第31話 水泡の部屋
アムリタは内心で舌打ちする。
違う時間軸から登場してきたヴァンとイリーブの相手をしなければならなくなった。しかも、空中に浮遊する泡は、こちらの肉体を傷つけることができる代物だ。
勝算もなしに再び現れるはずなどないが、とんでもない武器を携えてきたものだ。
襲い掛かってくる泡の一つ一つが、見た目に反して凶悪な威力を持つ。
「くっ……」
影から出した腕で薙ぎ払っていく。
斬撃によってすぐに影の手は消失してしまうが、数の利はこちらにある。こっちはいくらでも影の手を生成できるのだ。泡さえなくなればこっちのもの。長期戦になればこちらの勝利だ。距離を取りつつ、影で牽制をいれていけばいい。だが、
破裂させた泡の一つが、まるで爆弾のように弾けた。
爆炎によって、視界が塞がれる。
かなりの威力。
だが問題はむしろ、泡の性能だ。
「爆発した……?」
斬撃ならチギリの『特異魔法』だろう。
だが、爆発させるような『特異魔法』を持つ者がヴァンの近くにはいない。ということは、彼自身の『特異魔法』が変化、いや進化したものか。
「ちっ」
このままではどこから襲い掛かってくるのか分からない。
だから――全方位に影の手を針鼠のように発生させる。
「ヴァン、危ないッ!」
イリーブが叫びながら自分の『特異魔法』で、ヴァンに直撃しそうだった影の手を停止させる。
だが、だからこそ、自分の後方から襲い掛かってくる影の手に気がつかなかった。
「きゃあああああああ!」
背後から忍び寄らせた影の手は、イリーブの肉体に巻きついていく。
最終的には、蓑虫のように影の手に覆い尽くされる。
「ヴァンを気にするあまり、足元がお留守になったようだな。眼と耳さえ封じれば、どんなタイミングと範囲で『特異魔法』を使えばいいか分からない」
「最初から、イリーブを狙ったのか」
「当たり前だ。魔力の満ちたこの場で、イリーブの『破壊針』を使われたら厄介だ。いったいどうやってこの時間軸へ飛んだかは分からないが、これ以上好きにさせるわけにはいかない」
グググ、とイリーブにつけてある影の手が蠢く。
「それから、影の手のしめつけは、徐々に強くなり、最後にはイリーブを圧殺するように仕掛けている」
「なっ――!」
「厄介な奴はさっさと消してしまうに限る。――まあ、イリーブが自身の『特異魔法』でそれを阻止するだろうが、いつまでそれが続くかな?」
「くっ!」
二人の『特異魔法』は知り尽くしている。
知り尽くしているからこそ、攻略法もおのずと見えてくる。
「それに、お前達の『合成魔法』は確かに強力だが、『水泡に帰す部屋』の弱点は未だに健在だ」
無数の手を生み出し、浮かんでいる泡のほとんどを破裂させる。
イリーブの命という時間制限が設けられている以上、焦らずにはいられない。焦れば焦るほど、ミスが増える。泡も割れやすくなる。
「くそっ!」
「爆弾の泡と、合成された泡でどれだけ攪乱しようが、結局俺に当たる前に破裂されてしまえばいい」
「――だったら、破裂しても大丈夫なぐらい近づけばいいだけだろ」
無鉄砲に突っ込んでくるヴァン。
影の手によって皮膚が裂かれていくが、突進することによってダメージを最低限に抑えられている。手が伸ばし切れない距離まで詰められる。いや、あえて詰めさせたの間違いか。
「お前にだって『特異魔法』を進化させることができた。だったら、何故俺も『特異魔法』を進化させることができないと思い込んでいるんだ?」
「まずっ――」
接近すれば威力を最小限に抑えられると思い込んでいたヴァンのどてっ腹に、手のひらをあてる。
ゼロ距離から解き放ったのは、黒い球体。
ヴァン達の大切なものを強奪した時と類似したものだが、今度のは保護するためのものではなく、破壊を目的とした代物だ。
