六話

 ゴウリュウの息子ゴウエンは、一連の話を聞くと、自分の手で不死の霊薬を手に入れようと考え始めた。

 そしてリョホウが不死の霊薬を知っているに違いないと考え、警衛と称して雇っているゴロツキをつれてリョホウに問い詰めた。

「お前知ってるんだろ。言えよ」

「知らない。そんな物は、ない」

 集団の力を全く意に返さないように、表情を変えずに答えたリョホウに、ゴウエンは酷く癇に触った。

 そもそもゴウエンはリョホウを初めて見た時から気に入らなかった。

 なんの欲もありませんと済ました顔をしているが、その皮の下には下卑な蛆虫の素顔があるに違いないのだ。

 都から道士が訪れて、不死の霊薬を教えなかったことこそその証拠だ。

 こいつらは知っている。

 自分たちだけで独占したくて黙っているのだ。

 だが蛆虫のような根性だ。

 少し脅せばすぐに白状する。

 そう考えての行動だったが、効果はまったくなかった。

「知ってんだろ。言えよ」

「知らない」

「知ってんだろ。なあ」

「知らない」

 執拗に同じ質問を繰り返すゴウエンに、リョホウは荷物を背負うと、彼らを無視するかのように歩き始めた。

 相手にされていないとゴウエンは感じ、仲間がそれに気付けば面子にかかわる。そして短絡的な行動に出た。

 手近にあった棒で殴りつけ、倒れたリョホウを蹴り始めた。

「やっちまえ!」

「おう!」

「生意気なんだよ!」

 仲間もその帳尻に乗って暴行に加わり、精神的に幼稚な彼らは手加減や止めるといったことをまるで考えず、そういった発想自体ないかのように執拗に暴力を加え続けた。

 しばらくして動かなくなったリョホウを、暴行を加えていた男たちは、殺してしまったのではないかと、そして自分が殺人罪に問われることだけを心配し始めたが、ゴウエンはそれでも執拗に殴り続けた。

