第47話 決戦2



 ルーチェとシルヴィオは、急いで王宮へ向かった。

 すぐに研究所の所長、つまり王弟ヴァレンティーノに会い、状況を説明することにした。

 先行してカルロが報告していたので、すでに王宮内には兵が集まり、異様な雰囲気だった。


「ヴァンニ君が?」


 リーザがアルドと契約をしている可能性を聞いたヴァレンティーノは、目を見開く。


「今はまだ推測でしかありませんが、その可能性が高いと思われます」


「彼女は昨日、勤務時間中にひどく顔色が悪かったから、早めに帰して自宅で休んでいるのだとばかり思っていましたが……」


 体調が悪かった、というのが紋章の影響なのか、麻薬の影響なのかはわからない。ルーチェはいますぐに彼女を探しに行きたい気持ちを、必死に押さえ込む。


「王弟殿下。ヴァンニの関与はおおやけにしないでいただけませんか?」


 シルヴィオはあえて、いつもの「所長」という呼び方ではなく「王弟殿下」という敬称を使った。

 平民で、後ろ盾のないリーザにとって、たとえ強制的なものだったとしても、アルドとの関係は出世の道を完全に閉ざすものになるはずだ。

 疑惑というのは、国の法が白だとお墨付きを与えても、すべての人々がそれを信じるわけではない。そして、アルドへの協力が彼女の意思ではないとしても、麻薬に犯されてしまったのは事実だ。たとえ回復したとしても、信用は失う。だから、このことは誰にも知られてはいけなかった。


「わかりました。できる限り、その件は伏せましょう。……彼女は私にとっても大切な部下ですから。失いたくはない」


 ヴァレンティーノはリーザを高く評価していた。三年前に西の塔へ同行させたのも、以降シルヴィオの部下としたのも、彼女の能力を見込んでのことだ。


「感謝いたします。それと、アルドと戦うにあたって、ルーチェと私の関係は、公表してもよろしいでしょうか?」


「それは、私の一存では無理ですね。随分唐突ですね?」


 二人の契約は秘されていた理由は、男女の愛でなくとも契約が成立する可能性を隠したいという思惑からだ。けれど、それならばもう隠す必要はなかった。


「主従の関係で、契約が成立するというのは、単なる憶測でした。結局、相手がその者にとっての唯一で、互いを信頼していないと長くは続かないのだと、私たち自身が感じています。人前で契約者同士が戦うのですから、隠そうとしても無理でしょう」


 紋章や能力を隠しながら戦うのは、二人にとって危険性が高い。だから、このタイミングでの公表が必要だった。


「……もしかして、君たちの問題は解決したのかい?」


「はい。ですから、ヴァンニを救います」


「わかった。それなら今から陛下に謁見し、君たちが正式にアルド・カゼッラ捜索に加われるように、進言しましょう。ヴァンニ君を頼むよ。ルーチェ君も、本来なら君を出すべきではないのだが……今は君たち二人に頼るしかない。王族として不甲斐ないですが……」


 ヴァレンティーノは、まだ未熟で、しかも女性のルーチェが、彼女の実兄と戦うことを気にしているのだ。けれど、彼女としては、自身こそ率先してやるべきだという気持ちでいた。


