二話

 クオリ村から、朝廷に妖魔退治の嘆願書が届けられたのは、十日ほど前になる。

 辺境の山脈の麓にある小さな村に、妖魔が出没し、村人に害を為しているという。

 記された被害状況から読み取って、妖魔であることは間違いないと、朝廷は嘆願を受理し、二日後には朝廷道士と十数名の兵士を派遣した。

 妖魔を退治するには少ない人数だが、いかに大軍を誇る朝廷の軍兵と言えども、その数は無限ではなく、朝廷からしてみればさして重要な場所でもない辺境の田舎に、大人数を派遣する理由はないのだろう。

「それで、クオリ村ってのは、どんな村なんだい?」

 馬車の中で揺られながら物思いに耽っていたフェイアは、それまで沈黙していたコウライの、唐突な質問に現実に戻された。

 双子であるコウライは、武術に長けていることに起因しているのか、女性にしては逞しい体躯をしており、中性的な顔立ちと合わさって、美女というより美青年に見える。

 男勝りで勝気な性格もそう見える要因の一つか。

 比べてフェイアは、細い線の体に、同じく中性的な顔立ちで、物腰も柔らかく穏やかであるためか、女性的な雰囲気を湛えている。

 特に道士の正装は男女どちらが着ても問題ないように意匠されているためか、時折本当に女性と間違われることもある。

 二人は性別を取り違えて生まれたのだという者もいるが、二人はそのことを特に気にしたことはない。

 仙術のフェイア。

 武術のコウライ。

 まだ二十代にもかかわらず、朝廷道士内でも特に優れた術士として一目置かれ、またそれだけの業績を収め、特に妖魔退治に関して功績を挙げている。

 二人はその異なる能力と技能で、互いの長所を合わせ短所を補い、その戦術は二人の強さを格段に引き上げ、朝廷道士内でも匹敵する者は少ない。

 妖魔退治においては若くして最強との声もある。

 兵士の人数は少ないが、その質を考えるくらいの配慮はあったということか。

 フェイアは少し考えて双子の姉、あるいは妹の質問に答える。

「うん、いい所だよ」

 つまりは普通の村。南方に山脈が連なり、三方を草原に囲まれている。

 山から川が流れ、付近に湖や池をいくつか湛え、林が点在する。

 そして貧しいが精一杯生きる人々。

 フェイア道士がクオリ村を訪ねるのは、実は二度目になる。

 とはいうものの、前回は三日しか滞在せず、用件を済ませてしまうと、早々に都への帰路に着いた。

 五年前、先代皇帝はなにか考えるところがあったのか、存命中に帝位から退き、息子に譲った。

 そして戴冠した新たな皇帝は、ある密命を一部の朝廷道士に下した。

 不死の霊薬の探索。

 権力者という者は、あらゆる力を手に入れると、次は手に入れることなど不可能なものまで欲する傾向にある。

 その例に漏れず、新皇帝もまた永遠の命を求めた。

 その密命を受けた一人がフェイアだった。

 朝廷に従う数ある機関の中で、朝廷道士の中に命が下ったのは、この世ならざる存在を相手とする者ならば、この世ならざる霊薬に心当たりがあると考えたからかもしれない。

 新皇帝の真意はともかく、少なくともフェイアは心当たりがあった。

 仙術の師匠から聞かされた、ある薬師の一門に伝わる不死の霊薬の存在。

 もっとも師匠にしてもその存在を信じておらず、寧ろ根拠のない話として一笑していた。

 おそらくは、彼らが製作する薬の良さを広めるための作り話、宣伝の類だと。

 ともあれフェイアは真偽の定かでないその話を頼りに、その門派の薬師を探し、そしてクオリ村に向かった。

 無論のこと、その時のフェイアも、不死の霊薬など信じていなかった。

 門派の技を継承した唯一の薬師は見つけたが、予想通り不死の霊薬はなかった。

 探索当初から、不死の霊薬など存在するはずがないと考えていたフェイアは、それ以上追求することなく、都へ戻った。

 そして不死の霊薬は、やはり他の者も発見できなかったらしい。

 皇帝は残念がってはいたが、なんの叱責も処罰を行わなかったことから、自身も不死の霊薬が発見されることを、真剣に期待していたわけではなかったのかもしれない。

 事実その件は、それ以後、話題に上がることはなかった。

「次は物見遊山で来たいと思ってたんだけど、今回も仕事になってしまったね」

 しかし今回は適当に済ますわけにはいかない。

 妖魔が出没している。

