第15話 二律背反3
ルーチェは王都の中央通りを、不機嫌そうな人物と一緒に歩いていた。
「リーザさん! 背負いかばんならこの角を曲がったお店に売っていますよ」
「詳しいわね」
打ち合わせのあと、旅の経験がなく、必要なものが揃っていないというリーザと一緒に買い物に出かける。彼女がルーチェをわざわざ指名してきたことが、ルーチェにはとても意外だった。
「八歳の頃から住んでいますし、ご主人様のお使いで買い物にはよく来るんです」
「そう、私は地方出身だから、まだよく知らないのよ。同性の知り合いもいないしね。高貴な血筋の女性は、あまり働かないじゃない?」
バレスティ国の特権階級では、積極的に働く女性は少ない。十六家には戦になったときに、率先して魔法使いを戦地に送るという義務がある。そのため、男子に恵まれなかった家は女性だろうが、子供だろうが、危険な場所に家の者を最低一人は、送り出さなければならない。そういった例外を除いて、基本的には家を守り、子供を育てるのが女性の仕事、という認識だ。
リーザは平民出身でありながら、ほとんどの者が十六家やその血族で占められている研究所に所属している。だから女性の知人がいない、というのも当然だ。
「なるほど……。私とリーザさんは、真逆で、それでいてとっても近いってことですね!」
「ほんとにね。それにしても大丈夫なの? 正直に言うと、それが聞きたくてあんたを連れ出したんだから」
「大丈夫ってなにがですか?」
ルーチェには彼女がなにを心配しているのか、さっぱりわからない。
「あんたのご主人様って、研究者としては一流かもしれないけど、戦えるの? って話」
「え? えーと、大丈夫ですよ。シルヴィオ様はとっても強いです!」
「どれくらい?」
「うーん、もし競技会に出たら軽く優勝すると思いますよ」
本当は、一人で紛争の戦局を左右するほどの力を持っているが、さすがに言えない。ルーチェはこれくらいなら“普通の十六家の御曹司”で済むだろう、というたとえをしてみる。
あまり謙遜すると、これからの任務でリーザが不安になるはずだ。
「って、世間知らずなあんたに聞いても無駄だったわ」
大きくため息をつくリーザの顔には「それ絶対に目が曇ってるから」とはっきり書いてある。
「信じてないですね? ……えっと、じゃあ……ちょっとだけ闘ってみますか? 私と。私の強さを証明できれば、私より強いシルヴィオ様の強さも証明できますよね」
「あたし、今回戦いから除外されたことにムカつくくらいには、自信があるんだけど」
信頼できない相手とは一緒に旅ができない。ならば拳と魔法でわかり合うしかない。それはとてもわかりやすく、それでいて魔法使いらしい発想だった。
「じゃ、その前に急いでお買い物しちゃいましょう」
ルーチェはリーザの手を取って、目的の店がある路地を曲がった。
§
旅に必要なものを買い込んだ二人は、スカリオーネ家の屋敷へ向かった。ほかに決闘ができる場所がないからだ。
「ちょっと、大丈夫なの?」
立派な門扉を前に、リーザが尻込みをしている。
「はい、リーザさんはシルヴィオ様のご同僚……ということで、お客様としておもてなしいたしますね」
ルーチェ一人だけのときは正門ではなく、使用人用の裏口から入るようにしている。リーザは庶民だが、国に使える魔法使い。だからスカリオーネ家としては、彼女をきちんともてなさなければならない。
屋敷の同僚にリーザのことを頼んでから、いったん部屋に戻りエプロンを着ける。そして、イメルダに“訓練”の許可をもらう。
「まあ! ルーチェさんが同僚の……お友達を連れてきたことなんてはじめてね」
「はい、明日から数日一緒に過ごさせていただく方なので、親睦を深めたいと思いまして。勝手をしてしまい、申し訳ありません」
親睦の深め方について、批判はない。イメルダも魔法使いなのだ。
「いいのよ、ここはあなたの家なのですから。そういうことでしたら、許可いたしましょう。存分におやりなさい」
「はい! ありがとうございます。では、リーザさんをお待たせしているので、失礼いたします」
ぺこりと頭を下げて、ルーチェはイメルダの部屋をあとにする。さっそく、いつも訓練をしている裏庭にリーザを連れていく。
「……いつも着てるその地味な服。使用人の制服なわけ? というか、あんた助手なの? メイドなの?」
「どっちもです! お仕着せは五着持ってますので、いつも清潔です」
ルーチェはスカートの裾を軽くつまんで、くるりとその場で回ってみる。一件、紺色の地味なワンピースに見えるが、裾の部分のレース、袖口のボタン、大きめの丸襟がかわいらしい。
