第7話 覚悟
何度も何度も自分が嫌になった。
何度も何度もこの世から消えようとした。
それでも僕が生き続けられたのは、きっと母のおかげだった。
母はふと、たまに思い出す事があるらしい。
母は自分のせいでは無いのは分かっていたはず。
それはどうしようもない事と分かっていたはず。
それでも母は、謝り続けた。
そんな母を見て、せめて、もう苦しまないようにと思ったんだ。
「……嫌です。」
囲炉裏の火が大きくはじけた。
この反応は、前世の感覚を持ち合わせた俺自身何ら不思議とは思わない反応だった。
まして、この戦争はもう何十年も動いていない。
そんな戦争に参加させられたら、ほぼ確実に死ぬだろう。
死ななかったにせよ、その人生の殆どは棒に振られる事になる。
尋常ではない状況だ、
それでも戦争には参加しなくてはならない。
これは義務であり、当然の事だった。
それでも母は「嫌です」とハッキリ、俺の徴兵を断った。
リョウマさんも、ヨシノブも依然とした態度でその言葉を聞き続けた。
母は数分にわたり、その不安の種をぶちまけた。
意外なことに、
ヨシノブはそれを静かに聞き、ただただ母を慰めていた。
勝手なイメージだが、貴族とは傲慢で、他人の意見や権利を踏みにじるものとばかり思っていた。
しかし、彼は違った。
この話は母の嘆きにより一度解散となり、
俺たちは重苦しい雰囲気でこの会を終えた。
猶予は3日。
それまでに、全員心に整理をつけるようにと言うことだった。
会が終わった後、ヨシノブにあの様な態度が取れたのか、とただ単純に疑問に思ったことを伝えた。
「貴族って、確かにこんな村々にも物資が行き渡るように務めてくれてるけど…同時に戦地に人を送り込む立場でしょ?
ああやって反対する人には、無理矢理にでもこう、物資とか今までの功績にモノを言わせて説得するのかと思ってた。」
この村のパーティーでケーキが出ていたのも、貴族の功績だ。
各地方の貴族、中心部の豊かな貴族は意外にも仲が良く、ほぼ全ての土地に均等に物資が行き渡るようにしている。
ただ、そうした功績はこうして不平不満を漏らす民を説得する、あくまで「材料」かと思っていた。
「貴様…貴族をなんだと……。」
ヨシノブは、着いてきながら悪印象を語る俺を訝しみながら一瞥し、
しかし、真っ直ぐな視線を持って答えた。
「確かに、一部の貴族はそのような考えを持っている者もいる。嘆かわしい事に、それは中心部の貴族に多い。」
それを語るヨシノブは、真っ直ぐ、どこか誇らしげに答え続けた。
「しかし、それとこれとは別だ、と俺は思っている。
貴族には、貴族なりの『誇り』がある。
物資と徴兵は別の話だ。
ましてこれらは他の家の話であり、命に関わる事だ。」
ヨシノブは、「こんな誇り、貴族でない貴様には分からんだろうがなっ」
と舌を出しながら手で俺を追いやった。
ありがとう、とだけ小さくお礼して
俺は母のいる家へと向かった。
母はその日からの二日感、ただ何も言わず静かであった。
サユはそんな様子を見かね、何度か家に訪れては今日の出来事や遊びに誘う、等の配慮をしてくれた。
母はただ、ありがとうと小さくこぼすばかりで何も反応はしなかった。
それを見て、少し暗い表情をしてしまうサユが悲しく思えたが、
それでも母を責めることも出来ず、気遣いをしてくれるサユに「もうやめて」なんて言うことも出来なかった。
そんな2日はあっという間に過ぎ、
3日めの朝を迎えた。
今日の昼から中心部へ向かわなければならない。
ここからの距離なら、大体1週間ほどの旅で済むだろう。
母は何も言わないが、それでも俺はもう向かわなければならない。
母と過ごす最後の朝か、と思いながらも
いつも母のいる小屋へ向かった。
季節はもうすぐ夏であると言うのに、朝早くであるからかまだ外は冷え込んでいた。
