第13話 道が教える彼の過去2
ミリアの町を出ると、その先は湖に沿って平坦な道が続く。今まで二人が通ってきた山間部に比べると、だいぶ楽な道のりになった。
旅を始めてから十日目。あと二日ほど歩けばアレッシアたちが進んだ南寄りの街道と合流する。そしてそこから二日で都に着く予定だ。
本来なら南寄りの街道を行ったアレッシアたちのほうが時間のかかる旅になるはずだが、馬を利用し先に都で待つ手はずになっている。敵を引きつけながらの旅であることから、予定どおりになるかわからない。
けれどアレッシアが誰かに負けることも、何かに手間取ることもロゼッタには想像ができない。彼女にとってアレッシアは常に完璧な女性なのだ。
きっとロゼッタたちが都へ着く頃には、全ての危険を排除し出迎えてくれる。彼女はそう信じている。
街道沿いには楓の木がぽつりぽつりと植えられている。すでに紅葉が美しい時期は過ぎ、葉の大半は落ちて寒々しい。
強い風が吹くたびに乾いた赤い葉が舞い上がり、時々ロゼッタの頬をかすめる。
「今日はなんだか、とっても寒いですね」
「はい。雪が降らねばいいのですが」
レオはあれからいろいろと自重するようになった。それでも彼がロゼッタに優しいことには変わりがない。
風が強いことに気がついたレオが、彼女を守るように風上に移動したことにロゼッタは気がついたが、うまく礼が言えない。そんな二人の関係がロゼッタにはとても苦しい。
「あと少しで村に着きそうですね」
少し先の村で休憩をすることは出発する前から決まっていた。ロゼッタは随分と早く村へたどり着きそうなことに驚いた。平坦な道を歩くことは、それまでとは比べものにならないほど楽なのだ。
時間もそうだが、足の疲労が今までとは全然違う。これならもう一つ先の宿場町まで行けそうだ。
「……あれ、なんでしょう?」
ロゼッタの視線の先には一台の幌馬車が街道から少し逸れた状態で傾いて止まっている。そしてその馬車の周囲を取り囲むように十人以上の男たちが武器を持った状態で立っていた。
「盗賊!?」
荷物を積んだ馬車が盗賊に襲われているのだ。レオはそれに気がつくと強い力でロゼッタを引っ張り、盗賊から見えない木の陰に彼女を隠す。 ロゼッタを隠そうとするレオの表情は、普段彼女に見せることのない戦士の顔だ。
「静かにしていてください」
身を隠しているので馬車がどういう状況であるのか正確に把握できない。けれど「助けて!」と叫ぶ女性の声がしてロゼッタは身を震わせた。
レオや彼女自身のことだけを考えれば、盗賊が去るまで何もせず、身を隠したままのほうがいい。
ロゼッタたちの安全のために、アレッシアとラウルが敵を引きつけてくれている。それなのに、自ら敵に見つかるような行動をとるのは彼らの苦労を無駄にする行為だ。盗賊と戦うことも危険だが、それ以上に目立つことそのものが、今の二人にとっては絶対にやってはいけない危険な行為だ。
「レオさん……」
「私が行きます。ロゼッタは隠れていてください」
「で、でも、いっちゃ駄目です。レオさんを危険にさらすわけには……」
そう言いながら、ロゼッタの胸はもやもやとしていた。レオも本来なら行くべきでないとわかっているはずだ。彼が危険を冒すのはロゼッタの気持ちを汲んでのことだろう。実際、彼が襲われている馬車を見捨てないことにロゼッタはどこかで安堵しているのだから。
「大丈夫です。できるだけ魔法は使いませんから」
レオは
魔法を使える人間は決して多くはない。たとえ髪の色を変えていたとしても、高度な魔法を使う人間がこの近辺にいるというのを誰かに知られるのは危険だ。だからレオは全力では戦えない。
いざとなったら、戦わなければ。そう考えた彼女は木の陰から様子をうかがいながら、左手で腕輪の水晶に触れ、いつでも魔法を使えるように準備する。
レオは無言で背後から盗賊に近づいて容赦なく剣を振り下ろす。馬車の荷の方に集中していた盗賊は、レオの存在に気がつかないまま、数人が気絶した。
(つ、強い!)
仲間が倒されたことを知った残りの盗賊たちが、レオを取り囲むようにして一斉に斬りかかってくる。
レオは全く怯むことなく正面の敵の腹部に突進する。その速さは身体を鍛えているというだけでは到底説明ができないものだ。
(魔法を使っているんだ……)
レオは敵が認識できない部分で魔法を使っている。ロゼッタも全てを把握できるわけではないが、魔法を使って地面を蹴る力を高め、剣を振るう速度を上げている。
盗賊たちは彼に触れることすらできずに倒されていく。ほんの一瞬の出来事だった。
「返り血は浴びたくないですからね。……外套は高いので、もったいないです。後片付けも困りますし」
十人以上の盗賊を全員気絶させたが、全て峰打ちだった。外套がもったいない、というのが彼の本心かどうか定かではないが、盗賊とはいえ殺してしまうといろいろと面倒なのだ。
相手が武器を持って馬車を襲った盗賊であれば、もちろんレオが罪に問われることはない。だが、街道の治安を預かる自警団等に事情を説明する必要が出てくる。正体を明かせないレオが自警団の取り調べを受けるわけにはいかないのだ。彼は一瞬でそこまで考えて行動していた。
「あなたはまだ離れていてください! この方々が突然目を覚ますこともありますから」
木の陰からレオのそばに駆け寄ろうとしたロゼッタを、彼はぴしゃりと制止する。そのまま地面に座り込んでいた馬車の持ち主と思われる青年に手を貸し立たせ、小声で話をする。
話をしている途中で、幌馬車の荷台に視線をやったレオが急に難しい表情をする。二人の会話はロゼッタのところまでは聞こえない。
青年が幌馬車の中に入り、レオは荷台にあったロープや適当な布を裂いて盗賊を手際よく拘束していく。
「もう大丈夫です。こちらへ……」
敵を倒したというのに、彼の表情は浮かない。彼のそばにロゼッタが駆け寄ると、レオはロゼッタの外套のフードを引っ張り、耳元でささやくように告げる。
「油断せず顔はできるだけ隠しておいてください。それから、名前も呼ばないで」
ロゼッタはこくん、としっかりうなずく。彼の言わんとするところは彼女にもよくわかる。魔法使いだと知られかねない状況なら相手が誰でも慎重になるべきだ。
「馬車の中に、怪我人がいるそうです」
「えっ!?」
驚いたロゼッタが薄暗い馬車の荷台を覗くと、中年の男性が寝かされ、先ほど外にいた青年と二人の女性が懸命に止血をしようとしているところだった。
「お父さん! しっかりして!」
若い女性が震えた声でそう叫ぶ。彼女の父親は荷物を守ろうとして盗賊に切られたのだ。
「レオさん、やっぱり癒しの力は使ってはいけませんか?」
レオは厳しい表情をしたまま、すぐには答えなかった。癒しの力を使える人間はほんのわずかだ。使えば
「……あなたに命を救われた私が、ほかの人間を見捨てろと命じることなどできません」
「ありがとうございます、レオさん」
「ですが、私にちゃんと合わせてくださいね。ロゼッタはすぐ顔にでますから」
レオはロゼッタを安心させるために少しだけ笑う。その表情にロゼッタは安堵した。二人とも考えが甘く間違った行動なのかもしれない。それでも、レオが他人にも優しい人間だと知って、ロゼッタは安心したのだ。
「さぁ、参りましょうか? お嬢様」
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