「……もうなにも突っ込むまい」
「なにか? さっそくはじめましょうか」
二人は適度に距離をとり、それぞれ腕輪の石に反対の手で触れ、構える。
「いつ来てもいいわよ。あんたは助手、私は正式な魔法使い。遠慮はいらないわ」
「そうですか……? じゃあ、いきますね!」
ルーチェは宣言と同時に、魔法を展開する。一度に十個近い光の輪を自身とリーザの間に出現させる。
「なっ! なにこの数」
数の多さに焦ったリーザは、あきらかに動揺した様子で、まったく魔法を使えずにいる。
「あの、攻撃してもいいですか? いきますよ」
ルーチェが軽く視線を動かすと、光の輪は太さを変えながら、リーザに襲いかかる。
「くっ」
まぶしさで目がくらみ、リーザはあっと言う間に光の輪でできた壁に取り囲まれてしまう。視界を閉ざされた魔法使いは相手を攻撃できない。
「えっと、今……リーザさんを十本くらいの矢が狙ってますけど、
光の輪を展開したままの状態で、ルーチェはさらなる攻撃の準備をしていた。
「ちょ、ちょっ、いいわけないでしょうが!」
「じゃあ、十かぞえるあいだだけ待ちますので、私が矢を射る前に、目隠ししている壁を魔法で打ち破ってください、やればできますよ!」
かなりの譲歩だった。はじめて闘う相手にふいをつかれてしまったのなら仕方がない。ルーチェはそう解釈して、少しだけ手加減する。
「できるわけない! そんなのムリだからっ! 降参、降参する――――っ!」
「え? 一度も魔法使ってませんよね?」
正直、拍子抜けである。ルーチェは
「ルーチェ、そこまでにしておけ」
屋敷のほうから聞き慣れた声が響き、彼女の行動を止める。
リーザを包んでいた光の壁も、狙っていた矢もすっと霧散していく。ルーチェが魔法を解除したのだ。
ゆっくりと何度か瞬きをしてから、ルーチェは
「シルヴィオ様! お帰りなさいませ」
「今、帰った。……一緒に訓練していたのか?」
シルヴィオは、その場で尻餅をついているリーザのほうを見てそう言った。
「はい、訓練しながら親睦を深めていたところです」
「明日からは任務なのだから、無駄に魔力を使うな。おまえはいいかもしれないが、相手のことも考えろ」
「ごめんなさい。でも、旅の仲間同士、お互いの実力を知れたのは、いいことだと思うんです」
ルーチェは、紋章を宿す前にもできた程度のことしか、していない。正直、こんなに差があると知らなかったのだ。
結果的にはリーザに無駄な魔力を使わせず、彼女が抱いていた疑念を晴らすことができたし、彼女の実力を推測できた。
ルーチェとしてはシルヴィオの役に立てたのではないかと思いたい。
彼女がシルヴィオを見つめると、彼は優しい瞳で見つめ返して、頭をなでてくれる。
「ちょ、ちょっと! なんであんた助手なんてやってるのよ!?」
立ち上がり、土を払いながら、リーザがにらみつける。
「……あの、私の事情ご存じですよね?」
「知ってるけど、知ってるけど! こんな力持っていて……。そんなのって、そんなのって……努力して、なんとか食らいついてる人間を馬鹿にしてるわ!」
リーザは紺色のローブをぎゅっと握りしめて、声を荒げる。彼女がルーチェを気に入らない理由は、実力があるのに上を目指さないでへらへら笑っているからなのだろう。
ルーチェとしては、彼女の言いたいことは理解できる。だからと言って、実力どおりに評価される立場――――魔法使いとしての地位を求めることなどできない。ルーチェの優先事項はスカリオーネ家に迷惑をかけないことなのだから。たとえそれが正しいことでなくても、譲れない。
「悪いが、そちらの事情など私たちには関係ない。友情を育むなら結構なことだが、十六家のことに口出しするな」
シルヴィオの冷たい言葉に、リーザはくちびるを震わせる。
「……わかったわ。いいこと、ルーチェ! この屈辱は末代まで忘れないわよ。旅が終わったらもう一度勝負なさい! 勝つまであきらめないから。あたしの専門は戦闘じゃないから慣れていないだけよ。あんたと同じように訓練すれば、負けないんだから」
「はい、また来てくださいね」
はじめてリーザが名前を呼んだ。馬鹿にされて怒っているが、これからも一緒に訓練したい、と言っているようにもとれる。
「ふん! せいぜい油断しないことね」
捨て台詞を残して、リーザは帰っていく。ルーチェの中から彼女に対する苦手意識は、不思議と消えていた。
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