第22話 思考の超越
洞窟に落ちる影。
そこからドブンッとまるで沼のような音がすると、急激に闇の手が迫ってくる。ねばついた影の筋が幾重にも絡み付く手。さきほども斜め下から這い出てきたから、身をよじって避けるのはそこまで難しくない。
「くっ!」
服をかすめたが、下に意識を集中させていれば突破口は開けるはず。
「娘さんをくださいだと? お前のように弱い奴が?」
避けた先に、数十本の腕が待ちかまえていた。
ドドドドドォッ! と狙いすましたかのように、四方からヴァンの身体を押し潰す。
「があああああああああ!!」
一本の腕だけは、泡に閉じ込めることはできた。
だが、それ以外の腕は全て直撃してしまった。
「その傷……。ここに来る前の障害を乗り越えてきた代償が、お前の動きを鈍くしているようだな。お前の気持ちがどれだけ強かろうが、お前の弱さは変わらない」
「――らぁ!」
腕を振るって、闇の手の入った泡を飛ばす。
だが、複数の腕によって相殺どころか、衝撃を跳ね返されてしまう。
「ぐああああッ!!」
腕を交差するが、服を貫き、皮膚がめくれる。
闇の手の一撃一撃に、とんでもない魔力がこめられている。
「お前に『特異魔法』の使い方を教えたのは誰だった? お前の思考すら読み取れるぞ。今度はどうする? 泡を二重にして俺を揺さぶってみるか? だが、俺の『想造手』は文字通り手数が違う。『そんなことやってもすぐに潰されてしまう。どうしよう。あれほど大口を叩いたくせにもう心が挫けそうになっている。降参した方がいい』……とお前は考えている」
「違うな。俺が考えていることは、あんたの予想を、教えを超えてやるってことだ!」
泡を飛ばして、それを塞がれる。
そこまではあちらも想定内。
だが、弾けた泡から漏れだしたものは、びっくり箱よろしく想定外のはず。
ビカァッ!! と闇の洞窟内を光が照らす。
「なっ、洞窟の外の光を集めていたのかッ!」
影からでてくる『想造手』ならば、それを光で消し去ればいい。
だが、それは一瞬のこと。
すぐさま光は闇に包まれてしまうだろう。だから目くらましと、それから影の動きを限定させることしかできない。光の道へ影は一気に進行できるわけがない。だからその安全地帯を通って、防御不能のアムリタに――
ドガァッ!! と、背後から闇の手が抑えかかる。
「がッ――に……!? 後ろから……!?」
しかも、今度は地面の下の影からの攻撃ではない。
斜め上から、闇の腕は振り下ろされた。
「俺の『想造手』は、影から闇へと移り変わることができる。つまり、この闇の支配する洞窟内ならば俺は無敵だということだ。そして、お前は次にこう考えている。『だったらこの洞窟を破壊してやればいい』――だが、そううまくいくかな?」
闇の手によって傷つけられてた洞窟内の亀裂が、ビキビキッと音を立てて元通りになっていっている。
「罅がひとりでに……」
「そうだ。どうしてこの洞窟が完璧に修復されていたと思う? それは、イリーブの『破壊針』によるものだ。もっとも、作為的なものではないがな。魔法陣によって高まった膨大な魔力は、無意識的にイリーブの身体から溢れていしまっている。俺にとっては幸運なことに、まるで時計の針が巻き戻るかのように、この洞窟内の欠損は直ってしまうという仕組みだ」
ここにいるだけで、アムリタは無敵。
だからといって外におびき出すほどの実力は今のヴァンには備わっていない。
「さあ、次はどうする? 俺の思考を超えるためには、俺がまだ見たことのない戦術で俺を圧倒するしかないぞ」
「くそッ!」
相手ははこちらの攻撃を知り尽くしている。
だからこそ、一撃だ。
一撃で倒さないことには、アムリタは初めての攻撃でさえも記憶してしまう。そして対策を撃たれてしまうだろう。そこまでこちらのの戦術は知られてしまっているし、封殺できるほどの魔導士なのだ。
