第30話 魔法の合成
ドーラの森の奥。
洞窟の入り乱れた通路。
その一つが、図書館深部の抜け道に繋がっていることを知っている者は数少ない。この洞窟内を何度も徘徊していた自分には馴染み深い。道に迷うこともない。隠れる場所も熟知している。
誰にも見つかる訳にはいかない。
目的地まで最短の道を進み、そして辿りついた場所から少し離れたところで聞き耳を立てる。
耳元まで持ってきた指には、キラリと光る指輪がはめられている。
大切な人から受け継がれたもので、これは遺品だ。
この世に二つとない。
たった一つのオリジナルの指輪。
だからこそ、普段は指に通していない。なくさないよう、鍵つきの箱に入れている。そんな普段はつけない指輪をつけた手で聞き耳を立てていると、
「イリーブのことを愛しているから」
耳を疑うような言葉が耳に突き刺さる。
「…………っ!」
驚きの声がでそうになった。咄嗟に両手で口を塞いで、なんとか声を抑える。同様のあまり、ついでに鼻なんかも塞いでしまって呼吸ができない。
ぐ、ぷはっ、と極力小さく呼吸をしようとしたところで、
「だからおとうさん。娘さんを俺にください」
そんなことを聴いてしまったものだから、また鼻ごと口を塞ぐ。
こんなことを彼は言ってしまっていたのか。
これを聴いてしまってよかったのだろうか。
はぁ、はぁ、と呼吸困難になりそうになり、顔はそのせいで真っ赤に紅潮してしまっている。
ぶんぶん、と首を振ってなんとかシャキッとする。
意識を保って、現状を把握しなければならない。
ここからは秒単位で見逃してはいけないのだ。
これからここに来るであろう、彼らを救ってくれる人間を目撃しなければならない。
自分には到底できない。
七年前と同じだ。
彼を救うことができなかった。
自分には何もできなかった。
今回だってそうだ。
強力な『特異魔法』である『想造手』に対抗できるようなものは思いつかない。
打倒できるだけの者が、ここに現れるはず……なのに、誰も現れない。
「あああああああああああああッ!」
彼の絶叫の残響が鼓膜に張り付く。
このままでは、彼が死んでしまう。
しかし、周囲にはそれらしい影が見当たらない。
誰かが助けに入るはずなのに。
それなのに、誰も来ない。
なにか手順を間違えてしまったのだろうか。
「もう楽になれ、お前にできることはもうなにもない」
……だめだ。もう待てない。
足音を立てて開けた場所に踏み入れると、
ザ――ンッ!! と『想造手』が切り裂かれる。
自分はなにもしていない。
彼を助けたのは、反対方向にいる奴だ。
「ば、ばかなああああああッ! 俺の『想造手』を――」
アムリタの『想造手』の呪縛から逃れたヴァンは、半分意識を失いながらもこちらを見上げてくる。
「……誰……だ……?」
気を失ったヴァンは、助けた相手を自分だと誤認したまま気絶した。
これで、過去を変えることなく彼を助けることができた。
「なんで、お前がッ……」
アムリタは血相を変えながら、横たわっている過去のヴァンと、こちらを交互に見る。そして、反対方向にいる者を睨み付ける。
「いや、なんでお前らが!!?」
ヴァンを助けた今回の『命の恩人』は、七年前の『命の恩人』とは別人だった。
そう、今度こそヴァンは、誰かに助けられることなく、自分の力で自分自身を助けだせるほど成長したのだ。
あの斬撃の正体は恐らく、泡の中に彼女の『特異魔法』を内包させたものが弾けたものだろう。
この場に駆けつけてこれない彼女の『特異魔法』をここに持ってきたのだ。あの、無数の泡の中へ。視界を埋め尽くすほどのあの泡さえあれば、アムリタに一泡吹かせることができるかもしれない。
現在の時間軸での命の恩人――ヴァンが、肩で息をしながら叫ぶ。
「イリーブ!」
「お前が、七年前に、俺を助けてくれた『命の恩人』だったのか!?」
「そう……かもしれないですね……」
過去の自分とヴァンが横たわっている。
意識がないからこそ、未来から過去へ渡航することができた。
自分自身に認識されない。
それこそが、過去干渉の絶対条件。
それを満たしている今、存分に戦える。
「これは、ご、『合成魔法』だと!? だがこれは、『水泡に帰す部屋』と、『駆斬狗々』の『合成魔法』か!? そんなもので、この俺の『想造手』が破られるわけが……」
「進化したんだよ。あんたはイリーブを魔法陣の罠にかけて、自分の野望が成功するか試したかったのかもしれない。だけど、あの事件に捲き込まれたおかげでチギリの『
ただの物理攻撃や魔法では、身体をすり抜けてしまう。
アムリタに当たる攻撃は、浮かんでいる泡の中に内包している斬撃しかない。
切らせばこちらの負け。
逆に言えば、制限されたこの泡を使い切る前に致命打を与えることができれば、こちらの勝ちだ。
「どんなものでも斬れる『駆斬九狗』と、『水泡に帰す部屋』の『合成魔法』で、今度こそあんたをぶっ倒してみせる!!」
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