忘れていないのは、コウライに対する恨みだけ。
そのうちの一人が一抱えほどの包み袋を持っている。
「用意は?」
一人が尋ねると、包みを開ける。中には朱色の毛皮と、牛の頭蓋骨を組み合わせた異形の怪物を模した仮面が入っていた。
「よし、はじめるぞ」
開始を告げると、一人に毛皮をかぶせ、仮面をつけた。
そして大きく見せるために、竹と毛皮で作った張りぼてを背負わせる。
近くで見ると、それは作り物だとわかるが、遠目には怪物と見間違えるだろう。
まして妖魔の出没する村では確実に。
「おおーう、こえー」
「あの腰抜け道士、これ見ただけで逃げるんじゃねえか」
「ばか、それじゃ困るだろ」
村の入り口では、都から派遣されてきた兵士たちが、見張りをしている。
彼らに姿を目撃させ、リョホウの家まで誘導する。
そして作り物の怪物をリョホウの家に置いておけば、それで仕事は終わり。
他の者がメイリンを拉致し、村人の失踪と一連の妖魔の出現の全ての罪をリョホウに着せて、決着がつく。
へまさえしなければ簡単な仕事だ。
特に気をつけなければならないのは、兵士と直接接触することだ。
前回逃げ遅れたため兵士と戦う羽目になり、危うく正体が判明するところだったが、今回は兵士に姿を見せるだけですぐに逃げる。
「さあ、行くぞ。とっとと終わらせようぜ」
一人が村の出入り口を示すように腕を振ると、怪物役は歩き始めた。怪物の扮装をしているためぎこちない歩き方だが、十分雰囲気が出ている。
だが三歩も歩かないうちに、不意に足を止めた。
「どうした? 早く行こうぜ」
先導する仲間が促すが、怪物役は動かない。
なにを考えて動かないのか、怪物役の仲間は仮面をつけているので表情はわからないが、しかし怪物役は呻き声を上げて退いた。
先導する二人の男はその意味がわからず怪訝にお互いの顔を見合わせた。
怪物役の男は、その仮面を震える手で外す。
現れた顔は、月明かりに照らされて、恐怖の目を向けていた。
二人の仲間の背後に。
先導役の二人は後ろに気配を感じ、嫌な予感と共に振り返った。
巡回警備をしていた兵士たちが、悲鳴を聞きつけて駆けつけた時には、すでに惨殺死体が転がっていた。
明朝、フェイアは検分を執り行った。
村の南の出入り口の付近に、引き裂かれた死体が、おそらく二つ。
その体がいくつかにわかれ、さらに足りない個所も多いので、断定し難いが、頭部の数からそう推測される。
もっとも喰われてしまったためなのかもしれないが。
遠巻きにして村人たちが様子を見ているが、現場保存のため兵が近寄らせないようにしている。
コウライが訊ねる。
「わかるかい?」
「今からだ」
フェイアは数枚の紙札を懐から取り出した。複雑な模様と文字が描かれた紙札には術を練りこんである。
フェイアは二三言札にささやくと、それを風に流すように手から離した。
札が空中を漂うように地面に落ちる。
だがその内の、三枚の札は動きを止めなかった。
地面を転がるように動き、時折中に浮いては地面に落ちる。
それは風に舞っているようだが、しかし明らかに風向きとは異なる。
村人たち、そして一部の兵士はその動きに奇怪なものを感じているが、その正体まではわからない。
コウライはその動きを理解していた。
札は、犠牲者の生きていた頃の動きを模倣している。
正確には死ぬ直前の動き。
動くという精神の働きを読み取り追跡する術。
札はやがて空中で停止し、そして四散した。紙切れが舞い、そこには遺体の残りかすと、動物の毛皮、動物の頭蓋骨から作られた怪物を模した仮面が転がっていた。
「どういうことだい?」
コウライはフェイアにたずねる。
今迄痕跡を残さなかった妖魔は、なぜここで喰い散らかすという大雑把な行動に出たのか。
なぜ今迄と行動が違うのか。
それに、この動物の毛皮と頭蓋骨はなんのために置いてあるのか。
「単純だよ。とてもね。だけど、確認しておかないと」
フェイアは大体のことは推測できていた。
しかし確信を持つには、材料が少し足りない。
