第17話 二律背反5



 研究所の魔法使いたちは、二部屋に分かれて泊まることになった。ルーチェとリーザに与えられたのは、女性隊員の部屋が固まって配置されている場所で、シルヴィオの部屋とは離れている。


 一応王都からの客人という扱いなので、二人部屋が与えられた。警備隊の女性隊員は、医療関係者や事務担当が多い。彼女たちは四人から六人の大部屋だということで、ルーチェたちの扱いはいろいろと配慮がされているようだ。

 固そうなベットに物書き用の机しか置かれていない簡素な部屋だが、三泊程度なら十分だろう。明日は早朝から盗賊団の討伐、明後日が観測施設の復旧作業になる予定だ。


「私、だれかと一緒のお部屋で眠るのは久しぶりです!」


 馬車の中でほとんど会話をしなかったことなどすっかり忘れて、ルーチェははしゃぐ。リーザが作戦会議のとき、堂々とした態度でシルヴィオを助けていたから嬉しくなったのだ。


「あっそう。……っていうか、誰と?」


「もちろん、シルヴィオ様ですよ! 小さい頃は、夜中に目が覚めたら時々もぐり込んでました。でも、今はしていませんよ? 十歳くらいまでです」


「十歳って、かなり大きいわよね」


 リーザは白い目でルーチェを見る。


「そんなこと、ないですよ! 十歳は子供です。……あ、そうだ。あと三日間、よろしくお願いします」


 いかにもしっかりしていそうなリーザと、何歳までが子供かという議論をして勝てる気がしない。だからルーチェは話を逸らしてみる。


「……なんで三日って決めるの? ずいぶんな自信ね」


 今日の作戦会議では、盗賊団の討伐には最大数日を要するという話になっていた。立てこもりをされると長引くからだ。魔法使いが築いたと思われる土の壁があり、要塞化しつつあるという情報もあった。


「そうですか? でもシルヴィオ様が行かれるのですから、相手が何人いても明日、終わると思いますよ。明後日は観測所の復旧作業になるはずです」


 明後日が復旧作業、明明後日は王都へ戻る。シルヴィオがそうするつもりならば、絶対にそうなるはずだ。


「あんたのご主人様、早く帰りたそうだものね。今頃、ベッドが硬いって嘆いているわよ、絶対」


 ルーチェにもその姿は簡単に想像できる。あるじのことを馬鹿にされたというのに、怒る気になれず、むしろ一緒に笑ってしまう。こんなふうに同世代の女性と話すのは、ルーチェにとってはじめてのことだ。



 §



 シルヴィオたちが早朝に出立するのを見送ったあと、ルーチェはリーザと一緒に部屋で待機していた。警備隊の施設の中をうろうろするわけにもいかないし、シルヴィオたちが戦っているというのに、村の商店で買い物をするわけにもいかない。

 だから、西の塔の観測設備についての資料を読んで過ごす。ルーチェは以前にシルヴィオと訪れたことがあったので、リーザがわからない部分を解説した。


「ほんとルーチェって常識ないくせに、魔法のことだけは……認めてあげてもいいわ」


「そうですか? うれしいです」


 庶民から王立魔法研究所に入った才女であるリーザは、魔法で動かす機材についての知識は豊富だった。だから、彼女と専門的なことを議論するのは、ルーチェにとってもいい勉強になる。


 昼食の時間が近づいた頃、やけに部屋の外が騒がしくなった。

 ルーチェが扉を開けて、廊下の様子を確認していると、慌てた様子でベネディットが走ってくる。


「困ったことに敵襲なんだ。俺が護衛するから逃げてくれますか? あなた方は一応客人で、非戦闘員だか――――」


 ドンっと大きな音と同時に地面が揺れる。


「敵に魔法使いがいるのでは?」


 リーザがベネディットに問いかける。ほとんどの隊員が西の塔へ向かった中で、詰め所のほうを攻撃されているのだとしたら、事態は深刻だ。しかも魔法使いがいるのだとしたら、残っている者では対応できない。


