第2話 やっぱりママといっしょがいい

「りゅうくーん! りりちゃーん!!」


 ママは家中を探している。


「か、かくれんぼかなー?」


 普段は開けないクローゼットの中も探してみる。


「トイレにもいなかったし……ま、まさか……」


 おそるおそる、お風呂のふたも開けた。

 ついでに洗濯機も。


「……いない」


 ほうっと安堵のため息がもれる。


「ええっと、今出てきたら、なんと、おやつにクッキー。しかも、チョコチップたっぷり!!」


「…………」


 しばらく待つも、反応は全く返ってこない。


「……だめかー。え、ほんとに、どこ行ったの?」


 そこへ軽快なリズム音が鳴り響く。テーブルの上でスマホがブルブルとふるえていた。


「あーもう! こんな時に誰!?」


 文句を言いつつスマホの上に指をすべらせる。


「はい、おつかれさまです?」


大師たいしさん!!』


 キンッと、ママの耳に高い声が響いた。


「はい、どうしましたー?」


 話しながらスマホをスピーカーに切りかえると、再びテーブルの上にのせて、そのまま少し距離をおく。


『勝手にCoolTV使わないでくださいって、言ったじゃないですか!』


「えー、使ってないですよー」


 身に覚えのないママは、子供たちの心配をしながらも、ちょっと口を尖らせる。


『ですが、使用履歴があります。しかも、今日!』


「……え? うち? 何かの間違いじゃ……? だいたい、今、それどころじゃなくって……」


 ママは、ぶつぶつと呟きながら、部屋の中を見回して……はたとスマホへと向き直った。


「それだ!!」


 ママはスマホに指をさして叫んだ。


「すみません、それ、行先を調べられますか!?」


 さっきまでと違い、今度のママは食いつきそうなほど前のめりだ。


『え……何か、あったんですか?』


 電話の相手も戸惑っている。


「子供たちが、いないんです!!」


 ママの声はもはや悲鳴に近い。


『……!!! すぐに調べます!! またかけますので!』


「お願いします!」


 切れてしまったスマホを手に、ママはうろうろと所在なく歩く。


「そ、そうだ。出かける準備しておかなきゃ……」


 落ち着かない気持ちで、ママはそわそわと荷物の確認をはじめた。


「あ……。りゅうくんのリュックとりりちゃんの水筒がない……。もう、あの子たちは……!!! 帰ってきたら、いっぱい怒らないと……!」


「でも、とりあえず、必要なものは持って行ったってことだから、まだマシ」


 ママは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


    ***


「りりちゃん、はやく、はやく!」

「……はあっ、はあっ」


 そして、子供たちは……危機ピンチだった。


 真っ白な氷狼の群れに追いかけられて、なんとか、大きな岩の影へとすべりこむ。


「えいっ、えいっっ」


 そこからりゅうくんは両手を出して力を込める。しかしそれは、火花こそ散るものの、炎になる前にぼふんぷすんと消えて、それこそ空砲のような威嚇にしかならない。

 氷狼たちは火を警戒しながらも二人を囲むと、じわりじわりと近づいてくる。


「くっそー、葉っぱがあればー!!」


 りゅうくんはとりあえずリュックからどんぐりを取り出して、手の中で熱する。

 真っ赤になったどんぐりを投げつけては、爆竹のように狼たちの中ではじけさせた。


「りりちゃん、いまのうち、おねがい!!」

「ま、まってまって……いま、おみず……」


 しかし、水筒からちょろちょろと流れる水は、地面にたどり着く前に……凍った。

 りりちゃんも一緒になって凍りついたかのように、表情が固まる。


「に、にーに。こおっちゃ……」

「ええええええ!?」

「あーもう! もえろ、もえろってばーー!」


 りゅうくんがどんぐりと一緒に握りしめた松ぼっくりから、ちろちろと炎があがった。

 その炎に、氷狼たちがざっと、目に見えて距離を空ける。


「や、やった!?」

「ひがきらいなのかな……?」

「とにかく、火があったらこないみたいだから、火は小さくして……ぜんぶ燃えちゃわないように……」


 りゅうくんは松ぼっくりの炎の大きさを小さく調整すると、地面を少し掘って、残りの松ぼっくりも全て中へと入れる。


「これで、しばらくだいじょうぶ……かな?」


 小さな小さな炎がちろちろと燃える。二人はしゃがみこんで、じっと炎を見つめた。


「ごめなさ……。りりちゃん、にーにをまもれな……」


 りりちゃんの目から涙がこぼれた。


「りゅうくんだって、もう少しおおきかったら、ひだねなんて、いらないのに……! あんなやつら、すぐにやっつけられるのに!!」


 りゅうくんの目からも涙がこぼれた。


「にーに、いたいいたい、とんでけー!」


 りりちゃんの涙がふっと浮き上がると、キラキラと光って散った。


「りりちゃん、涙が……」


 りゅうくんは手をのばして、その小さな光に触れる。少し擦りむいていた指先が光に包まれて癒やされた。


「あ、そっか。今は松ぼっくりたきびがあるから、凍らないんだ!」

「う、うん……?」

「りりちゃん、もう一度、お水バリア!」


 りりちゃんは、言われるまま、水筒をかたむけた。

 今度は無事水の膜ができる。

 りゅうくんはそれを見つめて、力強くうなずいた。


「りりちゃん、ちっちゃくなろ。りゅうくんの下にきて。りゅうくんもまーるくなるから」

「ちっちゃく?」

「うん、ママが……くるまで」

「ママがくるまで」


 小さな水の膜が、そっとふたりをくるみこんだ。

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