第33話 肉体の改造
ヴァンは動けないでいた。
完全に消滅してしまったアムリタとエリアラがいた場所をずっと見続けていた。
隣にいるイリーブも動けないでいると気がつくとなおさら動けない。
きっと、自分よりずっと辛い想いをしている。
自分の肉親が、二度死んだのだ。
そして、その原因を作ってしまったのはある意味ではヴァンで、イリーブがそのことを恨んでいないはずがない。
だから、謝ろうとした。
だけど、イリーブはこちらを振り向く。
こっちが何を言いたかったのかを察したかのように、柔和な笑みを浮かべる。
「……私これで良かったって思ってます。ヴァンのこと恨んでなんかないですよ」
「――どうして、そんなことが言えるんだよ」
「だって、区切りをつけることができましたから」
イリーブの言葉に淀みはない。
嘘や誤魔化しや同情といった含みのある言葉ではないようだ。
「親が死んだって聴いて……。あの地獄を体験して……。それでも私は、しっくりこなかった。いきなりすぎた。いろんなことがいきなりすぎて、私は納得できなかった。自分の不幸さに折り合いをつけることができなかった。だけど、今区切りがついて、ようやく私は私のやりたいことができます」
「お前のやりたいことって、なんだ?」
「……わかりませんか?」
わからない。
だが、じっとこちらを見てくるってことは、もしかして自分に関することだろうか。身に覚えなどない。
しかし、今までのイリーブと違ってどこか刺々しさが少なく感じる。
それどころか優しいのだが、逆に違和感があって怖い。
もしかして、アムリタに娘さんをください宣言をしたのを聴かれたのだろうか。
タイミング的には聴こえたのか、聴こえなかったのかギリギリの線だ。もしもアレを聴かれていたのなら、この怖い笑みにも得心がいく。
ぶっ殺す。
――とか、そんなことを胸中で誓っているに違いない。
これからやりたいことの答えとしても合っている。
やはり、それだけ嫌悪感を抱かれていたということか。だとしたら、結構へこんでしまう。
「……!」
と、そんなことを試行錯誤していると、決して遠くない場所からの物音が聴こえてくる。
歩いてくる反響音からして、一人、いや、少人数だが複数人か。
だが、この場所、このタイミングでくるのは、単に方向音痴の生徒ではない。
誰かが、意図してここまで来たのだろう。
「誰か来るな。もしかしたら、ドフレンかもしれない」
「なんで、ドフレンが?」
「そもそも俺がここに来れたのは、ドフレンのおかげなんだよ。あの先生が、ネクトとリード、チギリを保健室まで運んでくれるって言ったから、俺は安心してここまでこれたんだ。あの人の『特異魔法』なら、人を運ぶのにうってつけだしな」
「だ、だったら、は、はやく、逃げますよ!」
イリーブが、いきなり腕を掴んでくる。
「に、逃げるって、なんでだよ! あの先生ならここにいる過去の俺達を運ぶのだって手伝ってくれるだろ。意識失っている分、俺達かなり重いぞ?」
「何度も言っている通り、私達はなるべく今の時間軸の人達に関わってはだめなんです。もしも過去変動が起きたら、未来がとんでもないことになってしまう。特に、過去の私達が二人いるという状況を見られたら、どんなことが起きるか……。とにかく、誰にも見つからないように、ここから逃げるのが賢明です。遠回りですが、別ルートで脱出しましょう」
「分かった! 分かったって! だから、そんなに怒るなよ。よく考えたら俺の『特異魔法』なら、簡単に運べるしな」
ヴァンは、『水泡に帰す部屋』を生成して、過去の自分達を取り込む。
これで持ち運ぶのに苦はない。
そのまま、ずんずん進んでいくイリーブの跡をついていく。
「そういえば、過去の俺達を運んだのってさ、やっぱり――」
「そうですね。考えることでもなかったです。私達を過去に送ったのは、私達自身。私の『破壊針』でしか、時間跳躍できないんですから、当たり前ですけど」
「だけど、暴走はしないのか?」
「それに関しては大丈夫です。私の身体の中がいつの間にか調整されています。もしかしたら、このことを想定していた父親が、私の身体をいじったんだと思います。一時的にでしょうが、魔法を扱いやすいように、肉体改造してくれたんでしょう」
「あの人はそこまで読んでいたのか。だとしても、時間跳躍するだけの魔力は……」
「大丈夫です。魔力が溢れかえりそうなぐらいあります。七年前に跳躍するまでの、いえ、恐らく失敗を恐れてのことでしょうか。私の父親はそれ以上の魔力を私に注ぎ込んでいます。ですが、問題は他にあります」
「問題?」
他に何か問題らしきものはあったか?
「ええ。私は時間跳躍ができても、空間跳躍はできないっていうことです。つまり、ここでもう一人の私達を過去に飛ばしたら、この洞窟内に置き去りにしてしまうことになってしまいます。ですが、私達が目覚めたのは……」
「俺の部屋か。つまり誰にも気づかれることなく、俺達の部屋に行って俺達をベッドに運べばいいんだな。……でも、いいのか?」
「なにがですか?」
「いや、その、俺達が起きた時、あれだよ。大分接近してたから、それでいいのかなって」
「なっ!」
ニュアンスを大分オブラートに包んでみたが、それでもイリーブは顔を赤くしてしまった。言わなきゃよかっただろうか。
部屋に着いたら嫌でもどう寝かせつけるのか議論しなければならないだろうから、先延ばしもできた。
だが、深く考えずに口走ってしまった。
イリーブもそうとう悩んでしまっている。
失敗したな。
「そ、それはしかたありません。私は、その、嫌ですけど。歴史を改竄することは絶対にやってはいけません。だから、あのまま、あのままの状態でベッドに寝かせつけましょう」
「……そっか」
なぜか、思わず笑みを溢してしまう。
それはきっと、あまりにもイリーブの言い方が可愛かったからだ。
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