久遠の玉響
神泉灯
一話
序
少年は山中で小鳥を見つけた。
小鳥は足に怪我をしており、そのため飛ぶことができなくなっていた。
身を隠すように岩の陰で横たわっている小鳥は、放って置けば遠からず息絶えることが見て取れた。
少年は哀れに思い、小鳥を手当てし、家に連れ帰り世話をした。
甲斐あって、やがて小鳥の怪我は癒え、再び飛ぶことができるようになった。
少年は小鳥を拾った山中で放してやると、小鳥は少年に礼を告げるように三度旋回し、澄んだ声で鳴いた。
そして小鳥は遥か空の彼方へ飛び去った。
少年はその姿をずっと見送り続けていた。
一話
都の一画にある、朽ちかけた不浄な廃屋で、それは食事をしていた。
カリカリとなにかを齧る音が、静寂に満ちた夜に奇妙に響き、聞く者に異様な雰囲気と共に嫌悪を感じさせる。
廃屋の隅の暗闇で蹲り食事をしているのは、小柄な人の形をしていた。
だが人間ではなかった。
胴体に茶色の毛皮を着けているように見えたが、しかしそれは獣のように皮膚から直に体毛が生えている。
逆に手足には全く毛はなく、青白い皮膚は両生類のように、濡れたように滑らかな、それでいて不快感を催す光沢を放つ。
眼は禍々しく紅く輝き、頬まで裂けた口には、肉食の魚類のように鋭く尖った歯が並んでいる。
肉を喰い尽くした骨を両手で握り、それでもまだ食欲が満たされないのか、骨を齧り啜り続けている。
一心不乱に、さながら、飢餓に満ちた地獄に落とされた亡者のように。
「やはりここにいたか」
いつの間にいたのか、戸口から何者かが声をかけた。
後光の如き月明かりを背にしたその男の姿は、清らかなる救世の聖者に見えたかもしれない。
「GIGIGI」
だが救われるべき亡者は、食事を中断されたことを苛立つように、奇怪な声を上げた。
「女性三人。男性五人。子供を八人。すべておまえの仕業だな。妖魔」
質問の答えなのか、亡者は手にする骨を床に投げつけた。
人間の手の骨。
亡者の背後には、無数の人骨が乱雑に散らばっていた。
妖魔。人喰いの怪物。
「お、お、おまえも、俺の、腹の中……」
片言の言葉で宣告すると、次の瞬間には妖魔は跳躍した。
小柄な体躯からは想像できないほどの跳躍力で天井に張り付き、そして、どういうわけか重力の法則を無視して落下しない。
「おまえも、俺の、力になる」
天井に張り付いたまま告げると、腕だけが一瞬で巨大な剛腕に変化し、戸口の人物に向かって二度目の跳躍。
「KISYAaAAA!!」
怪物としか形容できない異常な変化とその動きに、聖者はまったく動じず、懐から一枚の紙切れを取り出した。
「
一言唱えると、次の瞬間、雲一つない夜空の、室内であるにもかかわらず、雷が発生し、怪物の体を直撃した。
「GyuA!!」
空中で体勢を崩した妖魔は、受身も取れずに床に顔面を叩きつけられる。
すぐに立ち上がろうとするが、高電圧の一撃で体が痺れて動かない。
男は静かに歩を進める。
殺意や敵意による灼熱の圧力を伴う気配もなく、ただ静かに、虚無なる凪のように。
「O、Guo」
だがその静けさに、怪物はその醜悪な姿とは裏腹に怯えに顔を歪ませた。
何一つ感じさせないことが、寧ろ力の差を歴然と示しており、妖魔は自らを凌駕する存在に恐怖した。
だが極限の恐怖は、動けるはずのない体を動かした。
「GiOGuaGiAaaA!!」
腕のみならず、全身が膨張するように巨大化し、小屋を破壊しかねないほどの巨体が屹立する。
「UGAAAA!!」
雄叫びを上げて豪腕の拳を男に向かって繰り出した。
だが、男に拳骨が当たるか否や、剛腕が宙を舞う。
いつ現れたのか、男の傍らで、煌く刀剣を携える女性が佇んでいた。
彼女が刃に滴る黒ずんだ血を振り払うと、壁から床にかけて汚らわしい妖魔の血が線を描く。
「O?」
怪物は自らの腕が唐突になくなっていることを疑問に思い、そしてまだ空中を回転しながら飛ぶ腕が視界に入り、それに視点を合わせようとした。
「印」
男が一声唱えると、大量の鮮血が、半ば倒壊しかかった小屋の、怪物の背後だけに飛び散った。
「O?」
怪物は自分の胴体に、大砲で穿たれたような穴が開いていることに疑念の声。
「oO?」
その疑問の答えが出る前に、男が最後の攻撃を加えていた。
「
眩いばかりの膨大な光が場に満ち、怪物の体を包む。
「Kyuaaaaa……」
最後の悲鳴が小さくなり、やがて途絶え、光が消え失せると、怪物もまた消滅していた。
空中を舞う怪物の腕が地面に落ち、それも蒸発するように、骨も残さず消えた。
男は怪物の最後を確認すると、身を翻してその場を後にした。
女もその男に少し遅れて付いて行く。
「これで終わったみたいだね、フェイア」
訊ねる彼女の姿が月明かりに照らされる。
年若い男装の麗人は、武侠列伝の物語に登場する女武術家のように、猛々しくも凛として美しい。
「終わったよ。コウライ」
答える男もまた月明かりに姿を現した。
女性的な顔は佳人の如き美丈夫で、その儚さは、怪物を倒したと言っても誰が信じるだろうか。
「終わったばかりだけど、また次の仕事が入ったみたいだよ」
街路の向こう側から、仕事の遣いの者が数人現れた。
手に書状を持って。
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