第26話 偽物の妄想

 図書館深部。

 無数にある本棚の中の一冊の本を取り出すのではなく、押し込む。

 すると、ゴゴゴ、と本棚が奥に引っ込んで、抜け道が出現するという仕組み。

 この前、リードに借りた本の中にこういう仕掛けがあった気がする。

 抜け道は暗く、永遠に道が続いているようだった。

 学園の地下にこんな道があるなんて、誰もしらないだろう。中は結構広めで、洞窟の中よりかは快適に進めている。

「なんで、こんな仕掛け知ってたんだ? 誰も知らない抜け道なはずなのに、なんでイリーブが知ってるんだよ?」

「これですよ」

 どこからか取り出した紙は、学園の見取り図だった。

 細かい道までびっしりと描かれている。

「これっ、えっ? それって、俺がお前にパンツを届けに行った時に使った地図? いったいいつの間に?」

「机の上にポンって置いてあったから勝手に拝借しましたけど、ここに書いてあるんですよ。図書館深部の抜け道が。ほら」

「ほ、ほんとだ。行き止まりのはずの図書館深部にうっすら道が書かれている。よくこんなの気がついたな?」

 なんでも凝視していたはずだったが、目的が女子寮だったということもあって見逃していた。

「そんなの当たり前です。だって、その地図の前所有者は――」


「私なんですから」


「は、はあ? なんでお前がこんなもの? 女子寮に忍び込むために、男子の間で脈々と受け継がれてきたものじゃないのか?」

「それは……確かにそういった使い方をした人間が過去にいたみたいですが、それ以外の使い方だってした人達がいたんですよ。そもそもその地図を作った六人のうちの一人から、私はそれを受け取ったんです。なにかに使えるかもしれないからって」

「製作者の一人って、それって……」

「私のお父さんです。もっとも、お父さんは学校を抜け出してサボるために使ったみたいですけど」

 学園の中の地図。

 ある日ドアを開けると、隙間に挟まっていた。学園の男子に回され続けているものだと誤解していた。だが、まさか前の持ち主が、イリーブやその父親だったとは。

「というか、なんでこんなに急いんでいるんだ? 過去を変えてはいけないっていうんなら、どこかで時間を潰すしかないだろ。まだ時間的には余裕がある。なんたって俺は、ドフレン、アムリタと戦ってたんだ。それに、そのあとに助けてくれた人がいたから、むしろ俺達は行かない方がいいんじゃないのか?」

「……ちょっと待ってください。『助けてくれた人がいた』……?」

 鬼気迫る言い方なのが、ちょっと怖い。そんなにまずいことを口走ってしまったのだろうか。

「あ、ああ。言ってなかったか?」

「どうしてそんな重要なことを……。助けてくれた人の顔を見たんですか? あなたの言言うとおりだったら、私達はタイミングを見計らってから突入しないといけないことになります。もしかしたら、本当に私達の出番がなくなるってしまうことになるかも……」

「見た……よ……」

「見たんだったら、その人のことを教えてください。重要なことなんです」

「――だよ」

「えっ?」

 本当は言いたくないが、そうも言ってられないようだ。


「七年前に俺の命を助けてくれた恩人だよ! そして、俺がずっと探し続けてきて、それでこの学園に通うことになったきっかけになった人だよ!」


 過去をほじくり返すのは気恥ずかしい。

 特にイリーブにこのことは言いたくなかった。信じてもらえるかも分からない。あの時、目撃証言など自分しかいない。だから、そんな人間なんいるはずがないいと、一笑に付すかもしれない。だが、イリーブの反応は予想と全然違っていた。

「……………………」

 指先ひとつ動かすことができずに、固まっていた。

 そんなに信じがたいことを言ってしまったのか。

「お前には言ってなかったけど、あの大災厄の時俺のことを救ってくれた人がいたんだ。信じられないかもしれないけど、あそこに確かにいた人が、また俺のことを助けてくれたんだよっ! 本当だ!」

「ちょ……っと……。待ってください。色々と混乱してよくわからなくなってきたんですけど、あのー、とにかくその命の恩人さんとやらが、また助けてくれたんですよね? その時の状況を詳しく説明してもらってもいいですか?」

「状況……って。意識が遠のいていたからあんまり覚えていないんだが……」

「それでも構いません。お願いします」

「そ、そうだなー。詳しくって言われても、何かの魔法で『想造手』を切り裂いたことしか……」

「切り……裂いた? 『想造手』を破るなんて、いったいどんな『特異魔法』なんですか?」

「だから分からないんだよ。ちゃんと見れてないんだ」

「よくそれで、七年前にあった人物と同一人物だって断言できますね……」

「でも、たしかに!」

 たしかに、あの時のあの人だったのだ。理屈なんかじゃない、そんなものは感じたままに認識すればいいだけなのに。……いや、ちゃんんとした理由がある。

「……あっ、そうか、わかったぞ! どうして、俺がここまで七年前の命の恩人と同一人物だって断言できる、その理由がっ!」

 思い出す。

 過去に出会った命の恩人と、今回出会った命の恩人との共通項を。

「指輪だ! 七年前つけていた指輪と同じものを、あの人はつけていたんだよ、その人物は。だから、間違いない!」

「その指輪っていうのは?」

「ああもちろん。今でも身に着けているよ、ほら」

 指輪は、いつも通り首にかけている。

「実は俺、あの人から奪ってしまったんだよ、拍子で。その指輪を今でも肌身離さず持っているんだよ。この指輪のデザインも、サイズも、命の恩人の手がかかりだ」

「それっておかしくないですか?」

「……おかしいって、なんでだよ?」

「同じ指輪が二つあることです。その命の恩人が現れた時も、その指輪をあなたは見つけていたんですよね?」

「あっ、そうか……。でも、どうして?」

「考えられることは、今の時間のあなたが、洞窟へ行く前にその指輪を誰かに託すってことです。もしくは落として、それを命の恩人に拾われる。そうすれば指輪が二つ存在てもおかしくない。……いや、もしかしたら……そういうことじゃなくて。本当に指輪が二つあるとしたら、でも、だとしたら斬撃の方は……?」