「いいえ! リーザさんは私の数少ない友人で……兄のことは私が決着をつけるべきだと思っています」


 そこまで話したところで、けたたましく扉がノックされる。


「王弟殿下! お取り込み中のことと存じ上げますが、国王陛下からの至急のお召しでございます」


 かなり焦った様子の伝令役が、ヴァレンティーノの執務室に入るやいなや、早口で用件を伝える。


「なにごとだ?」


「はっ! モランド家と軍の一部が反乱を起こしました」


「なんだと!?」


 すべてが少しずつ後手に回っている。ルーチェは焦る気持ちを必死に抑えた。魔法使いは常に冷静でなければならないのだから。



 §



 緊急に開かれた作戦会議には、国王と王弟、軍部のトップ、そしてスカリオーネ家からはカルロ、シルヴィオ、ルーチェが出席した。


「なぜ、この場にその娘が!? 反逆者の血縁であろう」


 すでにカルロの報告で、ベネディット・モランドがアルドであると知らされていた軍高官の一人は、血縁のルーチェがこの場にいることに憤る。


「ふん、腰抜けのスカリオーネ家が出しゃばる場ではないわ」


「ひきこもりの小僧と罪人の娘まで引き連れて、一家総出とはご苦労なことだな!」


 研究ばかりのスカリオーネ家は軍関係者との折り合いが悪い。カルロもシルヴィオも浴びせられる非難の声を完全に無視した。


「黙らんかぁっ! 国王陛下の御前であるぞ!」


 ヴァレンティーノが地響きのような低い声で一喝する。普段、見た目とは裏腹に温和で事務仕事を得意とする王弟は、じつは怒らせると非常に怖い人だった。

 ルーチェは、彼が声を張り上げるところをはじめて見て、自身が怒鳴られたわけではないのに、恐怖で震えた。


 室内が静まりかえると、遠くで時々雷鳴のような音が聞こえてくる。今この時、王都の中で誰かが戦っているのだ。

 今は家同士のくだらない言い争いなど、している場合ではなかった。


 ヴァレンティーノの進行で、現状についての報告が、軍の参謀からあがる。


「反乱軍の数は五百、対してこちらはすでに千以上の兵を投入しています。ですが、アルド・カゼッラを抑えるのに苦戦しております」


 数時間前に、カルロがベネディット・モランドについての疑惑を国王へ報告した。彼を確保しようと軍が動いた時点で、ベネディット個人だけではなく、モランド家にも疑惑の目が向けられていた。


 旧カゼッラ家の者をかくまった疑いで、モランド家の当主に対し、王宮への出頭命令が出された。モランド家当主はそれを無視し、反乱を起こしたのだ。

 モランド家と軍の一部は、アルドの紋章の力を頼りに反乱を起こす計画を立てていたようだが、予想以上に、国王側の対応が早かった。

 奇襲で、王宮の城壁を突破し、王宮を掌握するつもりだったのだろうが、それは叶わなかった。


 だから、アルドをなんとかすれば反乱軍を掃討できる、というのが軍参謀の意見だった。


「紋章所有者とは厄介な……」


 会議の参加者の一人がそうぼやく。


「アルドについては、シルヴィオ・スカリオーネ殿に一任する。シルヴィオ君、ルーチェ君……いいかな?」


 ヴァレンティーノの言葉は、軍関係者が予想していなかったものだ。好意的とは言えない視線が、一気にシルヴィオに集まる。


「承りました」


「なにゆえ! 王弟殿下は軍所属の勇猛果敢な魔法使いではなく、スカリオーネの軟弱者に、そのような大役を!? 我らも同じく十六家直系ですぞっ!」


 同じ十六家、それも戦闘専門の者を差し置いて、シルヴィオにめいが下る。軍所属の魔法使いたちが憤るのは当然だ。


「シルヴィオ君、説明を」


 ヴァレンティーノの言葉に彼は頷き、そのあとすぐにルーチェのほうを見る。


「ルーチェ、手のひらを見せるようにしろ」


 シルヴィオに命じられて、ルーチェは手のひらを上に向けて、集まった一同に彼女の紋章を見せるようにした。シルヴィオも右手をかざし、同じ紋章が確かに彼の手にも刻まれていることを示す。


「見ての通りだ。今、アルド・カゼッラに対処できるのは私たちだけだ。死にたくなければ、それぞれ奥方殿と契約をしてから参戦されるといい。その後の命の保証はしないが、べつに邪魔はしない」


「ちょ……、シルヴィオ君、なんで一言多いのかな?」


 スカリオーネ家を卑下する言葉を無視していたシルヴィオだが、内心おもしろくなかったのだ。だから、挑発するような言葉をわざと口にした。ヴァレンティーノが呆れ、ルーチェも冷や汗をかく。成り行きを見守っていたカルロも真っ青になって口をぱくぱくさせた。


「契約だと、ばかな!」


 数十年ぶりに二組の紋章所有者が存在している。リスクが高すぎる前時代な契約魔法に、手を出す者などいないと思っていた者たちは、唖然となる。


「もう命は下った。……行くぞ」


 時間が経つほど、アルドが罪を重ねていく。リーザの身も危険になる。ルーチェはあるじのあとに続き、戦場へと向かった。


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