 人に害を成す妖魔を打ち滅ぼすことこそ、道士として本来の仕事であり、使命だ。

「フェイア道士、コウライ先生。見えてきました」

 兵士の一人が報告してきた。

 二人は馬車から顔を出し、進行方向に視線を向けた。

 都を出発してから七日。草原の中にささやかにその姿を現す、目的地であるクオリ村が見えた。



「ようこそおいでくださいました。心より皆様を歓迎いたします」

 一行が村に到着するな否や、村人たちが集まり、クオリ村の村長ウクバが代表として挨拶した。村長と呼ばれるには意外と若く、まだ全盛期の年齢だろう。

 その背後に数人の村人が控えている。

 厳しい自然に鍛えられた者特有の、精悍な顔つきをした男たちだが、身なりは質素で、貧しい村の暮らしを推し量ることが容易にできる。

「宿を用意しております。まずはそちらへ」

 彼らの案内で、村で唯一の宿屋へ向かい、荷馬車から荷物を降ろす作業を始めた。

 この宿では十数年ぶりかの満室になるわけだが、その原因が妖魔にあると思うと、とても喜べず、さらに料金は村長の支払いだ。

 朝廷は村の滞在に関する費用は村で用意することを要求し、フェイアたちは払えるほど懐が温かくない。

 宿屋の儲けは実質皆無で、宿屋を経営する夫婦としては苦しいところだろうが、文句の一つも言わないのは、妖魔を退治してくれる朝廷道士の機嫌をとるためか、単に営利を考える状況でもないということか。

 どちらにせよありがたく使わせてもらうことにした。

 実際問題として、兵士たちが寝泊りする拠点となるのはここだけなのだ。

 実はもう一つあるが、そこは問題があるのでできれば敬遠したい。

 兵士たちを宿屋の主人夫婦が案内をする。

 兵士が寝泊りする部屋は二階。

 武器や鎧、その他の荷物は基本的に一階に。

 安普請の宿屋では、重量のある装備品などを上に運ぶと、床が抜ける可能性があるからだろう。

 やがて荷物の下ろし作業が終わり一息つく。

 主人夫婦と、その娘のユイハ。

 そして臨時に手伝いに来た村の娘が、兵士たちに茶を配り始めた。

 辺境の村に美女などいないという偏見が都にはあるが、それが間違いだと彼らは知った。

「皆さん、お疲れさまです」

 宿屋の娘のユイハは活発な雰囲気の美少女で、後ろで結ってある髪が、犬の尻尾のように動きに合わせて元気に振れる。

 対照的にもう一人の娘は物静かでおとなしい雰囲気だ。

 長い髪をまとめずに流しており、絹の垂幕のように白い顔を彩る。

 正反対の印象の二人の娘は、やはり身なりは質素だが、それを補って有り余る魅力に溢れていた。

 寧ろ、装飾品のないことが、若さという美しさを引き立ててさえいた。

「いやー、きれいだね、二人とも。こんな美女を目にしたことはないよ」

「コラ」

 好色な兵士の一人が言い寄ろうとしたが、コウライに頭を叩かれた。

 それを二人の娘は可笑しそうに笑った。

 笑われた兵士はそれで腹を立てる様子でもなく、寧ろ娘の興味を引いたことが嬉しい様子だった。

 ともあれ、長い旅路で疲れていた兵士たちは、宿屋の看板娘とも言える二人の美少女に、心身ともに癒される思いのようだ。



 仕事に入る前に、長旅の疲れを少し取ろうと、フェイアは少しの休息をとっていると、フェイア宛にある招待状が送られてきた。

 差出人は村長のウクバではなく、ゴウリュウと書かれている。

 ゴウリュウの使いと名乗る、恭しい召使から渡された招待状を、フェイアはなんとも言えない表情で見つめる。

「どうするんだい?」

 招待状を持ってきた召使が帰ってから、コウライは聞く。

 招かれたのはフェイア一人だけだ。

 自分も付いていく必要があるか、それともフェイア一人で行くのか。

「一人で行くよ。彼の話を聞く必要があるだろうから」

「ゴウリュウっていうのは、どういうやつなのか知ってるのか?」

「少しね」

 ゴウリュウは貧しい村の出身でありながら、一代で財を成した立身出世の人物で、都でもささやかながら財政界に名が伝わっている。

 しかしその裏には黒い逸話がまつわるとも噂される。

 真偽はともかく、この村唯一の富豪は、この地域を任されている官吏と癒着することで、村で強い権力を持ち、また村人のほとんどは彼から借金をしており、無理難題を命じられても、ゴウリュウには逆らえないらしい。

