第27話 火竜の咆哮

 ドガガガガガ、と横の壁に羽をぶつけながら、一気に火竜は突進してくる。

 巨体とは思えない速度で、鋭い爪を斜め上から振り下ろしてくる。

「避けろっ!」

 叫びながら、イリーブとは反対方向に跳躍する。

 ズバァッ、と爪の形に地面は抉れてしまう。

 とんでもない威力だ。

 ギョロリ、と眼光がこちらに火竜が狙いを定めると、スゥウウウと息を吐いて、アレの予備動作をする。

「逃げてくださいっ! アレがきますっ!!」

 イリーブの言うとおりにしたいところだが、巨体の火竜のせいで逃げ道などない。

 想定外の速度を持つ火竜に、完全に追いつめられてしまっている。


 ドゴォオオオオオオオオオッ!! と嵐のように渦巻く炎が降ってくる。


 ――『火竜の咆哮ドラゴンブレス』。

 それは、一種にして焦土と化すほどの火力。

 それをヴァンは、泡の部屋に全て閉じ込めた。

「自分の炎をそのまま喰らっとけ」

 接敵した泡を、火竜は爪でひっかく。

 瞬間、火竜に向かって炎が溢れかえる。

「うわっ!」

「きゃっ!」

 轟音と共に炸裂した炎をもろに喰らった火竜。

 どれだけ強くても、あれを不用意にもらえば無事ではないはずだ。

 だから、そのせいで――


 爆煙を纏いながら迫りくる尾に、反応することができなかった。


 左腕をすべりこませて防ごうとするが、

「うがあああああああああああああっ!」

 防御など関係なしに吹っ飛ばされてしまう。

 ドゴォオオッ! と側頭部から壁に激突する。

「ヴァン!」

「だ、大丈夫だ。それより……」

 ガラガラと背中の壁の瓦礫が崩れ落ちる音がする。

 立ち上がり際、火竜の様子を伺ってみる。

 が、火竜は余裕綽々といった様子。それもそのはず。

 なぜなら、

「傷一つついていない。自分の炎だというのに、まったく……」

「火竜には耐火性能を持つ皮膚を持っていると聞いたことはありますが、まさかこれほどとは思っていませんでした。それとも、彼女の言うとおり、本当に、本物すら超えてしまった偽物!?」

 パカッ、と口を開けて、火竜がつっこんでくる。

休む暇など与えない。

ヴァンは跳躍しながら、また泡を飛ばす。

「クソッ!」

 火竜は先ほどと違ってまずは引っ掻く。それから火炎を口腔から噴出させる。泡は弾けて、徒労に終わるはずだった。――だが、炎などものともせずに、泡は火竜の舌に直撃する。

 泡から飛び出したのが尖った瓦礫。

 血が飛び散る。

「泡が……弾けない……?」

 一番驚いたのは恐らく、自分だ。

 何の対抗策も思いつかないまま、ただの泡を飛ばしただけだった。それなのに、弾けなかったのはきっと、同行者のおかげだ。

「私の『破壊針』で、泡の時間だけを停止させました。ですが、私の『特異魔法』にはあまり期待しないでくださいね。大規模な魔法をしたり、小さな効力の魔法でも連発すると暴発してしまう。だから、私ができるのは最低限のサポートだけです」

「最低限のサポートだけか。……お前にそれをやってもらえるなら、最大限の力を発揮できるな」

 火竜との戦闘中だというのに、力が湧いてくる。

 あれだけ嫌悪されていたイリーブがやむを得ない状況とはいえ、肩を並べて戦ってくれることが嬉しい。だが、

「クソッ、舌に切り傷を与えただけか……」

 分厚い皮膚を持っている火竜に有効打を与えられるのは、口の中や瞳。

 そこを重点的に攻めてみるが、あちらもそれを見越して防御する。防御するというよりは、突進。攻撃は最大の防御というが、猛スピードで襲ってくる火竜に狙いを定めることは難しい。

