第20話 最後の詰み
イリーブが百人以上を強襲した張本人で。
チギリや、リード、ネクトさえもその手にかけた人間? そんなのありえない。
「あいつが、そんなことするわけないだろっ!!」
イリーブ誰かに攻撃されたのをは、リードとネクトは目撃したはずだ。……いや、だが斬撃によって襲われたことしか目撃していない。相手が誰なのかははっきりと見ていない。だから、欺かれたというのか。だけど、
「そもそもあいつにはできない。あいつの『特異魔法』はあんただって知ってるだろ?」
他の患者達の症状が人為的なものというならば、十中八九魔導士によるものだ。
だが、そんな『特異魔法』なんて、イリーブは持ち合わせていないはずだ。
「『時間停止魔法』……それは、彼女の力の片鱗に過ぎません。彼女の魔法の神髄は、『時間の概念の破壊』。つまりは、『時の歪みを掌握する』ということにあります。『破壊針』……。あまりにも凶悪な彼女の『特異魔法』の全ては私にすら分かっていない。だけど、彼女にはできたんですよ」
「……できた? なにが?」
「思い出して欲しいのが、襲撃された人達のことです。彼らの医療記録をポーラに頼んで見せてもらいましたが、患者達には驚くべき共通点を見つけました。それは、以前彼ら自身が経験した病気に類似した症状がでたんですよ」
「過去の病気と同じもの? それは間違ってるぞ。原因不明の病にみんな侵されていたんじゃないのか?」
「原因不明なのは当たり前です。過去の症状を複合させた新しい症状が彼らにはでていたんですから。病気と病気を掛け合わせて、新しい病気を発病させた。それができるのは、彼女の『特異魔法』しかありえません」
「時を遡って、病魔を蘇らせたっていうのか? そんなことありえるのか? 仮にそうだとしても、病気は再現できたとしても、リードやネクトが襲撃された件はいったいどう説明するつもりだ? あいつらは確かに新種の病気を発病している。だけど、最初に襲われた時は、見えざる斬撃の傷を受けたって証言したらしいじゃないか」
「それは、彼女が凶器を隠し持っていたとしたらどうです? 彼女たちは襲撃者の姿を見なかったと証言しました。それは、イリーブ・メビウスが静止した時の中を闊歩していたからではないですか? その時ならば、凶器を使用しても誰も気がつかない。それならば、彼女達が襲撃者を目にしなかった説明がつく。違いますか?」
「違う! あいつが、あいつがそんなこと……」
やるはずがない。
できたとしても、そんなことするはずがない。
「私とあなたではもう話し合いの余地なんてないんですよ。あなたがそれを認めなくとも、全ての事実が彼女を襲撃者だと物語っている。あなたには、それを受け止める覚悟がないだけだ。でも、それでいいんです。子どもは汚いことを知らずに、眠っていればいい。辛いことや悲しいことは大人が全部引き受けます。だから、さっさと眠りなさい」
無茶な暴論だと一蹴できたら、どれだけ心が楽になれただろう。
でも、何故かイリーブだけ襲われた後に誘拐された。そして、ドフレンの論理に穴は今のところない。見つけられたとしても、疑いは拭いきれない。
だとしたら、目を瞑ればいい。
何も考えずに、何もかもをなかったことにすればいい。
心を虚無に満たし、今からでもふかふかのベッドに突っ伏せばいい。そうすることが一番いいんだ。鎖に繋がれた動物のように生きることになろうとも、それが一番安全なのだ。檻の中でただ餌を求めるだけで、惰眠を貪るだけでいいんだ。だけど、
「……ありがためいわくなんだよ」
「なに?」
「ありがためいわくだっていったんだ! なんだよ、それは。あんたが勝手に背負うとしているその荷物は、どうしようもなくくだらないものだ! 自分で背負うか背負わないか、そんなの自分で決める。自分の眼で見て、考えたいんだ! あんたは満足なのかもな……。自己犠牲に浸りながら、他人に自分の道を強制するのは!」
きっと、後悔するだろう。
ここで引き返したとしても、進んだとしても、どちらにしても。
前に進むことが最善で、絶対に後悔しないなんて、そんな強がりを言えるほど、ヴァンは強くなんてない。
だけど。
どちらにしても後悔するのだとしたら、その道は自分の足で歩んでいきたい。
「だけど、違うんだ。転んだっていいんだ。間違っていいんだ。傷ついてもいいんだ。嫌なのは、誰かに自分の道を勝手に決められることなんだ。辛くても苦しくても、俺は自分の選んだ道を歩み続けたい! だから、あんたの意見には従わない! 俺は、俺の足で真実への道を往くよ!」
自分の足で歩かなければ、きっとドフレンに後悔の念を押し付ける。
逆恨みして、全部あんたのせいだって責任転嫁するだろう。
自分の後悔から、過ちから目を逸らすだろう。
それが楽なことなのかもしれないけれど、そんな安易な選択の方がよっぽど心に負担をかける。あとから絶対死ぬほど後悔する。
だから、ドフレンの鎖を断ち切ってみせる。
「……ほんとうに……ほんとうに親子そろってあなた達は愚かですよ。自分から血まみれの道を歩くことを決めるなんて……。誰だって最初はそうなんですよ。子どもの頃は、どれだけ傷ついたっていいって思いこんでいる。どんなことだってできるって勘違いをしている。ですが、いつか気が付く。傷だらけになって。痛みを痛みと感じなくなる。そんな手遅れな状態になってようやく知る。自分がいかに愚かな選択をしたのかを。それが分からないというなら、今……思い知らせてあげます」