だが、ヴァンにできることなど限られている。
いつものように、泡を飛ばすだけだ。
だが、やはり闇の手によって、相手に衝突する前に泡の中身が飛び出てしまう。
中身は石だ。
「今度はただの小石か? そんなもの仮に当たったとしても意味が――」
アムリタが小石を凝視する。
その小石に刻まれていたのが、きっと――鎖の跡だったからだ。
「ドフレンが気絶した時に鎖の跡は全て解除したが、泡の中に入っていた石は干渉を受け付けなかったんだよッ! これでも喰らっとけッ!」
効果は一瞬。
すぐに鎖の跡は消えてしまうだろう。
だが、それで十分だ。
光の目くらましの時に生じた隙を使って、もう一つの泡は既にアムリタの後ろの配置していた。弾けた泡から飛び出した大岩が、小石に引かれてアムリタに襲い掛かる。アムリタに直撃して、そして、
ドガアアアンッ!! と大岩はヴァンに衝撃を伝える。
「なっ、うわあああああ!」
一体何が起こったのか分からない。
だが、大岩とアムリタの直線上にいたヴァンは自分の攻撃をそのまま喰らってしまった。
「まさか、攻撃を俺の身体に当てるまで成長するとはな……。少しは成長したようだが、お前はお前だ。弱いままのお前だ」
「なっ……んで。確かに攻撃は当たったはずッ!」
「ああ、確かに当たった。だがな、俺の『想造手』は俺自身の肉体を影のようにできる。つまりどんな『物理攻撃』だろうと、『魔法』だろうと全て俺の肉体をすりぬけるんだよ。言ったはずだ。この洞窟内において、俺は『無敵』だと」
「そんな……ことが……」
ブブブ、と確かにアムリタの肉体がぶれて見える。
だとしたら、アムリタに勝てる魔導士などこの世になどいない。
「イリーブの『破壊針』すら掌中に入れた俺は、新世界の創造主になる。それを邪魔するというならば、俺は自分の息子すら手にかけることを厭わない」
「あっ……がっ……ぐっ」
闇の手によって首を絞められ、持ち上げられる。
このまま窒息死させる気なのか。いや、それ以上に締め付けがひどい。このまま首の骨を折って殺す気か。
泡を飛ばそうとして――
ボキィッ!! と動かした右腕を折られる。
「あああああああああああああッ!」
もう一本の闇の腕によって折られた右腕には、もう力が入らない。泡を飛ばせるだけの集中力もない。意識が遠のいていく。
「もう楽になれ、お前にできることはもうなにもない」
ミシミシッと、首の骨が軋む音がどこか遠くから聴こえる。
酸欠状態になった脳では、思考がまともに働かな――
ザ――ンッ!! と『想造手』が切り裂かれる。
「あ、がっ!」
いきなり、首を絞めつけていた腕が喪失してしまったせいで、冷たい地面に叩き付けられる。
「ば、ばかなああああああッ! 俺の『想造手』を――」
どういうことだ。
どんな物理攻撃も、魔法も効かなかったはずではないのか。それなのに、『想造手』を断ち切れるはずがない。
「……誰……だ……?」
もう目がかすれてしまって、まともに見れない。
だが、この絶対的状況下には覚えがある。こんな時に助けてくれる人物にたった一人だけ心当たりがある。しかし、ありえないと胸中の想像を打ち消す。
だって、そいつはこの学園の人間ではないはずなのだ。
どれだけ探してもいなかったはず。
それなのに、ヴァンの危機を察してここまで駆けつけてきてくれるなんてことはありえない。七年前の焼き増しを見せられるなんてこと、あるわけがない。
「なんで、お前がッ……」
アムリタの驚愕の声が洞窟内を木霊する。
闖入者の身体つきは女のもの。
制服はホウマ学園のもの。
そして『想造手』を攻略できるほどの魔導士。
キラリと、指には輝く指輪をつけている。その彼女の顔をまた見れることができずに、ヴァンはそのまま闇の底へと意識を沈めた。
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