第27話 後日談~二人でお出かけ編~
ロゼッタがルベルティの屋敷で、借り住まいをするようになってしばらくの頃。夕食を終え、私室でくつろいでいた彼女の部屋を、レオが訪ねてきた。
「ロゼッタ、少しだけお話があります」
「なんでしょうか? レオさん」
彼女はとりあえず私室にレオを招き入れた。けれど基本的に扉を閉めて話をすると、数分でラウルが剣を携えて現れるので、開けたままにしておく。
なにもやましいことはしません、という意思表示だ。
「三日後、休暇をもらっているのですが……アッデージ商会に行ってみませんか?」
アッデージ商会というのは、旅の途中で二人が助けた一家が営む店の名前だ。都ではかなり大きな商会、という話だった。
「そうですね! 怪我の具合も気になります」
「ええ。じつは先日手紙を書いて、お伺いすることは伝えてあります」
「そうでしたか、さすがレオさん。手際がいいですね」
「たいしたことではありません。アッデージ商会は、香辛料なんかを扱う豪商のようですね。ついでに近場で買い物でもしましょうか?」
ロゼッタは田舎育ちだ。当然、都の繁華街の賑やかさには驚かされるし、まだ慣れない。けれど、レオと一緒に行けば絶対に楽しいだろうと予想はできる。
「はい! 楽しみにしていますね」
今のレオは恋人で、婚約者なのだから誰に遠慮することもなく堂々と楽しんでよいのだ。そう思うと、自然と笑みがこぼれる。
時々油断をすると、素直ではない、かわいくないロゼッタが顔を出すことがある。そんなことをする必要はもうないのだとわかっているのに、はずかしくて本心と反対の言葉が出てくるのだ。けれど今の答えは、合格だった。それがロゼッタには嬉しい。
レオは、さすが近衛騎士と感心するほど無駄のない動きで近づいて、ロゼッタの額に軽くキスをした。
「ひゃっ!」
不意打ちをされると、心臓が止まってしまうので止めてほしいと、ロゼッタは本気で抗議したい気持ちだった。
「……では、おやすみなさい」
挨拶しかしていません、といった態度で彼は部屋を去って行く。本当に、彼にとっては単なる就寝前の挨拶なのだろう。毎回どきどきさせられてしまうこちらの身にもなってほしいと、ロゼッタは少しだけ腹を立てた。
***
都の中でも商業の中心地区、その目抜き通りにアッデージ商会はあった。周囲の建物よりも間口が広く、一際立派な店だ。
もちろん、ルベルティ家のような上流階級の屋敷とは違うが、目抜き通りに、間口の広い店を持てるのだから、商人としては一流なのだとわかる。
一階は店舗で、都の一般市民が気軽に入れる雰囲気だ。とくに流行っている店でもないのに、これだけ大きな建物を所有できていることをロゼッタは疑問に思った。
「こういった商会は、料理店や貴族の屋敷向けの商売が主で、店頭での売り上げはごく一部なんでしょうね」
「なるほど……」
そんな会話をしながら、一階の店舗にいた従業員に用件を告げる。従業員は、すぐに商会の娘婿ガストーネを呼んできてくれた。
「こんにちは! レオナールさん……ですね? 来て下さって嬉しいです。こちらへどうぞ」
ガストーネに
勧められるまま、二人は柔らかいソファに腰を下ろす。
「いやぁ、よかった。このまま恩を返せないのではないかと思っていました。レオナールさんなら、商隊の護衛なんて仕事もありますよ!」
「……はい?」
ロゼッタは言葉の意味がわからずに、きょとんとなってしまった。ガストーネはレオに職を斡旋するつもりのようだった。
「申し訳ありません。じつは身分をきちんと明かしていなかったのですが、私は無職ではないので、お気持ちだけ。今日はご主人の回復されたご様子を見に来ただけなんです」
「それは失礼! そうですよね。あなたほどの剣士なら、誰だって放っておきませんよね! うんうん」
彼らの中で、二人はまだ“駆け落ち中の令嬢とその恋人”なのだ。ガストーネはなにやら一人で納得し、何度も頷く。
