第29話 特別な人間

 爆発炎上した火竜は、四散する。

 光の粒が頭上へと上がっていき、全ては泡のように跡形もなく消える。

 溢れんばかりに輝く光の中倒れているリードは、自嘲するように笑う。

「あっけないですね……」

 そういいながら、痙攣する膝を抑えて立ち上がる。

「私の頑張りなんて、結局全部無駄だった。落ちこぼれの私だって、不幸になるためにこんなにも努力したのに、報われなかった。私は特別になりたかったけど、どんなに努力しても、やっぱり特別な人間には一生勝てないんですね……」

 リードは魔力が枯渇したせいで、全身の穴から少量の血が流れる。

 そのせいで、瞳から血の涙を流す。

 ポタポタ、と頬を震わせる度に、地面に赤い血が滴り落ちる。

「リード……なんでだよ」

「私の気持ちなんて、『持っている人間』には理解できないでしょうね。私はどんな形であれ、特別な人間になりかったんです」

「なに言ってんだよ……」

「ヴァンさんのように不幸になればきっとなれると思ったのに。ヴァンさんのように、特別な何かになれると思っていたのに。どうしてもなれなかった。こんな風に、ヴァンさんの周りには特別だからいろんな人が集まるんですね。だけど、私はずっとこの図書館で独りきりだった」

「リード、お前……」

「私にはなにもない。元からなにもないと思っていたけれど、最後の最後に残っていた私の『特異魔法』もあっけなく破られてしまった。もう私は空っぽです。私はこれからどうやって生きていけばいいんしょうか?」

「お前、ほんとうに、ほんとうに何言ってんだよ?」

「……ごめんなさい。私、意味わからないですよね。気持ち悪いですよね。こんなどうでもいいこと言って、私なんて死んだ方がいいですよね」

「ふざけんな!!」

 大声で叫んで、ようやくリードはこちらを向いてくれる。

 いつものように、こちらの意見を全く聞こうとしない。だけど、今だけは耳の穴をかっぽじって聴いていて欲しい。

「自分が特別じゃないだと!? 今更、何言ってんだよ!! いいか、よく聞け、お前なんてな――」


「とっくに俺にとって『特別な人間』だったんだよッ!!」


「この学園は最悪だよ。俺みたいな落ちこぼれのことをずっと陰で叩いてた。馬鹿にされて、見下され続けてきた。関わり合いたくないとばかりに、ずっと俺の存在を遮断していた。だけど、お前は、俺のことを見下さずに、引くぐらいに近寄ってくれたよな。そんなお前は、俺にとって『特別な人間』になってたんだよ」

「……そんなことで?」

「そんなことだよ。大多数の誰にもできないことをできるって、周りから見たらそんなことなんだよ。でも、そんなことが、俺にとっては特別だったんだよ。ずっと最悪だと思っていたこの学園のことも、お前やみんなのおかげで最高だと思えるようになったんだ」

 リードはきっと自分の価値を分かっていない。

それを分からせてやりたい。

「それに、お前は独りなんて言ったけど、本当にお前は独りなのか? 人間は誰だって、本当の意味で独りになんてなれるのかよ!?」

 リードの瞳にはちゃんと写っているのだろうか。

 ここにいるみんなの安堵しているように緩んだ表情が。

「助けに駆けつけてくれた連中は、俺やイリーブのためだけに戦ったって本気で思っているのか? こいつらは、お前のためにも、戦ったんだってどうして気がつかないんだよ!?」

「私の……ために……?」

「この世に特別じゃない人間なんていないんだよ。誰だって、他の誰かにとって特別なんだよ。お前に生きていて欲しいって思っている人間はいるんだよ! こんなにもな!」

 リードは周りを見渡す。

 一人を除いて、ヴァンの言葉に同意するような表情を浮かべる。

 その一人は、ネクト。

 だが、そっぽを向いている彼女の頬は、分かりやすく林檎の色をしていた。

 ああ、とよろめきながらリードは一歩、一歩近づいてくる。

大切なものに触れるように、手を伸ばす。だけど、

「そう……ですか……。……よかった……。そして……ごめんなさい……」

 絞り出す言葉はそれが限界だった。

 最後の最後にそれだけ言い残すと、ふらりと重力に逆らわずに前のめりになる。

「おっ、と……」

 倒れるリードを抱きすくめるように支える。

 イリーブが心配げに駆けてくる。

「リード先輩、大丈夫ですか?」

「ああ、気絶しているというよりは、寝ているみたいだ」

 チギリがぎこちない動作で剣を鞘に納める。

「魔力を使い切ったんだろう。眠くなって当然だ。かくいう私も、もう横になりたい気分だがな」

「残念だけど、私達はもうここまでよ。これからあんた達がどこに行こうとしているのか、なにをしようとしているのかは知らないけど、助けることはできないわ」

「何をいう!? 私は――」

「ああ、はいはい。これで少しは大人しくしておいて。私よりも重症の癖して」

 ネクトは膝あたりを軽く足蹴にする。

 すると、チギリの片足がパズルみたいに砕け、立っていられなくなる。

「貴様ッ!」

「これ以上は、倒れるだけの話にはならないってことよ。もしも、二度と起き上がれることができなくなるぐらいの傷を負ったらどうするの? あんたが守ろうとしているものも守れなくなるっていうのに。剣の道を生きる人間っていうのはみんなあなたみたいに強情なタイプばかりなのかしら?」

 剣に生きる道を生きる人間は確かに強情な奴が多い気がする。だが、

「まあ、ネクトもかなり強情だけどな」

「そうですね。イヌブセ先輩のこと言えないと思います」

「……まったくだ」

「なによ! 私をいじめる時だけ結託しないでよね!!」

 思ったよりも元気そうで良かったが、それが全て空元気だということは分かっている。

 心配させないように振る舞っている。

 それが分かっているから、決断しなければならないことがある。

「イリーブ、悪い……先に行っててくれないか?」

「え? でも時間がほとんどないです。もう少しで、過去のあなたが死んでしまう! もしも『命の恩人』が間に合わなかった場合、どうするんですか? 過去のあなたが死ねば、今ここにいるあなたも死んでしまうんですよ!?」

「ああ、分かってる。今どうすればいいか。だけど、今ここでこいつらを見捨てて、死んだら目覚めが悪いだろ。だから……」

 だから、先に行って欲しい。

 それに信じているのだ。

 きっと、『命の恩人』が自分達のことを助けてくれることを。

 だが、これでまたヴァンは、『命の恩人』の姿を見ることはできなくなった。もしかしたら、それは確定した未来なのかもしれない。

「…………分かりました。なるべく早く来てくださいね」

 走っていくイリーブ。

 暗がりのせいですぐに姿が見えなくなると、チギリが、

「ヴァン、今の話は?」

「その話はあとでじっくりする。だが、お前には頼みごとがあるんだ。身体がきついのは分かるが、協力してくれないか?」

 ここからは、賭けだ。

 どうなるか出たとこ勝負なところがあるが、しかし、ここでチギリ達がここに来てくれたおかげで、どうにかこれから先自分がどうすればいいかの指針は見えた気がする。

 ネクトの『特異魔法』風に、推理小説風に言うならば、パズルのピースが揃ってきたといってもいいだろう。

「あ、ああ。それは別にかまわないが。私は何をすればいい?」

「いつものことだ。簡単だよ」

 この大局のために、彼女しか持っていないパズルのピースを要求する。

「――今すぐ俺に『駆斬九狗』を放ってくれ」

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