第3話 ママおねがいぎゅってして

 結局、子供たちの転移先が分かったのはそれから一時間後だった。

 ママは特別許可をもらうと、速攻で転移する。


「どうして、こんな極寒の地へ……よりによって」


 転移した瞬間こそ軽く身震いをしたが、さっと手を振ると、すぐに周囲は暖かい空気に包まれる。


「急がないと……!」


 ママはきゅっと唇をかむと、杖を掲げてものすごい勢いで空中に何かを描き始めた。


 ――だが数分後、その描き終えた魔法陣に拳を叩きつけていた。


「感知できない……どうして……」


 ママの眉がくっと狭まる。


「そんなに長距離を移動してるとは思えない。てことは、何か障害物がある……? でなければ、落下して高さが?」


 ぶつぶつと呟きながら、空中に描いた魔法陣を細かく描き直して行く。


「障害物の存在を考慮。それに二人だけじゃなくて、他の動植物のチェック。あと、地形」


 描き終わると、もう一度、はしからゆっくりと魔力を流していく。


「どこか、様子の違うところ。何でもいい、違和感のあるところ……!」


 ママは祈るように両手を組んだ。


    ***


 小さな丸い水の膜に包まれた、赤茶色のかたまりを見つけ、ママは震える手でそっと持ち上げた。

 手で払うと、水の膜は微かに震えて散る。

 

 長毛種の子猫によく似たトラジマの毛皮は、いつもより少し艶がない。

 その小さな身体と長いしっぽで、守るようになにかを包み込んでいる。中には、少し肉厚な葉にふきのとうのように包まれて、細長い花の蕾があった。


「氷狼たちがおかしな動きをしているのに気付かなかったら、危なかった……!」


 ママはささやくほどに小さな声でつぶやくと、そのまま二人を宙に浮かせた。そして、優しく優しく暖める。

 ぺしゃんこになっていた毛が、温風でふんわりと持ち上がる。蕾には、温かな霧のような水滴が絶え間なく注がれ、くすみかけていた緑が鮮やかに色づいた。


「さあ、目を覚まして……」


 ピクリ、ピクリと耳としっぽが震えるように動いた。

 固くつぼんだ蕾がほんのりとゆるんだ。


「もう、怖いものはいないから、大丈夫だよ、起きなさーい」


 優しくささやきかけながら、温かい風と水を注ぎ続ける。


「りゅうくんは、もう少し熱い方がいいかなー?」


 ママの言葉と共に温風の温度が上がって、熱い空気が子猫姿のりゅうくんの周囲をくるくると巡った。


「さあ、りゅうくん、おめめをあけて?」


 りゅうくんのまぶたが少しずつ開く。やがて、大粒のアーモンドのような金色の瞳が見えた。


「ママ……?」


 ママはにっこりと微笑むと、りゅうくんの身体をひょいと肩に載せる。


「ちょっとそこにつかまっててねー」


 りゅうくんは慌ててママの肩に小さな爪を立てた。

 ママは今度はゆっくりとほころびはじめた蕾を顔の正面へと持って来て、温水で作った玉の中へと沈めた。


「りりちゃん!? ま、ママ、何するの!?」


 ママの肩に爪が食い込む。だが、ママはにこにこと笑っている。


「だいじょーぶよ。りりちゃんね、ちょーっと、お水が足らないのよね。あと、冷えすぎちゃってるから、もう少したくさん温かいお水を飲ませてあげるの」


「そ、そうなの?」


 そう言われて、りゅうくんは心配そうに、温水の玉の中に浮かぶりりちゃんを見つめる。

 緑色の小さな蕾は、白い羽毛のような毛でうっすらとおおわれている。


「……ちょっと、ハゲてる」


 りゅうくんがぽつりと言った。


「寒いからねぇここ……。りりちゃん、がんばりやさんだから、すごーくすごーく、ガマンしたのね」


 ママも何だか悲しそうに言う。


「りゅうくん、りりちゃん、まもれなかった……」


 金色の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


「大丈夫。りゅうくんはちゃんと、りりちゃんを守ったんだよ?」


 ママはりゅうくんの小さな頭をそっと撫でる。


「りゅうくんが守ってなかったら、りりちゃん、枯れちゃってたわ」


 ママはそっと、水の玉をりゅうくんの顔の前まで移動させた。


「ほら、みてごらん? もう、ふわふわの毛が戻って来てる。……もう、いいかな」


 ママは水の玉をさっと消すと、今度は温かい空気でしっかりと乾かす。


「さ、りゅうくん、りりちゃんを呼んで?」


 りゅうくんはこくりと頷くと、ひたと視線をりりちゃんに固定する。


「りりちゃん、りりちゃん、起きて……?」


 りゅうくんの声に、ほころびかけていた蕾が、ゆっくりと開いて行く。


「ごめんね、りりちゃん、りゅうくんが行こうって言ったから……!」

「ううん、りりちゃんも、おはな、みたかったの」


 涙ながらに謝るりゅうくんに、小さな声が応えた。

 気がつけば、白い百合に似た花が開いていた。その中から、小さな小さな顔がちらりと見えた。


「りりちゃん……!! おきたんだね!!」

「うん……。こえはね、きこえてたんだけど、なかなかうごけなかったの」


 りゅうくんはママの肩からぽんっと飛び降りる。その途中でくるりと一回転をすると、男の子の姿へと変わった。


「りりちゃん、良かったぁー!」


 りりちゃんも花の中から、そっと出てきた。そのまま、ふわふわと綿毛のように降りて、地面へと着く頃には元のサイズへと戻る。

 二人で手を取り合って喜ぶのを、ママはにこにこと後ろから見ていたが、やがてゆっくりと、二人の頭の上に両手を置いた。


「うん、じゃあ元気になったみたいだし、そろそろおこられようかな?」


 りゅうくんとりりちゃんは、びくりとすると、こわごわとママの顔を見上げた。


「ママね、すごーくすごーく、心配したんだよ?」


 ママは地面に膝をつくと、二人と目線をあわせる。


「もう少しで、二人とも、死んじゃったかもなの」


 ママの目にうっすらと涙の膜がはる。


「二人とも、ママともう、会えなくなるところだったの」


 ママは二人をまとめて、ぎゅっと抱きしめた。


「「ママ、ごめんなさい……!!」」


 子供たちは、ぽろぽろと涙を流してママに謝った。

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