ぐいっ、と見えざる手によって引き上げられるように、宙に浮く。
そのまま天井にぶつかりそうになるが、さっきよりかは距離がある分余裕がある。
「くっ」
壁に激突する直前で、天井ごと鎖の跡を泡で包み込む。
「流石にここまで多用すると、私の『特異魔法』も見極められてきましたか」
窪みのできた天井を蹴って、そのまま突進する。
「うおおおおおおおおおおお!」
重力と突進力を合わせた一撃。それを、ドフレンは避ける素振りもみせない。
「ですが――そんなもの関係ない」
鎖を床にしならせて破損させると、その破片が自動的にこちらに向かってきた。
「……そんなもの」
飛来してくる場所は特定できているので防ぐのは容易い。
泡で包み込んで、そのまま叩き込む。
が、ぐぅんと、空を切る。
「……なんで」
避けられた? いや、勝手にヴァンが空振ったのだ。
目測を誤ったわけではない。
何か見えない力が働いて、ヴァンの腕が勝手に動いた。
「そうか。自分の身体につけてある鎖の跡を使ったのか。しかも、引き合う力だけじゃなく、反発する力まで扱えるのか……」
ドフレンの身体のどこか見えないところに鎖の跡がある。
だから、ヴァンの腕と反応して勝手に空振りをしてしまった。ということは、この腕ではもう、ドフレンに一撃を叩き込むことはできない。
「あなた自身の『特異魔法』には、それほどの脅威はない。だから他人の『特異魔法』を活用する癖があるようですね。だからこその安全策です」
「……ぐッ!」
不格好なまま中空にいると、容赦なくドフレンから蹴りを入れられる。
「――鎖を」
ジャラリ、とそのまま追い打ちの鎖が襲い掛かりそうになる。
「この鎖さえなくなればあああああああ!」
肩を強打した鎖を摑まえる。敢えて喰らったのだ。この鎖を奪い去るために。だけど、
「なっ――」
いつの間にか、その手は空を掴んでいた。
鎖は完全に消失して、いつの間にかが新たな鎖を握っている。
「この鎖は私の魔法で具現化したものです。チギリ・イヌブセのように剣を媒介にしなければ『特異魔法』を発動できないような未熟者と一緒にしないで欲しいですね。私の『特異魔法』こそ、完成された本物の『特異魔法』なんですよ」
ジャラジャラジャラと、鎖が全身をつつむ。
「全身を……鎖で……うっああああああああああ――」
ドォンッ! と、そのまま叩き落とされる。
「これで完璧に詰みです。まあ、詰みになるよう、わざと隙を作ってあなたに接近させたんですがね。あなたの攻撃はもう私に絶対に当たることはない。近づくことすらできない。しかもこちらはあなたがどれだけ逃げようとも絶対に追尾できる。さあ、じわじわとあなたの心を蝕んで、屈服させてあげましょうか」
「くっそ……」
「……どうしたんですか? 無駄だと分かっていてもあがいてみないんですか? そっちの方が私的には燃えるんですが?」
「くそッ! くそおおおおおお!」
「破れかぶれに特攻ですか? つまらないですね」
鎖で全身を覆われているため、満足に速度が出せない。拳すら出せず、殴りかかることができたとしても、ドフレンにはヴァンの攻撃はどんなものであろうとも届かない。だから、こうするしかなかった。
ドォオオオオオンンン!! と、ドフレンの背中に、大量の瓦礫の山が雪崩れ込む。
さきほどまでの攻防や、逃げてきた時に、鎖の跡がついたものを泡で包み込んできた。
その全てを一気に弾けさせたのだ。
鎖でがんじがらめにされた時に距離をとらずに特攻したのは、ドフレンに瓦礫の直撃を受けさせるため。なるべくドフレンに接近しなければ、全ての瓦礫はヴァンに直撃していただろう。
「な、なぜうしろからあああああああああ!」
絶叫しながら、ドフレンは気絶する。
「おっ、鎖の跡が消えた……」
気絶した瞬間、鎖の跡が消えた。
そして、ヴァンへと向かっていた瓦礫がドドド、と床に落下する。
「ばか……な」
「うわっ! もう起きたのか。さすがにタフだな……」
もう少し気絶したままだとは思ったが、どちらにしてももう戦える状態じゃない。横たわったまま譫言のように言葉を放つ。
「あの瓦礫の山は出口を塞ぐだけじゃなく……鎖の跡がついた瓦礫を内包した泡を隠すためでもあった……? だが、どうして……。私の作り出したものなら、なおさら私に当たるはずが……」
「鎖の跡がつけられたものは、なんであれ絶対に俺を追ってくる。それを利用したんだ」
「そ、それならば、互角のはず! 引力と斥力は互角だったはず! なのにどうして!」
「互角じゃなかったんだよ。あんたが俺の身体全体を鎖で縛ってくれたおかげで、俺の身体に引かれる物体の力の方が強くなったんだ」
ドフレンの身体についていた鎖の跡で、少しばかり引力が削られたが問題はなかった。
「くそ、結局は私の油断したせいで……」
「油断したせいじゃない。あんたが俺の全身を縛ろうとしなくてもな、この床とか天井とかご丁寧につけられた鎖の跡をつかえば、より強力な引力は作れた。俺の泡でな。あんたは用意周到に計算づくでここまで俺を追いつめたつもりらしいが、それが逆に仇になったんだ。結局、あんたはここに誘導された時点で、あんたは詰んでたんだよ」
ガクン、と上げていた顎が落ちる。今度こそ完全に戦う意思を喪失したドフレンに、餓鬼のように勝ち誇ってみる。
「これが子どもの浅知恵だ。舐めるなよ、大人の教師」
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