第11話 本当にあった怖い洋食屋〜絶望編〜
先程の予知に関するバカ騒ぎの直後は静かな食事が続いた。
しかし、誰一人として食べる手を止めるものはおらず、この美味しさに舌を唸らせ
『まぁいつもの事さ』と言わんばかりに再び談笑がちらほら聞こえてくる。
あまりお腹がすいておらず、辛味チキンとチーズフォッカチオしか頼んでなかったが
前世のサ○ゼよりも洗練されたというか…チェーン店でもやはり安定の味で美味しかったのだが、店は違う。
所々アレンジが施されていたり、お好みのオプションなんかもついている。
例えば、今回頼んだ辛味チキン。
骨があるのが普通の料理なのだが、オプションで骨無し、骨が飛び出している『片手骨付き肉』と『両手骨付き肉』なんてオプションもある。
そんなオプションがあるとは知らず、ただ辛味チキンと頼んだだけであったが
それを知っていればヒコは骨を除くことを選んだであろう。
それも知っていて(?)か、この辛味チキンには元々骨がない。取り除かれている。
料理以外にも、この店は他の店にはない配慮が施されている。
例えば、この店地味にフォーク・ナイフ・スプーンが備え付けてある。
他は当たり前だが箸だし、これもどこから仕入れてるやら……?
そして、それぞれの食器の使い方が図で説明されており、初めての方でも利用しやすいようになっている。
これ以外にも、予知というある種サービスもあり、他の店よりも圧倒的に優れていると町で噂になり、軍以外の人も予約して食べに来る人までいる。
その方たちはサ○ゼと同じような値段を払うだけでこんなにサービスが受けられると絶賛し、今では近隣の町や村にも広まっているとのこと。
ちなみに予知についてだが
この店の開店以来予知を回避したのはただ一人。
今働いているウェイトレスのカエデさんだ。
二人は姉妹というわけでも無さそうだが…カナデさんはショート、カエデさんはロングという髪の違いぐらいで
顔立ちや身長、体つきなんかは二人とも遜色なく……。
雰囲気も違うかな…カナデさんはトンチンカンで元気。どちらかと言うと『可愛い』の方に相当する。
カエデさんはその目付きや仕草を見るに、とても美しく、こちらは『美しい』に相当する。
「あーあ、どうやって予知を回避したんだろうなぁ」
そう考えていると、ポツリとつぶやく声が聞こえた。
リョウマさんだけは未だに少し残念そうだった。
聞くに、今回予知を上回る対策として
必死に探し、あれやこれやと思考を巡らせながら敢えて前回と同じアラビアータを頼んでみたとの事。
同じ料理を頼むフェイント
指しているものと違う料理を頼むフェイント
メニューを見ないで頼むという奇行
カエデさんは一体どうやって予知を凌いだのか、多くの軍人の中で話題になっている。
「でも、どうして回避しようとするの?言わなくても伝わってるなんて便利じゃない」
と、ハンバーグとライスを口に頬張ってモッキュモッキュしているサユが聞く。
今、その口でどうやって喋れたん?
「あぁ、よくぞ聞いた。」
リョウマさんは店備え付けのフォークを置くと、一度目を閉じ、そして神妙な顔つきに変わった。
「実はな、この店が終業したと知らずに間違えて店に入った奴がいるんだが……、どうもカエデさんが今の、あの顔では考えられないほど表情を緩ませながらある料理を食べていたらしいんだ。」
そう言って指されたカエデさんの顔は…キリッと引き締まり、『めっちゃ出来るメイド』くらいの顔つきをしている。
今は和服だけど、いつかメイド服を着てカチューシャを付けてもらえないだろうか。
しかし、そんなカエデさんが表情を緩ませるほどとは……?
