第33話 契約者3



 王立魔法研究所に呼び出された二人は、所長室で事件のあらましを聞くことになった。

 それによれば、夜更けから朝方にかけて、王都にあるカゼッラ家が襲撃され、当主ほか、数名が殺されたということだった。屋敷の使用人の目撃情報では、犯人は単独。フードに仮面をつけていたので顔はわからないとのことだ。そして、使用人の一人は、犯人からの手紙を受け取っていた。


 使用人が受け取った手紙には、アルド・カゼッラの名が記されていたのだという。


「お兄様が、生きていらっしゃった……?」


 兄が生きているかもしれない。ルーチェにとってそれは嬉しい知らせであってほしかった。けれどそうではなく、兄が親類にあたる現カゼッラ家当主を手にかけ、罪を犯したという知らせだった。

 動揺するルーチェにシルヴィオが寄り添い、椅子に座るようにうながした。


「落ち着け。それはまだ定かではない。今のところ、そう名乗っている人物、ということだけだ」


「なんでカゼッラ家が狙われたんでしょう?」


 ルーチェの問いに答えたのは所長だった。


「ルーチェ君はあの頃、幼かったから自覚がないだろうけど、旧カゼッラ家の人間にとっては、彼らは裏切り者なんでしょう。犯人――――仮にアルド・カゼッラとするが、彼は犯行声明というか、告発状を残していったよ」


 いつものように椅子に深く腰を下ろしたまま、所長は告発状の内容を詳しく説明してくれる。


「そもそも、現在の……もう故人だが、現カゼッラ家当主が、旧カゼッラ家に謀反をそそのかした、と主張しているみたいだね。彼は」


「そそのかした、ですか?」


「本来対等なはずの十六家の中で、ザナルデ王家だけが利益を独占し、他家が力をつけないように、抑圧している。もうザナルデ王家の時代は終わり、これからはカゼッラ家が魔法使いたちを束ねる立場になるべきだ……と。ここだけの話だけど、王家が他家を抑圧しているという部分は、私としても、否定はできないね」


 建国に関わったとされる十六家には、様々な義務が課せられる。税を収めること、兵を……とくに有事の際には力の強い魔法使いを出すことなどだ。決まりごとも多く、婚姻を結ぶのも、家督を譲るのも、王の承認が必要だ。

 たとえば、婚姻に関して言えば、優秀な者同士の結婚を意図的に許さず、王家以外の家の力を削ごうとした王も長い歴史の中にはいた。

 また、戦で優秀な跡取りを失ったことが発端となって、王家を恨み、事件に発展したこともあった。


「王族が自らそれを言ってどうするんです? ある程度力を削がないと、かえって国内の情勢が不安定になる、というのはこの国に限った話ではないでしょう」


 よく言えば視野が広い、悪く言えば王族の自覚なし、ともとれる所長の発言に、シルヴィオは呆れている。


「まぁ、そうだね。……とにかく、現在のカゼッラ家当主が、旧カゼッラ家を焚きつけて、謀反を起こさせた。それなのに、早々に裏切って証拠を自ら王家に持っていた。目的は、自らが十六家の当主になるため。……これがアルド・カゼッラの主張のようだ」


 本当だとしたら、今のカゼッラ家は権力を手に入れるために、わざと紛争を起こした、ということになる。当時八歳で、生家での記憶が薄れてしまったルーチェでも、さすがに憤りを感じる。

 しなくていい戦いをして、ルーチェは家族を失ったのだから。


「……それで結局、所長はなにが言いたいんですか? アルドが罪を犯したというのなら、ルーチェを関わらせるつもりはありません」


「アルド・カゼッラが、ルーチェ君に接触してくる可能性があるでしょう?」


 ルーチェは強い魔力を持っている。もしアルドが復讐を考えているのなら、ルーチェに接触してくる可能性は高い。


「私は、今の話が本当だとしても、お兄様に協力することはありません! だって、シルヴィオ様が望まないことを、私は絶対できませんから」


 ルーチェの中には、犯人が本当に兄かどうか、確かめたい気持ちはある。それに、もし本当に兄が罪を犯しているのなら、やめさせたいとも考えていた。

 けれど、兄に協力して、王家に刃向かうことはありえない。そんなことを疑われるのは心外だった。


「大丈夫だ、ルーチェ。そんなことはわかっている。所長が心配しているのは、おまえが攫われる可能性だ。……そうですよね?」


「まあ、そうだね。そもそもルーチェ君は“伴侶”から離れられないし、シルヴィオ君と敵対することになったら、こんどこそ本当に紋章が二人を殺すのだから、無理でしょう」


 あえて「殺す」という物騒な言葉を使ったのは、ことの重大さをルーチェに教えるための、優しい脅しのつもりなのだろう。彼女がもし軽率な行動をすれば、命の危険にさらされるのはシルヴィオだということを、忘れてはいけない。


「わかりました。彼女の護衛は私がしますので」


「お願いしますね、シルヴィオ君」


「……ルーチェのことならば、所長にお願いされる話ではありません。ご忠告には感謝申し上げます」


「くれぐれも気をつけて。また新しい情報が入ったら、知らせます。大変だろうけど、今は紋章をどうにかすることを最優先でお願いします」


「わかりました。ルーチェ、屋敷に戻る」


 話が終われば長居は不要、という態度でシルヴィオは研究所を後にする。


 所長との話を終えた帰りの馬車で、しばらく外の景色を眺めていたシルヴィオが、ぼそりとつぶやいた。


「私が、一番心配していることがなんだかわかるか?」


 小さな声だが、それはルーチェに対する問いかけだった。


「えっと、お兄様が私を無理やり連れていくことですよね?」


「それは、私が守るから心配ない。そうではなく、おまえが無茶をすることだ。たとえば、おまえがアルドの正体を確かめようと動く……とか」


「それはっ!」


 兄の名前を聞いたときから、ルーチェが考えていたことを指摘され、彼女は焦る。アルドの告発状の内容を信じるなら、血縁にそそのかされたとはいえ、旧カゼッラ家が謀反をくわだてたことは事実、ということになる。だとすればアルドには正当性がない。

 アルドが、これ以上罪を重ねないように。ルーチェはできることなら、兄に会って、話をしたいと考えていた。


「家族のことを考えるな、というのは酷なことかもしれない。けれど今は、頼むから動かないでほしい」


「はい、シルヴィオ様を悲しませるようなこと、私はしません」


 心の中で、ルーチェは兄や亡き家族に謝った。記憶は薄れ、兄の顔も両親の顔も、ぼんやりとしか思い出せない。血の繋がった家族よりも、シルヴィオを優先する自分を許して欲しいと思っていた。


「いい子だ」


 シルヴィオがまたルーチェの頭をなでる。十六歳のルーチェには、子供扱いされていることが、せつなく感じられた。


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