 皮膚に瓦礫などをあてても、びくともしない。

 いつまでも火竜の猛攻を避けられるわけがない。どんどん体力が消耗されていく。しかし、あちらは火竜。スタミナはあちらに分がある。

 もしかしたら、リードの『たった一度きりの再生紙』によって造られた火竜は、無尽蔵の体力があるのかもしれない。

 そうだとしても、どうしようもない。

 確かにイリーブの『破壊針』は強力。

 だが、相手の動きを停止させたり、泡を弾けさせない等、その使い道は補助魔法に限られる。少なくとも、戦闘に関して、勝負の決定打となることはほとんどないだおる。

 そして、それはヴァンの『水泡に帰す部屋』でも同じことだ。

 奇策でどうにかするためには、圧倒的に攻撃力が足りない。鎧のような火竜の皮膚に傷一つつけることもできない。

「きゃあっ!!」

 何度か『火竜の咆哮』を停止させると、埒外だと判断したらしい。火竜は標的をヴァンからイリーブへと切り替えた。

 火竜は広げた翼でイリーブを叩き潰そうとする。

「……イリーブ!」

 駆けていこうとしたヴァンに、地獄のような炎が襲い掛かってくる。

「クソッ!! このままじゃ……」

 このままじゃ、本当に全てが終わってしまう。

 だが、どう足掻いても今のヴァンでは火竜に勝てない。

『あんたの『特異魔法』なら既に見切ったわ』

 自分の『特異魔法』はネクトのように万能ではない。

 彼女ならば、火竜の防御力など無意味に等しいだろう。

『私の前では紙切れに同じ』

 チギリのような『特異魔法』を持っていれば、イリーブを窮地に陥らせることもないだろう。

 自分の『特異魔法』をさらなる高みへと押し上げたチギリならば、きっと……。待てよ。今の自分ならば、確実に勝てない。だが、逆から言えば今の自分でなければ勝てるということになる。ということは、つまり……。

『お前に『特異魔法』の使い方を教えたのは誰だった?』

 このまま向かってもアムリタには勝てない。アムリタの思考を超える。かつての自分を超えてみせる。時間軸的に今現在の自分を超えてみせる。

「まずい……またあれがっ……!」

 火竜は炎を吐こうと空気を吸いこんでいる。

 それを防ごうとイリーブは手を振りかざすが、横から襲ってきた尾によって吹き飛ばされる。

「きゃああああああああああああああ!」

 壁に激突し、集中力を乱したイリーブにもう防ぐ手立てはない。

 火竜は憂いなく、今度こそ全てを焼きつこうとした。だが、


 その直前に、開けた口がいきなり爆発した。


「……え?」

 座り込んでいるイリーブの瞳に映っていたのは、確かに泡だっただろう。爆発したのは、泡だった。それを口にぶつけただけだ。そんなものは効かないと油断しきっていた火竜は蹈鞴を踏むように、後ろによろける。

「い、一撃で火竜がよろけるほどの威力……? これは……!?」

 これは、守備に重点を置いた『水泡に帰す部屋』などではない。

 より攻撃に特化し、進化させた、新たなる『特異魔法』。

 できたてほやほやの『特異魔法』の、その名は――

 

「『水泡弾ける部屋バブルバブルルーム』」


 ずっと欲しかった。……大切なものを守るために、攻撃的に戦えるものを。

 泡そのものを爆弾として扱える『特異魔法』だ。

「圧縮した空気を一気に膨張させることによって、爆発現象を引き起こした? そんな……まさか……『特異魔法』を進化させたんですか? この戦いの中でいきなりそんなことを……?」

「ぶっつけ本番だったけど、『いきなり』じゃない。ずっと考えてたんだ。俺は弱くて、いつも助けてもらってばかりだった。受け身の力しかなくて、口ばかりだった。だからもっと強くなりたいってそう思っていたんだ」

 チギリが自分の『特異魔法)』を進化する瞬間を目撃したから。

 ネクトに自分の『特異魔法』の弱点を指摘してもらったから。

 アムリタに自分の『特異魔法』の限界を教えてもらったから。

 だから、こうやって強くなれたのだ。

「これでやっと、自分から攻めることができる。これが俺の……新しい『特異魔法』だ!」

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