「あのときは、無実の罪で指名手配されていたましたので、名乗れなかったのですが、私の名はジェラルド・レオナール・ルベルティと申します。そしてこちらは私の婚約者、ロゼッタです」
「……ルベ……?」
レオが家名を名乗った瞬間、場の空気が凍りつく。特権階級の、それも王太子妃の生家の名前を出したのだから当然だ。
「レオさん! もしかして手紙に名前を書かなかったんですか?」
「ええ。あのとき私は“お嬢様の護衛”と名乗っていましたから、顔も合わさずに手紙だけで事実をお伝えすると、かえって気を遣わせてしまうかもしれないと思いまして」
彼は人を困らせる天才なのだと、ロゼッタはため息をつく。
確かに、手紙に本名を書いていたら、気軽に会いに行けなかっただろう。二人が出向くかたちではなく、アッデージ家の人々を呼びつけるようなかたちになっていたかもしれない。レオとしては、怪我から回復したばかりの主人への負担を思ってのことだろうが、もう少し考えてほしいと彼女は思う。
「……そ、それは、大変失礼いたしました」
アッデージ家の人々が真っ青な顔で引きつった笑みを浮かべている。
「あの、お気になさらないでください。レオさんはともかく、私は単なる田舎娘ですから。今日は本当に皆さんがお元気かどうか知りたかっただけなんです」
瑠璃色の魔女の娘だと言えば、きっと彼らはもっと緊張してしまうだろう。そしてロゼッタ自身はその肩書きが嫌いだ。嘘は言っていないが、ロゼッタ本人に直接関係のない情報をわざと省いた。
ガストーネたちは、なぜ単なる田舎娘が癒しの魔法を使えるのか疑問に思ったようだが、話しているうちに少しだけ緊張が解けていった。
レオがあの旅の簡単な経緯を説明し、一応納得してもらうことができた。
「あなた方が元気かどうか、ずっと心配していましたのでご連絡をくださったことは嬉しかったんですよ!」
アッデージ一家は、レオに職を斡旋することで恩返しをするつもりだったようだ。当てが外れて残念そうにしていたが、再会できたことについては喜んでくれた。
「旦那様、若旦那様! 一大事にございます! 向かいの店に尋常じゃないほど凶悪な雰囲気の大男が座って、お茶を飲みながらこちらを威嚇しているんですが……」
せっかく和んだ場の空気を壊すように、焦った様子の従業員が、部屋の中に駆け込んできた。
「大切なお客様の前だぞ!」
アッデージの主人が従業員の不作法をたしなめる。
「……尋常じゃないほど、凶悪な雰囲気の大男ですか?」
レオは、大男の存在が気になった様子だ。これだけ大きな店を構える豪商なのだから、いろいろなトラブルもあるだろう。けれど……。
「それって?」
ロゼッタも嫌な予感がしていた。おそらく二人が頭の中に思い浮かべている人物は同じだ。
ロゼッタは急いで部屋を出て、店舗の正面から、通りを挟んだ向かい側をのぞき見た。
向かいの店は喫茶店で、道に面した席に殺気を放ちながら座っていた人物は――――。
「と、父様? なんで!?」
予想通りすぎる展開に、ロゼッタはただ呆れた。すぐさまラウルのところまで行き、にらみつける。
「……偶然だな」
娘ににらまれたラウルは、視線を泳がせながら白々しい嘘をつく。二人っきりの外出で、娘の婚約者が不埒なまねをしないか監視するために、尾行していたのだ。
「嘘! ついてこないでよ。あと殺気をまき散らさないで」
「……お茶をしているだけだ」
ラウルほど尾行に向いていない人間もいない。なにも、剣士でもない一般市民にも伝わるほど、ただならぬ空気を醸し出すことはないだろう。
結局、ラウルが悲しそうな顔をするので、その後の買い物は保護者同伴となってしまった。
おわり
失くした記憶と愛の紋章 日車メレ @kiiro_himawari
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