第25話 青いドレス6



 古本市のある日は、川沿いを中心にたくさんの露店が出て、王都の民を楽しませてくれる。ルーチェとリーザは、橋よりも少し手前で馬車を降りた。


「今日はけっこう人がいますね!」


「早く来たのにね」


 掘り出し物を求めて、早い時間から多くの人が集まっていた。人気があるのは童話などの物語の本、それから図鑑など。安く買える古本ならば、子供にも気軽に与えられる。

 二人は、まず専門書をたくさん取り扱っている場所に向かった。

 二月ふたつきに一度行われるこの市は、同じような本を扱う店がかたまって配置されているのだ。


 専門書を扱う一角に近づくと、人がまばらになる。魔法の能力は血筋に左右されやすく、使える者は限られている。当然専門書も需要が少ないので高価だ。

 市で売っているものは、初歩的な本ばかりだが、時々そういった本に混ざって貴重な本が売られている。

 気になった本を手に取り、話をしながら、掘り出し物を探す。

 さすがに、正規の魔法使いであるリーザと、それを超える実力のあるルーチェが欲しい本はなかなか見つからない。


「……お嬢さんたち、本物の魔法使いなのかい?」


 会話をしながら本を探していると、店主が声をかけてきた。話の内容から、ルーチェたちがそれなりの知識を持っているとわかったのだろう。


「ええ、そうよ。こっちは見習いだけどね」


「じゃあ、ちょっと値が張るけど……」


 露店の店主が鞄の中にしまったままの数冊の本を見せてくれる。露店の敷物の上に乱雑に並べるのは、ためらわれる値段だったのだ。


 ルーチェはシルヴィオからきちんと給金をもらっている。魔法使いの助手、という専門職であることから、贅沢をしなければ一人で十分に暮らしていけるくらいの金額だ。

 本に挟まっているしおりには値段が書いてあり、どの本も彼女の給金の、半月分の価格だった。気軽に買える本ではないが、新品だったら、二倍、三倍の値で売られているはずだ。


「へぇ……。状態はあまりよくないけど、貴重な本ね」


 リーザがそのうちの一冊を手に取り、熱心に中身を確認する。本気で買うつもりで品定めをしているのだ。


「痛んでなかったら、古本でもこの倍の値段をつけて、鍵付きの本棚に保管するだろうね」


「ふーん。買うわ、この本」


 店主は専門書に関して、かなりの知識を持っているようだ。痛みが激しいということで、適正ではあるけれど、破格の値段であることには違いない。


「さすが魔法使い様! 思い切りがいいねぇ」


「読むぶんには、装丁の痛みは関係ないし……。おじさんのお店は王都にあるの?」


 リーザは目利きの店主だと判断して、そうたずねた。店にある商品も見に行きたいのだろう。

 古本市は過剰在庫を割引価格でさばく目的で開かれている。店を出している者は、王都に店を持っている者か、おろしをしている商人かのどちらだ。


「もちろんだよ。ほら、名刺挟んどくからよ」


「ありがとう」


 掘り出し物を買えたことで、リーザはご機嫌だった。そのあとも二人でいろんな店を覗いて、あっという間に時間が過ぎる。ルーチェは魔法の専門書は買わなかったが、いくつかの安い本を買った。本を抱えた腕が疲れを感じるころには、昼になっていた。


「露店じゃなくて、店に入って休憩したいわ」


「私もです」


 買い物に満足したところで、二人は賑わう橋の周辺から少し離れ、店を探す。このあたりはリーザの家の近くで、一人暮らしの彼女はおいしい料理を出す店を知っている。

 ルーチェの記憶では、リーザは王都の店に詳しくなかったはずだが、三年経てば変わるものだ。


 リーザのおすすめだという食堂に入り、ふたりはやっと一息つくことができた。食事をしながら今日の成果について語り合った。

 魔法の話だけでなく、最近読んだ物語や、最近世間を賑わすくだらない噂話まで、話題はつきない。

 こんなふうに気軽に話せる、同世代の友人ができていたことは、十五歳のルーチェにとって意外であり、素直に嬉しいことだった。


「ねぇ、ルーチェは将来どうなるの?」


 どうする、ではなく、どうなる……という言葉をリーザは選んだ。ルーチェに将来を選ぶ権利がないことを、彼女は知っているのだ。


「十八になっても正規の魔法使いになっていないことを考えると、スカリオーネ家も王家も、なにか大きな出来事が起こらない限り、私を使う気はないようですね」


 十五歳の時点で、一つ年上の魔法使いリーザと比べ、知識面でも負けない状態だった。魔法使いとしての実力は言うに及ばずだ。そんなルーチェが十八歳になっても、まだ正規の魔法使いになっていないということは、管理している側にそのつもりがない、ということだろう。

 もちろん、つい最近まで体調を崩していた、という理由もあるのだろう。

 正規の魔法使いになるということは、命令に従う義務と、それに釣り合った権利や自由が発生するということだ。つまり、ルーチェの裁量である程度自由に魔法を使えるのだ。王家は、その権利をルーチェに与えるつもりがないのかもしれない。


「副所長と結婚するの?」


「えっ!? わ、たし。そんな立場じゃないはずですよっ?」


 急に問われたせいで、ルーチェの心臓がどくんどくんとうるさく音を立てる。ルーチェとシルヴィオは主従関係だ。契約の紋章で縛られているので、ずっと一緒にいられる。

 今度こそ、変わらず、ずっと今のままでいなければならない。


「あんたって、やたらとそういうの鈍いわよね。あたしの考えでは、そもそも未婚の男のそばに十八の女なんて置いとかないと思うのよ。間違いが起こってもいいと思っているから、放置してるんでしょ?」


「……違いますよ。シルヴィオ様は、絶対そんなことしないと思います。……どうして急にそんなこと?」


「つい、ね」


 リーザが自嘲気味につぶやく。


「つい、ですか?」

 

「……だってあんたには、あんまり苦労してほしくないのよ。あたしたち、正反対のようで似ているから。性格じゃないわよ? 立場的に、という意味」


 一見、真逆の境遇のように思える二人だが、現在の立場はよく似ている。その話は以前にもしたことがあった。苦労してほしくない、というリーザの表情は辛そうで、ルーチェを悲しい気持ちにさせた。

 心配している彼女に、ルーチェはいろいろと隠し事をしてるのが申し訳なかった。それと同時に、リーザには辛い恋をした経験でもあるのではないかと感じた。


「なんだか、リーザさんは好きな人のことで、苦労しているような言い方です」


「……そうね」


「リーザさん?」


 ルーチェの知らない三年の間に、彼女はすっかり大人の女性になっていた。美人で、しっかり者の彼女が弱い部分をルーチェに見せるのははじめてだ。


「私ね……」


 リーザがなにかを言おうとしたとき、急に店の外が騒がしくなる。窓から外の様子を眺めると、「火事だ」と叫びながら、人々が右往左往していた。少し遅れて、焦げ臭いにおいが立ちこめる。


「ルーチェ、行くわよ!」


 すぐさま席を立ち、二人は火事の現場へ向かった。


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