 そのまま続けていれば本当に死んだのかもしれない。



 その暴行を、宿屋の娘ユイハが目撃し、助けを呼びに行った。

 しかしそういう時に限って人が見つからず、自分一人でも止めるべきだったと後悔し始めた時、村長の息子のホウロを見つけた。

「リョホウが、ゴウエンに」

 息を切らして短い言葉をつなげるユイハに、ホウロはそれだけで事情を察し、急いで駆けつけた。

 ゴウエンは走ってくる二人の姿が見えると、リョホウへの暴力を止めた。

「ちっ。本当に知らねえのかよ。無駄な手間掛けさせやがって」

 あまりにも自己中心的な文句を言い捨てると、唾を吐きかけてその場を立ち去った。

 意識を失っているリョホウの、その酷い状態に怒り、ゴウエンに同じ苦痛を与えたい衝動に駆られたが、ユイハに止められる。

「リョホウを早くなんとかしないと」

 少し冷静になってみれば、リョホウの状態は一刻も争う。

 ゴウエンなどのことは後回しだ。



 ホウロが抱えている重傷のリョホウを、祖父は驚いて向かえ、すぐに手当てをした。

 暴力の跡は酷かったが、幸い命に別状はなかった。しかし当分は安静している必要があった。

 ただ一人の孫をこんな状態にしたものが誰なのか、二人から聞いたリョゲンは激怒して弟に抗議しに行った。

 しかしゴウリュウは優越感に満ちた、兄でさえ嫌悪感を抱かずにはいられない薄ら笑いで知らぬぞんぜぬを通した。

「証拠はあるのか?」

 実際、ユイハとホウロの言葉だけでは証拠として取り扱われることは不可能に近く、それに治安を任されている官吏は、ゴウリュウと癒着している。

 実際、怒りにホウロが訴えに出たが、取り合われることはなかった。

 リョゲンは憤懣やるかたないが、しかしまずは孫の治療が先決と、リョホウの介護に専念した。

 死の危険は一先ずないとしても、リョホウの怪我は酷かった。

 村人たちもリョホウを心配してお見舞いに来てくれたが、面会はできなかった。

 命の恩人であるユイハとホウロも、顔を少し見るだけで、声をかけることもできない有様だった。

 それでも、祖父の献身的な介護で順調に回復に向かった。

 しかし、仕事とリョホウの介護の両立で無理をしたリョゲンは、体調を崩しはじめた。

 だが貧しい現状では仕事を休むわけにはいかず、過労の結果、リョホウが全快すると入れ替わりに、床に伏せることになった。

 今度はリョホウが懸命な介護をするが、老いたリョゲンの体は回復力をほとんど発揮せず、ホウロとユイハの助力も効果はなく、様態は悪化の一途を辿った。

 そして秋も深まり冬の足音が迫った頃、リョゲンは最後の時を迎えた。



 リョホウは祖父が伝授した不死の霊薬を調合した。

 調合法を教えられた時から頭の片隅に在ったそれは、自然と原材料を揃えるようになる。

 それほど熱心に集めたわけではないが、原料が売られているとなにとはなしに購入し、野原や山河の中で目にすれば気になって採取し、いくつかの入手困難な原料も、幸運と偶然で手に入れ、いつでも作ることはできる状態になっていた。

 だが、けっして使うなというリョゲンの言葉に従って調合はしなかった。

 リョホウ自身、死なないということに禁忌を感じていたためかもしれない。

 しかし、調合するならばこの時であり、使用するならばまさにこの時しかなかった。

 三日三晩のすえ、完成したものは、少しの液薬。

 リョホウは自身が作った不死の霊薬を祖父に見せた。

「そうか。作ったのか」

 リョゲンは驚くわけでもなく、どこか安堵したような笑みを浮かべて、しかし首を静かに振って服用を拒む意思を示した。

 リョホウは無理に服させることはせず、祖父の意思を尊重した。

 リョゲンが拒否するだろうということはどこか予想していた。

 リョゲンは人としての命を全うすることに喜びを持っていた。

 そんな祖父が、命惜しさに自然の摂理に反したとしたら、祖父に対する尊敬の念は失われていただろう。

 それでもリョホウは作らずにはいられなかったのだ。

 リョゲンは涙した。

 我が孫はこんなにも優しい子だと、誇らしい気持ちで満ち溢れた。

 そして不死の霊薬さえ調合できる技を持つ自慢の孫だと頼もしく思った。

 そして人間として尊厳ある死か、永遠の命か、その最後の選択肢を選ばせてくれた孫に、感謝の気持ちに胸が満ちた。

 翌日の朝、祖父、リョゲンはこの世を去った。

「幸せにな」

 それが彼の最後の言葉だった。

 朝日が老いたる薬師の顔を明るく照らしていた。

 彼は何一つ憂うことなどないかのように、安心したような、穏やかな笑みを浮かべているように見えた。

 両親が亡くなった時も泣かなかったリョホウは、本当に孤独になって、初めて、そして少しだけ、涙を流した。



「そうか、亡くなられたのか。残念だ」

 リョゲンの墓を前に、フェイアはリョホウに哀悼の意を示した。

 あの老薬師とはもっと話をしたかった。

 わずかな間だったが、人柄には好感が持てた。

 様々な事柄に深い造詣を持つリョゲンとの話は楽しいものだっただろう。

 最後の言葉を思い出す。

 今度はゆっくりしていってください。

 だが、もう彼と言葉を交わすことはできない。

「ところで、これからどちらに?」

 リョホウの質問が、追憶を中断させる。

「湖へ行く途中だったんだけどね」

 妖魔に関する調査の途中で、薬師の家に立ち寄ったフェイアは、ささやかながら友と呼ぶ者が死去していたことを知る。

 それを伝えた者は、悲しみを見せない。

 過ぎ去った思い出に浸ることはなくなったのか、あるいは最後の遺言を全うしているからなのか。

 少し離れた彼の家で、彼の妻が顔を出していた。

 夕食ができたのだろう。

「よろしければ、一緒に夕食はどうでしょうか?」

 食事への誘いをフェイアはすぐに断る。

 愛妻の作ってくれた食事は、夫だけの特権だ。

 少なくとも新婚のうちは。

 それに馬に蹴られたくない。

「いや、宿でも用意しているだろうし、調査の途中だから。湖はこの方向で良いんだよね?」

 肯定するリョホウと別れて、フェイアは湖に向かった。

 しばらく歩いて振り返ると、夕日の色を残す空の下、二人が見送っている姿があった。

 薬師殿、あなたの孫は幸せになりましたよ。

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