この寒さを体感しながら飯を食えるのも最後かと思って小屋に入るも
母はそこにいなかった。
というより、家のどこにもいない。
ただ二つ、いつもの塩おにぎりだけがポツンと置いてあるばかりで、その姿はどこにも無い。
俺は家を飛び出し、村中を駆け回ったがどこにもいなかった。
サユは一緒に回ってくれたが、村の人は謎か冷たく『そりゃあ息子が徴兵とあらばなぁ』とだけ言い、自らの家へ入っていくだけだった。
そして、時刻は昼となり
母にお礼も告げずに村を出ることとなってしまった。
いつも見慣れた村だが、こうしてみると様々な思いが出ては消え、出ては消え…と、
今更ながら、この村に盛大な感謝を示したいと、切に願った。
しかし、誰も見送りに来てはくれないし、母も最後の日に限って会えなかった。
せめて母には、と願ったが、リョウマさんもヨシノブもそれを良しとはしなかった。
「じゃあ、行くか」と短く切り上げると、二人は無常にも村に背を向けた。
「この世界ではよくあることか」と諦め、俺も村へ背を向けたその時。
『待ちなさい!』と聞き覚えのある声が聞こえた。
母だ。
母は息を切らし、汗だくになりながらもしっかりと言葉を紡いだ。
「アンタがいつか戦争に行くって言うのは、
私は知ってた!覚悟してた!
あんたが早くから魔法を使えるようになった日から!」
昼にしても、かなりの声量で母は叫ぶ。
多分、この五年間で一番大きい声を出している気がする。
それ位、意気がこもっていた。
「でもこんなに早いとは思わなかったから!
だからこれくらいしか母さんには出来ないけど!」
それが合図かのように、村人が木や茂みから出てきては、母の後ろについた。
みんな、サプライズの準備をしてくれていたのだ。
「でも、母として、家族としてアンタが長生きしてほしいと思ってる!
だから皆のの前で、誓って!
『自分の命を無下にしない』って!」
それがせめて、故郷にいる母の安心の材料になるなら、
これが最後の、親子のコミュニケーションになるなら
せめて、俺も一番の声で!
「産んでくれた母さんの為にも、この村の元気の為にも!
またここに必ず帰れるように
━━━生きて帰ってくるからな!
祝杯の準備でもしとけ野郎共!」
こんな戦争だらけの世を作った、あの
空高くを飛ぶ鳥にも聞こえるように、
前世を含めたこれまでの人生の中で一番の声で叫んだ。
村人は、それぞれ下手くそな魔法を合わせて空へ打ち上げた。
混ざりに混ざった雷、火、風の魔法は空高くで爆音を立て、
綺麗な花火を作りだした。
魔法だから叶うのか、
汚く、規模も小さいような花火だが、
これまで見たどんなものよりも綺麗なものに見えた。
『行ってらっしゃい!』
『行ってこい!』
『絶対死ぬなよ!』
そんな声を浴びながら、立ち去ろうとするとサユが俺の首根っこを掴んた。
「カァ゙ェッ?!」
「ちょっと、私がまだ何も言えてないでしょ。」
戦場行く前に死にそうになりながら、必死に新鮮な空気を取り入れる。
そんな二人を見て苦笑いをし、静かになりつつある村人達にサユはしっかり聞こえるように声を出した。
「安心してください、コイツは私が守ってやりますから。」
ニカッと母に笑顔を見せると、
母は安心しきった表情でその言葉に頷くのだった。
え?俺の言葉より納得した表情してない?
「ほら、行くよ。」と
また首根っこを掴まれ、あまつさえ今度は引き摺り始めた。
首が締まり、意識が半分途切れながらも、
一旦、この村とはサヨナラをした。
空には、花火の音で寄ってきたのか一匹の大きな鳥が輪をかくように飛んでいて。
その更に上には太陽が照りつけていた。
一見平和に見えるこの世の中で、俺は戦場へ向かうべく
今日を、生きると決めた。
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