そして都合のいいことにその最後の材料はまだいる。
「一人、逃げ延びた」
四散した札は二枚だけだ。
村人たちが遠くで様子を伺いながら不安そうに話をしている。
「また殺されたのか」
「これで何人目だ?」
「いったい誰がやられたんだ」
「殺されたのは、ゴウリュウのところのゴロツキらしい」
「いい気味だ。いままで散々悪さしてくれたからな」
「バカなことを言うんじゃない。次は俺たちかもしれないんだぞ」
言葉を交わす村人の中に、リョホウとメイリンが沈黙で混じっていた。
妖魔に誰かが襲われたという話を聞いた時、自分たちの出番だけで済むのなら良いと思った。
だが、残念ながら自分たちは必要ない状態だ。
リョホウはその場を離れようとメイリンにささやく。
「行こう」
メイリンは了承の意を示してリョホウに軽くうなずいた。
ふとリョホウは、草原に一本だけ林から離れて伸びている木の陰に、黒い外套をかぶった男がいるのに気付いた。
人の集まりから離れた場所に立つ黒衣の人影は、異様な雰囲気を漂わせていたが、なぜか誰も気に留めていない。
外套に隠れて顔はわからないが、目だけが真っ直ぐにメイリンを見つめていた。
メイリンはその視線を真っ向から受け止めて、どこか敵と対峙するように鋭い眼光で応えた。
「メイリン?」
リョホウが妻の様子が普段と明らかに異なることに疑念の声を上げると、メイリンは我に返ったように夫に視線を向けた。
「メイリン、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ」
改めて黒い外套の男に目を向けると、そこにはもう誰もいなかった。
「どうかしたのかい?」
調査の最中に、不意に村人たちへ視線を向けたフェイアに、コウライが尋ねた。
「……いや、なんでもない」
気のせいか?
恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい。
自分はいったいなにをしていたのか。
自分はなぜあんなことをしていたのか。
怖い、怖い、怖い。
自分はなんてことをしていたのだ。
自分はあんなことをしていたのだ。
恐怖、恐怖、恐怖。
男はひたすら怯え続けていた。
家の戸口は全て鍵をかけて家具類で塞ぎ、窓は全て板を打ち付けて閉じた。
大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ。
ここには誰も入ってくることはできない。
誰も入ってこない。
誰も入ることはできない。
だがあれは誰ではない。
何だ。
人間ではない。
人間ではないものなら入ってこれる。
入る。押し入る。進入する。
いやだ、いやダ、イヤだ。
男は部屋の隅にうずくまり震え続ける。
自分はなんということをしてしまったのだ。
自分はなんということをしてしまっていたのだ。
あんなモノの真似事をしてしまうなんて。
助けて、助けて、助けて。
家の戸がガタンと音を立てた。
「ひっ」
男は短い悲鳴を上げて、自分の口を手で塞ぐ。
声を出すな。
音を出すな。
なにも出すな。
男は窒息するほど自分の口を塞いだ。
本当に息ができなくなっても塞ぎ続けた。
気のせいだ。
ただの風だ。
なんでもない。
あれではない。
あれが追いかけてきたのではない。
だが確証はない。
確かめたくない。
証明などして欲しくない。
ここには誰もいないんだ。
獲物は違うところにいるんだ。
ほら、なにも聞こえないだろう。
誰もいないから音がしないんだ。
戸が音を立てて揺れた。
誰かが開けようとしているかのように。
違うんだ。
誰もいないんだ。
違うんだ。
誰もいないんだ。
違うんだ。
誰もいないんだ。
だからやめてくれ。
声なんか出してない。
音なんか出してない。
息もしてない。
だから消えてくれ。
誰もいないからやめてくれ。
男は自分の口を塞ぎ続けた。
本当に呼吸が止まるまで。
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