第14話 二律背反2



「所長、悪意しか感じませんが?」


 連れていく部下の名前を聞いたシルヴィオが、すっと目を細める。


「観測用の機材の調整なら、適任でしょう? 他意はありませんよ」


「ではルーチェは屋敷に置いていきます」


「それはだめですよ。……君、年頃の女性をオオカミの群れに放り込む気ですか? シルヴィオ君は興味のないものに対して、適当過ぎます」


 所長は適正のあるリーザに、観測設備の調整を学ばせたい。ところが、現在、女性研究員は彼女以外には誰もいない。女性一人だけという状況はよろしくないので、ルーチェに同行させたい、という話なのだろう。


「もう少し君たちは他者からどう思われているか、気にしてくださいね。いつまでも子供じゃないんですから」


「別に、どう思われようがかまいませんが」


 にっこりと笑う所長と不機嫌さを隠さないシルヴィオ。ルーチェには二人のあいだにバチバチと火花が飛んでいるように見えた。


「ルーチェ、先に行って打ち合わせ用に部屋を用意しておけ。……面倒だが、命令なら仕方がない」


「は、はい! 失礼します、所長」


 まだ、所長から細かい話を聞かなくてはならないシルヴィオを置いて、ルーチェは所長室をあとにする。


「がんばってくださいね。ルーチェ君」


 笑顔で手を振る所長の真意はよくわからないままだった。



 §



 リーザ・ヴァンニはルーチェより一つ年上の十六歳。くるくると巻かれた赤毛を頭の高い位置で束ねて、はしばみ色の瞳が少し気の強そうな印象を与える。一般の所員を表す紺色のローブに身を包んだリーザは、ムスッとした表情で簡素な椅子に腰を下ろしている。


「あの、リーザさん。よろしくお願いします」


 向かいに座ったルーチェは、とりあえず挨拶からはじめてみることにした。


「よろしく」


 いちおう挨拶はしてくれるが、すぐに視線を逸らされる。



(シルヴィオ様、早く来てくれないかな?)



 ルーチェは、悪意から遠ざけるようにスカリオーネ家によって守られてきた。だから、敵意を抱いている相手と親しくなるすべを知らない。どう接していいのか、見当もつかない。


 とりあえず三人前のお茶の準備をしながら、あるじが戻ってくるのを待つしかないルーチェだ。


 気まずい空間に、お茶を準備する音だけが妙に響く。しばらくすると部屋の扉が開き、シルヴィオと、もう一人――――警備隊の青年が入ってくる。


「警備隊所属のベネディット・モランドと申します。今回は西の塔の近くにある警備隊の詰め所まで案内役として、同行させていただきます」


 ベネディットは、灰色の髪に青い瞳をしたシルヴィオと同じくらいの年齢の青年だった。


「モランド?」


 リーザがその名に反応する。

 モランド家は十六家ではないが、それに次ぐ名家として有名だ。魔法と武術の両方を重視し、とくに軍部ではそれなりの影響力を持っている。


「ええ、でも……俺は養子なんです。だから、そこまで高位の魔法は使えないですよ。軍に所属したあとに腕を買われて、一族の末席に身を置かせてもらっています。……庶民の出、ということについてはヴァンニ殿と立場は似ているかもしれませんね」


「そうでしたか。……私の名前、ご存じなんですか?」


「庶民出身で、若くして正式な研究員になった才女だと有名ですからね。それからそちらは?」


「ルーチェ・シーカです。私は、副所長シルヴィオ・スカリオーネ様の助手をしています。よろしくお願いしますモランドさん」


 ベネディットは人当たりの良さそうな人物だった。机を挟んで座るリーザに、そしてお茶の準備をしていたルーチェにも手を差し出し、握手を求める。

 とりあえず、数日一緒に過ごす人間が敵だらけ、という状況でないことに、彼女はほっと胸をなで下ろす。


「シーカさんだね? 家名で呼ばれることには慣れていないから、ベネディットと呼んでくれるかな?」


 モランドという姓の者が軍に多いことから、正式な場を除いて、名前で呼ばれることが多いのだと彼は補足する。


「あ、はい。じゃあ私のこともルーチェとお呼びください」


 ほほえむベネディットに釣られて、ルーチェも笑顔になる。しばらくそうしていると、誰かがルーチェの首根っこをぐっと掴んで後ろへ引っ張った。


「シルヴィオ様?」


 シルヴィオは敵意むき出し、といった様子でベネディットをにらむ。


「気安くさわるな」


「これは、レディに失礼いたしました」


 不機嫌なのを隠そうとしないシルヴィオに対し、ベネディットは意に介さず、笑ったまま謝罪する。


「い、いえ……。お茶をいれますね」


 シルヴィオは他者に対し無関心な部分はあるが、好意的な相手に失礼な態度をとるような人間ではない。はじめて会った人、それもシルヴィオにとっても、ルーチェにとっても敵のようには見えない人。そんな人物になぜ警戒するような態度なのか。

 ルーチェはシルヴィオの態度に不安を覚える。これからしばらく一緒に過ごす相手なのだから、仲良くしてほしかった。


 笑みを絶やさない青年一人、機嫌の悪い魔法使い二人が大きな机を囲むように座る。ルーチェは場の雰囲気を変えたくて、とりあえずお茶を配ってみた。


「あの、このお茶はブルーベリーで香りづけしてあるので、入れるとしたらお砂糖だけがおすすめです」


 普通の紅茶ならば、はちみつやミルクをいれてもおいしい。けれど、今日選んだ茶葉の場合、よけいなものを入れると風味を損なう。


「そう? ありがとう。……い、いい香りね」


 リーザが紅茶をほめる。もしかしたら、これをきっかけに親しくなれるかもしれない。ルーチェはそんな期待を抱く。


「ええ、とってもいい茶葉なんです!」


「ふーん。でも、ちゃんといれてるからおいしいんでしょう? 無駄な謙虚さはいらないわ、不快」


「……ごめんなさい」


 リーザはつんっと横を向いてしまう。けれど、紅茶はしっかりと飲んでくれた。


「では、西の塔の不審者討伐、および施設の正常化についての打ち合わせをおこなう」


 そしてシルヴィオの言葉で、打ち合わせがはじまる。

 まずはベネディットから盗賊団についての説明がされた。観測施設を占拠している盗賊団の数は二十人ほど、そのうちの少なくとも二人が魔法使い。西の地域を担当する警部隊が一戦交えて、一人の重傷者を出しているということだ。

 相手もそれなりに犠牲が出ているので、現在は膠着こうちゃく状態が続いている。そこで、警備隊は軍の魔法使いに応援要請をしたところ……施設の管理者である研究所がなんとかしろ、という話になったという。


「ところで、ルーチェさんとヴァンニ殿も戦いに?」


「リーザ・ヴァンニは詰め所で待機、安全を確保してから施設の復旧を。ルーチェは私の助手だから、頭数にいれない」


 ルーチェとしては戦闘でも補助でも役に立つつもりでいた。けれどあるじから戦力外だと言われ、はっきり言ってショックだ。


「それでは実質、敵の魔法使い二人に対し、戦えるのはスカリオーネ殿お一人、ということになりませんか?」


「問題ないと判断している。……不満か?」


「いいえ、こちらは敵の情報をお伝えしていますから、その上での判断であれば異を唱えるつもりはありませんよ」


「では、出立は明日の早朝。以上だ」


 ルーチェにとって、これがはじめての実戦を間近で見る機会になる。今できることは、主のためにお茶のおかわりをいれること、そして旅の支度を整えることだけだった。


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