「おい、イリーブ? どういう――」


「どういうことですか? こんなに遅い到着だとは思いませんでしたけど」


 凛とした第三者の声が木霊する。

 バタン、と手に持っていた本を閉じる。

 悠然とした態度で立ち上がり、こちらと対峙するのは――

「……リード? お前、保健室で寝ていたはずじゃ――」

「待ってください」

 イリーブは、恐怖を感じるように声を震わせている。

「お、おい。なんだよ、イリーブ」

「感じないんですか? 凄まじい魔力を持っています。あれは、本当に先輩本人なんですか? 潜在魔力が桁違いですよ」

「はあ? 確かに魔力っぽい靄はでているけど、あいつはリードだぞ?」

「分かりません。別人なほどの魔力を秘めています。魔力の大きさだけなら、恐らく――『オルトロス』すら凌ぎます」

「なっ!」

 オルトロスを凌ぐほどの魔力を持っているはずがない。

 リードは落ちこぼれで、不完全な『特異魔法』しか持っていないはずなのだ。

「ずっと待ってたんですよ。こんな暗くて狭いところに独りで。私はずっとヴァンさんだけを待っていました」

 イリーブなど、眼中になしといいたげなリード。

 実際、視線は完全にこちらへと固定されている。

「悪いけど、通してくれませんか? リード先輩。あなたには何も知っていないかもしれませんが今は――」


「知っていますよ。全てを」


 苛立っているイリーブが黙りこくるような迫力の言霊。

 ゴクリ、と自然と喉がなってしまう。

「アムリタ先生を止めようとしているんですよね。私が『特別な何か』になるのを阻もうとしているんですよね?」

「リード……お前……」

 焦点が合っていない。

 どこか遠くの方を見つめている。

 この症状は、もしかして手遅れなのではないのか。

「私は当たり前のことに気がついたんですよ、ヴァンさん。私は幸福の絶頂か不幸のどん底のどちらかを経験したかった。だけど、幸福になるのは努力してもなれない。でも、不幸になるのは、努力次第でどうにでもなれるって」

「お前、まさか……操られているのか? 心を……アムリタに……」

 信じたくはなかった。

 たとえ、他人の心を操れることができるとしても、それでもあいつは実行しない。そう勝手に信頼していた。だけど、現にこうしてリードは正気を失っている。

「操られて、潜在魔力を無理やり引き上げられている……? まさか彼女はここの、図書の番人として配置されている……?」

リードの手の上に、ヴァンでさえ可視化できるほどの魔力が集束していく。

繭のように絡み合った魔力の渦が爆ぜる。

「でも、独りで不幸になるって怖いじゃないですか。だから、一緒に不幸になりましょう。道連れで地獄に堕ちましょうよ。その覚悟がないなら、私があなたをちゃんと不幸にしてあげますから」

 光が四散した手のひらに乗っていたのは、一冊の本。

 自分の『特異魔法』を具現化するなんて、そんなことできるのは教師クラスだったはずだ。

 地下の暗い道でも、煌々と発光する本を開く。

 バラバラ、と何百ものページが自然とめくられていき、やがてお目当てのページに至ると停止する。

 バリィ、とページを破ると、そこから一際大きな光の塊が生み出され、網膜を灼きつくす。


「『たった一度きりの再生紙ロードオブデータ』」


 ドガァアアアンッ!! と爆発音が鳴り響く。

 盛大に湧き上がった白煙と共に顕現したのは、異形の化物。

 窮屈そうに折りたたまれている翼。

 鋭い瞳だけで、ヴァンの身長の半分ほどの大きさ。肉体を骨ごと砕くような大顎には、びっしりと白い歯が並んでいる。

 ずんぐりとした胴体に繋がっている尾の先は暗闇の先にあって見えない。


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! と火竜は産声を上げる。


 これは、『召喚魔法』だ。

 初めて見た。

 一生かけても見られるかどうか分からないぐらいに稀少な『特異魔法』。

 強力にして凶悪な魔法として知られている。

「え、炎竜……? しかも、こんな大人のドラゴンなんて、絶滅危惧種なはずです。そんなものをどうやって……」

「ただの……偽物……ですよ。そんなものを召喚できるなんて、エリートじゃないとできないです。私は……落ちこぼれ……だから、偽物しか作れません。雑種犬だから……私はこれを使うと……今日一日はもう魔法を一切使えないんです」

 息も絶え絶えに、座り込むリード。

 もう自力では立っていられないほどの魔力を放出したらしい。

 全身から滝のような汗が溢れている。

「私の……『特異魔法』は……妄想を具現化する魔法。一度きりしか使えない代わり……何十年にもわたって重ね掛けした妄想は……現実にいる炎竜すら凌ぐ。これが……本物を超えた偽物を作り出す魔法」

 リードはもう戦えないほどに魔力が空っぽだ。

 ということは、この炎竜を引っ込める魔力すらないということ。

 消し炭になってしまった紙クズを見れば、たとえ魔力があったとしても、あの紙の中には戻らないだろうことは明白。

 つまり、オルトロスよりも厄介な、伝説級の炎竜をここで倒さなければならないということだ。

「何も持っていない私の、何もないところから生み出した。……これが私の『ありったけ』です。ちゃんと受け取って……しっかり不幸になってくださいね、ヴァンさん」

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