第18話 二律背反6
ルーチェの雷撃は、空を引き裂くような音を立てながら、敵の盗賊を次々と倒していく。残っているのは詰め所の壁と門の近くにいる数人、そして魔法使いの二人だ。
雷撃は広範囲に攻撃できる代わりに、細かな調整ができない。だから味方に近い場所を攻撃できなかったのだ。
魔法使いたちはルーチェと同じように結界を張っていので、雷撃は届かない。
「相手も複数の魔法が使えるんだ」
報告で聞いていたとおり、相手もかなりの使い手だ。一人ならば間違いなく勝てる。一対二で、しかも本気を出さずに勝たなくてはならない。
ルーチェが次の作戦を考えていると、彼女のすぐ後ろで何かが炸裂するような音が響く。
「うしろっ!?」
ちらりと視線をやると、弓を持った隊員が驚愕の表情を浮かべている。
味方であるはずの隊員が、後方から矢を射たのだ。ルーチェの後方はリーザの張った結界によって守られていたので、怪我はない。
「モランド殿! 確保して」
リーザの言葉より早く、ベネディットは動いていた。矢を放った男に体当たりをして、押さえつける。
後方は二人に任せられると判断したルーチェは、即座に視線を正面に戻す。
すでに無傷の敵は魔法使い二人だけとなっていたが、雷撃を食らった者のうち何人かがのろのろと立ち上がり、もがいている。
(早く捕らえないと逃げられちゃう。なんとかしなきゃ)
二人の魔法使いは回り込むような攻撃魔法に警戒して、すでに互いの死角をかばい合う背中合わせの陣形になっている。ルーチェは結界の破壊をしようと、雷撃を敵に向けて放つ。互いに魔法で攻撃をし続ける消耗戦になっていた。
ここまで、彼女は五つの石を消費している。表向き、残っているのはあと三つ。それでだめなら、隠してある石を使わなければならない。
一つや二つならごまかせる。けれど勘の鋭いリーザなら、底なしの魔力を疑問に思うかもしれない。
「時間がない!」
相手は前衛を交代しながら攻撃の手を一切ゆるめない。石が減るにつれて、ルーチェは焦りから集中力を切らしはじめる。もっと大規模な魔法で終わらせるほうがいいのか、そう考えはじめたとき――――。
横から目がくらむほどの発光、そのあとに砂塵が吹き荒れる。皆、どうすることもできないまま、それらがおさまるのを待つ。
少しずつそれらがおさまり、ルーチェが目にしたのは完全に気絶した敵魔法使いの姿だった。
「シルヴィオ様……?」
こんなことができるのは、彼だけだ。ルーチェは彼の姿を探して光りが放たれた方向を見る。
遥か遠くに
「シルヴィオ様!」
任務中だというのに、ルーチェは主に抱きついた。彼にしてはめずらしく肩で息をしていて、かなり急いで帰ってきたことがわかる。一緒に西の塔へ向かった隊員がいないことから、魔法でずるをして帰ってきたのだ。
「遅くなった。怖かっただろう?」
いつものように頭をなでる。それで実感の湧いたルーチェの瞳からは、涙がぽろぽろと溢れ、土臭くなってしまったシルヴィオのローブに、擦りつけるようにして拭った。
「……どうしたらいいかわからなくて、不安で!」
強い力を持っていても、訓練しかしたことのないルーチェにとって、覚悟もなくはじまった実戦は怖かった。ましてやそこに、一番頼れる人物がいなかったのだから。
「もう、大丈夫だから。よくやった」
「ちょっと、副所長! まだ敵の拘束とか終わってないんですが!?」
非難する声に気がついて、ルーチェは主から離れる。振り返るとリーザとベネディットが立っていた。詰め所のほうでは隊員たちが盗賊の捕縛をはじめている。
「……私とルーチェは、人の十倍は働いた。疲れている」
「あ、っそうですか! それにしても早かったですね」
「西の塔がもぬけの殻だったから急いで戻る途中、光が見えた。……なぜここが攻撃された?」
シルヴィオはベネディットに冷たい眼差しを向ける。理由をたずねているわけではなく、だいたい予想がついていて、ただ非難しているのだ。
「申し訳ありません、内通者がいました。王都から魔法使いが応援に来たから、場所を変えようとしたんでしょう。内通者は捕縛済みです」
無人の施設を根城にしていることが警備隊にばれ、王都から応援が来た。不利になった場所から移るために、詰め所から武器や食料を奪って逃走する。そうすれば武器を失った警備隊は遠くまで追ってこられない、という作戦だったのだろう。
そもそも長いあいだ、施設の占拠がばれなかったのも、内通者が見回りの日程を漏らしていたからとしか考えられない。
「施設の管理の甘さもあった。そちらばかりを非難できないな……」
「そうおっしゃっていただけると、こちらとしても助かります」
責任の押し付け合いをしても不毛だ。明日からは観測設備の整備をする予定で、まだこの詰め所に滞在する。今回の件で居心地が悪くなるのは、誰にとっても好ましくない。
結果として、警備隊員は重傷者を何人か出したが、盗賊団の確保に成功した。そしてルーチェは、高い能力を周囲に証明したが、唯一の紋章所有者だと疑われる事態は避けられた。すべてがうまくいった、ということになるのだろう。
(でも、私もいつか……正式な魔法使いになって、王家の命令で魔法を使うのかな?)
シルヴィオと離ればなれになることはないのだろう。けれどいつか、大人とみなされるときが来る。彼女にとって、今回の事件はそれをはじめて自覚するきっかけになった。
そして、子供として扱われる時間は、もうほとんど残されていないというのも、わかってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます