あるあるその19 やらないで後悔するならやってみろありすぎ

「やらない後悔よりもやって後悔しろ」

 この手のビジネス書には耳にタコができるほど書いてあります。


 老人たちは死ぬ間際になって、やらなかったことを後悔して死ぬ。などと言ってあれこれ手を変え品を変え色々と「やって後悔しろ」という主張をしてきますが、そもそも誰だって後悔はしたく無いのです。やらなかった事への後悔はもちろん、やってしまった事への後悔も、です。




 この手の人たちは「やってしまった後悔よりもやらなかった後悔の方が大きい」というのを大前提としているようなのですがその大前提が通じない人というのも中にはいます。「やらなければよかった」と常に反芻し続けて罪悪感に押しつぶされてしまっている人もいるのです。


 実例として「大きな事でも小さな事でも関係なしにとにかくやってしまったことを後悔し続けた結果うつになり、現在進行形でやってしまった自分を起きている間中は常に責め続けている」人間がここにいるんですがそういう人に対しては見ないふりなのでしょうか? 例外事項として無視するのでしょうか?


「もっとチャレンジすべきだった」と思って死ぬ老人はいると思いますが、それと同様にたとえば離婚して初めて妻の有り難さに気付いて「離婚しなければよかった」なんて思って死ぬ老人もいると思いますよ。


「やらなかったことを後悔する」事も「やってしまったことを後悔する」事もごく当たり前の事です。そこに優劣の差は無いでしょう。そう、「優劣の差は無い」のでどっちも人生において重荷となるでしょう。




 これも「失敗が大事なんだ」と一緒で、やって後悔するよりは後悔せずに成功したほうが精神衛生上良いに決まってます。失敗「なんか」よりも成功したほうが良いに決まってます。


 これも失敗=負債というのと一緒で、後悔もまた大小にかかわらず「負債」となります。しかも「やらなくて後悔」するのと「やってしまって後悔」するのとどちらがより大きい後悔になるのか分からないのです。


 「やらない後悔」よりも「やってしまった後悔」の方が何百倍も重い。という事も十分起こり得ます。というか、私がそうです。


 ビジネス書を書くような人間は「やってしまった事を後悔している老人」はスルーするか、都合の悪い情報としてシャットアウトするか、成功しない人間はこうだ。なんて酷い事を言ってているんでしょうね。

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