「その料理って?」
サユが食い気味に聞いている。
あ、見えた。
今身体強化しながら、口にある食べ物を飲み込んだ瞬間、同じ量の食べ物を口に含んだんだ。
へー、そうやって喋れるのね。
そこまでする必要もなさそうだけど。
「あぁ……恐らくカナデさんが作ったものだ、しかし、その料理はこの料理一覧には載っていない。和食らしいんだ…。」
「まさか……!」
「それって……。」
ヒコとサユは同時に言葉を吐き、お互い顔を見合わせる。
リョウマさんはそれを見て頷き、静かに口を開く。
気付けば周りにいる客は静まり返り、残念そうな空気を出していた。
「あぁ……裏…メニューだ…!」
「裏メニューを食べていたのはカエデさん一人、そしてカエデさんと俺達の違いは余地を上回れたか、否か。」
俺の言葉にヨシノブも素直に頷いた。
「あぁ、しかし…策を弄しても結果は同じ。貴様もいい線は行ったが、この有様さ。」
更にリョウマさんは続ける。
「ここで働いているか、否かという違いもあった。そう考えるものも多くここで働くよう志願する者もいたが…軍だからな。別の仕事は禁止されている。軍を辞めてまで働いたやつもいたが、賄いで裏メニューらしき物を頂けたものはいない。しばらくして直ぐに辞めていったそうだ。」
軍を捨ててまで……。
人の、食事に関しての執着は恐ろしいものがある。
そうまでしてありつきたい料理、しかし結果は惨敗。
これが本物の絶望…なまじ情報だけを知っている分、拷問のような恐ろしさを感じるぜ…ッ!
「カエデさんが予知を回避した所を見た人がいるなら、何でそれを真似しないの?」
サユが当然といえば当然の疑問を呈した。
確かに、普通成功例があるならそれを真似するものだろう、それともその策もバレるようになったのか?
「それが…分からないんだ」
「「分からない?」」
リョウマさんが言うには
店を始めた時はカナデさん一人で店を切り盛りしていたらしい、予知が評判となり、料理の物珍しさやその安さに惹かれて多くの人が訪れていた。
そこへやってきたのはカエデさん。
黒髪を翻し、ドアを開ける姿は既に他の客とは違う何かを持っていたようだったと。
誰もが諦め、座る事すら億劫になっていたカウンターの真ん中へ一人座ると、メニューを一通り見て
「ふぅ…」と一呼吸置き、カナデさんの耳で何かを囁いたらしい。
カナデさんは予知で用意したと思しき料理をカウンターの上へ置き。
メニューには載っていない、いつ使うかも定かでなかったワコウ酒を一本開けると
「乾杯(完敗)だよ」とお猪口を二つ出した。
二人は昼間にも関わらずワコウ酒を堪能すると、カナデさんは店で働かないか、と聞き
二つ返事でカエデさんは了承した。
しかし、誰にも真似できないこの物語は、店の伝説となっている。
この話で気付いたが、確かにワコウ酒が飾ってあるのにメニュー表には無いな…。
予知を回避した時用に備えてあるのだろうか。
客に出す用では無さそうだ。
「俺達もいつか越えられるかな、さ、そろそろ本部へ向かうぞ。何やら電報も来てるって話だし。」
全員が食べ終わったのを確認すると、そう言って早々にリョウマさんは店を出ていった。
あ、そっか。ここ軍の人はタダなんだっけ。
残りの二人も取り残されまいと早々に出てしまった。
某ファミレスのイメージが強いためか、少し躊躇ってしまう。
「ご馳走様でした…その前に、一ついいですか。」
いつの間にかカウンターに復活したカナデさんに一声かける。
「あん?」
とちょっと無愛想に答え、首を少し傾げる。
「そのお酒、料理に使っていらっしゃるのですか?それとも…」
とまで言うと、カナデさんはニヤッと笑い
両手を腰に手を当てた。
「多分次くらいに呑めそうだな。お子様だから果実水の方か?仕入れておくよ」と言った。
「やっぱり、ありがとうございます」
と答えると、客の間でざわつきが出はじめた。
すぐに出ていく準備をし、ドアの前に立つ。
でもやっぱり、どうしても一つ気になることがある。
「お金…」
「あぁいいよ。面白そうだから今回はタダにしてやる。一回だけだぞ!」と言った。
ん?
「一回だけ?」
そこへ、リョウマさんがドアを開けてそろそろ店を出るように伝えに来た。
その時
「軍の奴らはみんなツケだから。」
と言い放った。
リョウマさん含め、全員が今までにないくらい驚き、声を失い、その場へ倒れた。
タダでなく、この店はツケだったのだ。
創業2年。
軍の皆さんの食事代は人知れず。
誰もが絶望する中、ただカナデさんだけが笑っていた。
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