「そんなやつからなにを聞くんだい?」

「僕たちを呼んだ理由だよ」

 コウライは朝廷に送られた嘆願書の詳細をほとんど聞いていなかった。

 細かいことを気にしない性格のため、そもそもあまり興味がなかったのだが。

 ともあれ嘆願書の差出人は、村長や村の名前ではなく、ゴウリュウとなっている。

「あまり、会いたくないけどね」

 フェイアがゴウリュウと会うのは、二度目になる。

 前は不死の霊薬を探しに来た時だった。



 フェイアがゴウリュウの屋敷へ向かってから、コウライは兵士に指示を出して、警備を開始させた。いつまでも休んでいるわけにはいかない。

 人手が足りないことと、不慣れな土地であるという理由から、村の男たちとの合同になった。

 戦闘の訓練を受けていない者との警備は不安もあるが、仕方がない。

 村の若衆の頭はホウロという名の、村長の息子だった。精悍な顔立ちで、体格も比較的良い。仕事は木工品の製作だというが、狩人しての腕も良いそうだ。

「この辺のことはなんでも聞いてください。妖魔を退治できるならなんだって手伝います」

 ホウロはコウライに請け負って案内を始めた。

 クオリ村は小さく、人口は百人に満たない。

 平原という土地柄のため田畑は広く、戸口もやや疎ら。

 家々は木材で立てられた簡素で小さなものが大半を占めている。

 防衛のため、村を囲う柵と堀が作られ、南と北の出入り口は見張り台となる櫓が立てられている。

 また、その周辺や村の要所に篝火を一晩中つけて警戒している。

 予想よりに中々整った警備態勢に、コウライは感心する。

 戦の知識を持った、兵役経験のある村人がいるのかもしれない。

「これは、全部あんたたちが考えたのかい?」

 誇らしげに案内していたホウロはその質問に、ごまかすように愛想笑いをする。

「いやぁ、実は俺たちはたいしたことは思いつかなかったんです。全部、リョホウが考えたんですよ」

「リョホウ?」

 コウライは名前を繰り返した。

「ええ、村で唯一の薬師です。この辺は医者もいないから、みんな頼りにしているんですよ」

 薬屋では一般的にすでに調合された薬剤を販売することのみを商売としており、また薬剤師は薬剤を調合するだけだ。

 しかし薬師は薬の調合から販売、また薬剤の原料の採取など、全般的に手がける。

 長じて病人の診断なども行うこともあり、腕のいい薬師は、下手な医者よりよほど頼りになる。

 実質的に、医者、薬屋、薬剤師の三つを兼ねた職業で、当然高度な知識と技術が要求される。

「その薬師、腕が良いんだな」

 医療の知識だけではなく、戦の知識があるとすると、穏やかとは言いがたい経歴があるのだろう。

 クオリ村の薬師。

 フェイアが不死の霊薬を探索した時の薬師だろうか。

 それとも、弟子か家族かもしれない。

 小さな村で同じ仕事だ、無関係ということだけはないだろう。

 ふとコウライは、村の子供達が少し離れた家屋の影から、好奇心と不安が混じった瞳で覗いているのに気付いた。

 外の世界に興味はあるが、直接係わるのは少し怖い。

 そんな心情が容易に読み取れて、なんだか微笑ましい。

 母性をくすぐられたコウライは、子供達に友好的に微笑んで見せた。

「「「わぁあああ!!」」

 まるで猛獣にでも遭遇したように悲鳴を上げて、子供達は一目散に逃げ出した。

「……」

「すみません。人見知りのする子達で」

 沈黙するコウライに、ホウロは謝罪と説明をするが、逃げ出した理由は絶対に違うと思った。

 しかし、真実に直面する時の精神的な痛手を考えて、彼の意見を採用する。

「ん?」

 子供たちが逃げた方向に、宿屋でお茶を配っていた二人の少女がいた。一人は宿屋の娘のユイハ。

 もう一人は名前を聞きそびれてしまった。

 彼女は手伝いに来ていただけらしく、家は他にあるそうだ。

 今から帰るところで、ユイハは送っているところなのか。

 その美しさのほかには、特に印象があるわけでもないのに、なぜか気になる娘だ。

「後は任せたよ」

 コウライは兵士に一方的に告げると、少し戸惑う兵士を残して、二人のところへと向かった。

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