「お前の進化した『水泡に帰す部屋』のように凝縮した。もっとも、お前の魔法より数倍の威力はあるようだがな」
「なっ――」
ドゴォオオオオオオオオオオオンッッ!! と、ヴァンを一瞬で後ろの壁まで吹き飛ばす。
洞窟内部を揺らすほどの大きな衝撃。
舞う粉塵が薄れてくると、そこにあったのはヴァンだったものの残骸。
切り離された腕の部位だけが残されていた。
それ以外はこの世から消滅してしまったのか。
それとも、クレーターのようにめりこんだ地面のどこかに埋まってしまったのか。それとも、
背後に配置してあった『|泡に帰す部屋』の中に潜んでいるか。
ヴァンは、切り離されていない右腕で殴りかかってきた。
だが、そんなものは無意味とばかりに、ガッチリと影の手で掴み取る。
「ど、どうしてっ!?」
切り離されていた腕はよく見ると、切断部分がガタガタだ。
ネクトの『特異魔法』を事前に使っていたのか。
それを囮にして、『水泡に帰す部屋』に立てこもっていた。
最初に複数の泡を飛ばしたのは、その泡の中に紛れるため。
一つの物を泡の中に閉じ込めることができるとはいえ、まさか人間一人を中に入れるとは思いつかなかった。こちらの予想を超えた。だが、
「残念だったな。お前がどれだけ策を巡らせようが、関係ない。俺の『想造手』は影を操る魔法だ。影がある場所なら、どんな不意打ちをしようとすぐに察知できる。お前が泡からでた身体――その影ができた瞬間に反応できる。つまり、お前が俺の想像を超えたとしても、意味がないってことだ」
影の手で首を絞めながら、ヴァンを持ち上げる。
「ぐ、がっああああ!」
「全部無意味だったな。どれだけ挑んでも俺には勝てない。今度こそ泡を吹きながら死んでゆけ」
「ふ、ははは……」
「なにを……笑っている?」
「いや、本当に……強いなって思ってな……結局俺はあんたを……超えることができなかったなって……。俺の力じゃあんたには勝てなかった。全部あんたの言うとおりだった。だから――」
ガパッ、とヴァンは口を大きく開ける。そこには、
「あんたの言うとおり、泡を吹いてみようと思う」
泡が入っていった。
「ぐっ――」
まずい。ノータイムで泡を発生させるために、口の中にしこんでいたのか。
しかも、口の中に隠していたため、事前に察知することができなかった。
これだけ接近していては、確実に当たってしまう。
泡の中に入っているチギリの『駆斬九狗』が直撃してしまえば、ひとたまりもない。だが、影の手を今更何本か出したところで、相殺することすらできない。ある程度の距離があってこそ、あの九連撃を捌けるのだ。
だとしたら、こちらも最強の一撃を持って迎え撃つしかない。
凝縮した影を、泡にぶちあてる。
それによって、お互いどちらの力が強いのか力勝負をする――はずだった。だけど、
影は泡の中に呑まれてしまった。
「な、にぃいいいいいいいいいいい!!」
これは、『合成魔法』ではない。
ただの『特異魔法』だった。
最後の最後でこんな大博打を。
「二分の一に賭けた。もしもあんたが普通に攻撃していれば、負けていたのは俺だった。ああ、そうだよ。俺は結局あんたには勝てなかった。足元にも及んでいなかった。だから、あんたの攻撃をそのまま返させてもらう」
アムリタの肉体は、『想造手』の影響化にある。
だからこそ、同じ性質を持つ『特異魔法』は、完全に肉体に影響を与える。しかも、アムリタにとって最大の攻撃をそのまま返されしまう。
泡は――爆発ともに弾ける。
「反則的なまでの反射魔法。それこそが、俺の『水泡に帰す部屋』だ。喰らっとけええええええええええええッ!!」
そして、最後の攻撃がアムリタに炸裂した。
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