「そうでしょうね。だからと言って、非戦闘員のあなた方ではどうにもならないでしょう? 俺を含めて、多少の魔法なら使えますが正直、太刀打ちできない状況です」


 ここには警備隊の武器や食料が保管されている。ここを奪われてしまうと、たとえ西の塔へ向かった部隊が戻ってきたとしても、勝てる保証がなくなる。

 あくまで、シルヴィオを一般の魔法使いとして扱った場合だが、おおっぴらに紋章の力は使えないのだから、事態は変わらない。


「あの、私は戦えます!」


 戦える力を持っているのに、逃げることなど彼女にはできない。それに、最悪な状況になってからシルヴィオに魔法を使わせるよりも、今ルーチェがこの場を死守するほうがマシなはず。

 第一、あきらかに犠牲者がでるような状況で、保身のために他人を見捨てることなど許されない。


「なに言って……」


「私の実力ならリーザさんも知っています。ベネディットさんだって私の生家のことご存じなんですよね?」


 十六家の直系で、同じく十六家のスカリオーネ家で魔法を学んできた。彼女が十分な能力を持っている証明はそれしかない。


「だけど、ルーチェさんは」


「ええ、私は正規の魔法使いではないので、殺傷能力のある魔法は使えません。身の危険が迫ったときなら最終的には許されるでしょうけど、シルヴィオ様からもきつく言われているんです」


 スカリオーネ家がルーチェを正式な魔法使いにしないのは、自分たちの保護下からはずれてしまうことを懸念しているからだと、ルーチェは考えている。もし王命があればルーチェを手放すしかないのだろうが、それまでは守るつもりなのだろう。


「だから、気絶させますので皆さんで敵を拘束してください。じゃ、行きますから!」


 言うやいなや、窓から外に飛び出す。実績のないルーチェがベネディットに納得してもらうことは不可能だ。だから、止められる前に行動に出る。

 まずは狼煙のろしの代わりになる光を天高く放つ。これで少なくともシルヴィオは絶対に気づくはずだ。ただし魔法を使ったことで、こちらにも魔法使いがいることが、敵に知られてしまう。


「ちょ、先に行かないでよ! ルーチェ、聞きなさい。……あちらはなぜ、今日この時間に攻めて来たのか考えて?」


 ルーチェを追いかけるようにして、リーザとベネディットも外へ出る。詰め所の正門付近からは敵か味方かわからない、叫び声が響く。


「……誰かが教えた、でしょうか?」


「その可能性はあると思う。だから、警備隊の人間だからって油断しないでよ」


「わかりました! それならベネディットさんとリーザさんは、どこか安全な場所から、私の死角を守ってください」


「わかったわ」


 魔法使いは死角からの攻撃に弱い。純粋な魔力は散りやすく視界にはいらないところに力をとどめておこうとすると、何倍もの魔力を消費する。だから、一人なら背後からの攻撃がない場所にさがるし、背後が危険ならば二人以上の魔法使いで、死角をかばい合う。


 ルーチェは足もとに魔法をかけて高く舞い上がると、詰め所の塀の上に降り立つ。彼女以外にも何人かの隊員がいて、数カ所から突破しようとする敵を、必死で押し戻している。

 見習いを示す灰色だとしても、ローブをまとった彼女が魔法使いであることはすぐにわかるはずだ。


 ルーチェはすぐに敵の矢の的にされてしまう。もちろん塀に上がった時点で結界を張っている。ルーチェ目がけて弧を描きながら飛んでくる矢は、彼女に当たる前に見えない壁にぶつかり、地に落ちていく。



(今日は湿気も多そうだし、雷がいいはず)



 うまく調整すれば殺傷能力はなくせるし、広範囲の敵をいっきに戦闘不能にできる。ルーチェは腕輪を前に突き出して構える。彼女が魔法を使おうとしていることに気づいた敵が、その発動を止めようと、さらに矢を放つ。

 複数の魔法を同時に使える魔法使いは少ない。結界の維持で手一杯にさせて、魔法を使わせない作戦らしい。けれどルーチェはそんなことで足止めされるような弱者ではない。

 それなのに、彼女の心臓はどくんどくんと音を立てて、額からは大量の汗がにじむ。足下もガクガクと震えている。

 人に向かって、それも運が悪ければ死ぬ可能性もある魔法を放つのははじめてだ。

 ルーチェの恐怖は、敵に倒されることではなく、敵を傷つけること。必要なことだとしても、人間を傷つけること、そして慣れてしまうことが怖い。


 大きく三回深呼吸をしてから、ルーチェは二十人以上の敵に向かって、雷撃を放った。


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