第19話 調教の時間
全校生徒は自室で待機。
それが、ヴァンの聴いた徹底命令だった。
苦しそうに呼吸をしていたチギリ。
心配げに彼女を見ている時に、そんなことを聴かされた。
患者は保健室に収まりきらなかった。
軽い脳震盪程度の症状を持つ者も合わせれば、百人以上の魔法学生が原因不明の病におかされていた。
ベッドは人数分足りずに、敷布団などを敷き詰めていた。
咳やうめき声が木霊する中、恐る恐るチギリに声をかけた。
だが、こちらの声など聴こえていないようだった。
倒れているところを、他の生徒に発見されたらしい。
あまりにも可愛そうなチギリを見ていると、今度はネクトとリードの二人が空き教室に運び込まれた。明らかに異常事態だ。このままでは学園閉鎖するのも時間の問題らしい。
とにかく原因究明のため、一時的に自室で待機しろと言われた。だけど、
「このまま待っていられるかよ。あいつが……俺の妹が……誘拐されたんだぞ」
開けたドアの僅かな隙間から、廊下を覗き見るが誰もいない。ひっそりとしたもので、抜け出すのは容易かった。
問題はイリーブがどこにいるかということ。
心当たりが一つだけある。
あの洞窟だ。
あの魔法陣は、何故かイリーブにだけ反応した。
今思い返せば、他の患者とイリーブの症状は似ていた気がした。
つまり、あの魔法陣を設置した奴と、チギリ達を襲った奴は同一人物である可能性が高いということだ。
仮にあそこにイリーブがいなくとも、あの魔法陣を詳しく解析すれば何か分かるかもしれない。魔力解析など門外漢もいいところだが、部屋でじっとしているよりかはましだ。イリーブが今も苦しんでいるかもしれないのだ。だから、どんな障害があろうとも乗り越えてみせる。
のそり、のそりと足音に気をつけながら角を曲がり、そして――
「『部屋を出るな』と、そう厳命したはずです」
顔面めがけて、鎖が投げられてきた。
「うおおおお!」
両腕を上げてガードするも、そのガードごと吹っ飛ばされてしまう。もろに受けた右腕には鎖の跡がしっかりついてしまっている。
鎖を投げてきたのは、ドフレン。
やはり見回りしていたのか。しかし、よりにもよってある意味一番厄介な奴に見つかってしまった。こちらの話など聞くような融通さを持ち合わせているとは思えない。
「教師の命令を聴かない不良気質なところは、レイズとアムリタの息子なだけはありますね。今なら軽い罰で済ませてあげます。さっさと部屋に戻りなさい」
「引けるかよ。俺の妹が攫われたんだぞ?」
「私達教師が総出で捜索しています。あなたのような子どもが出る幕ではありません。あなたの成績が悪いとかそういう問題ではありません。我々教師が、大人ではなければ対処できない事態に陥っています。全ての責任は我々がとります。だからあなた達子どもは寝ていなさい。その間に事件は全て解決しているでしょう」
「他人になんかに任せられるか。俺はまた家族が失うのは嫌なんだよ!」
父親も、母親もいなくなってしまった。
血の繋がった家族はもうこの世にはいない。
それでも、また家族ができたのだ。
そんな奇跡みたいなことがあったのに。それが損なわれてしまうかもしれないと分かっていて、それで指をくわえて待っていることなんて絶対にできない。
「家族ねぇ。所詮、赤の他人でしょうに。家族になったのだってたった七年。そのぐらいで情に流されて、命の危険を曝すのはあまり利巧とはいえないですよ」
「いいからどけよ。あんたが教師だろうがなんだろうが、今回だけは譲れないんだよ」
拳を握る。
話し合う時間すら惜しい。
実力行使にでて、果たして教師に勝てるかも分からない。
それでも、握りこぶしを緩める理由になんかならない。
「……そうですか。ならしかたないですね」
諦めたように廊下の隅に寄る。
……道を譲っているのか。
ドフレンの性格上、あまり信用できないが通してくれるというなら、さっさと通る。
もしも罠であっても、それを突破してやる。だけどいきなり、
バアアンッ!! 右腕が独りでに床に吸い付いた時には、驚愕の声を上げた。
「なっ……! がっ……」
強打した右腕をぶるぶるふるわせる。
持ち上げようとするが、まるで岩の下敷きになっているかのように動かない。
「腕が……上がらない……。重力魔法か……?」
「このままでは、あなたの右腕は床にくっついたまま離れることは二度とありません。降参してくれませんか?」
「っ――ふざけるな。誰が……」
「まだ抵抗するというなら、ここからは調教の時間です」
ヴァンの腕は床に固定されて全く動けない。
抵抗できないことをいいことに、無造作に鎖を投げてくる。
どうしても引っ張り上げられない。だから、
「くそっ!」
上がだめなら下だ。
腕がくっついている床を泡でコーティングして、落とし穴を作る。そのまま転がるようにして下の階へと逃げる。
鎖が髪の毛をかすめるが、なんとか逃げ切る。
「泡で穴を開けて――」
重力魔法に逆らえないのなら、それに逆らわずに逃げればいい。しかし、泡で床を取り除いたら、すっかり重力魔法の効力が切れてしまった。
「どういうことだ?」
ただの重力魔法ではない。
重力魔法ならば、そのまま下へ身体ごと落下したはずだ。しかし、今はすっかり動けるようになっている。走ってドフレンから逃げることができている。
そういえば、重力魔法がかかっていたのは、腕だけではなかったか。
それ以外の身体の部位は重さを感じていなかった。
つまり、あの鎖に当たった箇所だけ重力魔法が付加される。と、そういうことなのか。
だったら、もう二度とあの鎖の攻撃を当たったらいけない。
鎖の攻撃範囲外から泡を飛ばす。
それが最善の戦い方。
泡を無作為に飛ばして廊下の壁を壊し、バリケードを作る。壁を造って死角を増やし、隙を伺う作戦。これならば、泡を自在に飛ばし、相手の鎖もある程度封じることができる。
「……よし、ここで――」
だが、腕めがけて廊下の壁が飛んできた。
せいかくには、泡で切り取った壁の残骸だ。
当てずっぽうなどではない、迷いなく死角から廊下の壁が腕を強打する。
「がっ!」
岩が砕けるが、腕には小ぶりな残骸がくっついている。これは、重力魔法などではない。もっと別の魔法だ。しかし、一番の疑問点は、
「なっ――んで、ここが……?」
どうやって探し出したのかということだ。
逃走経路を悟られないよう、いくつも廊下に穴を開けていた。縦横無尽に逃げ回っていたというのに、どうして見つかったのか。ドフレンの姿すら見えていない。
だが、そこでようやく気が付く。
腕にくっついている残骸には、鎖の跡があるということを。
そして、右手にも鎖の跡がある。
「鎖の跡……まさか……」
見えていなかっただけで、最初に重力魔法だと感じていたあの床には細工がしてあったのか。あそこには既に鎖の跡がついていた。それに引き寄せられるようにして、腕がくっついていただけだとしたら……。
「『
どこからか、ドフレンの声が木霊する。
「初撃を喰らった段階で、君の負けは決まっていた」
どんどん残骸が飛んでくる。
そのどれもが鎖の跡がついている。
バリケードを盾にして、勢いを殺すことはできる。だが、数が多すぎる。残骸同士が当たると跳ねて、まるで跳弾のように乱反射する。こんなの、どうしようもない。
「この破片の向かう先が、君のいるところ。わざわざ探さなくとも、確実に見つけることができる。私の『特異魔法』からは誰も逃れられないし、避けることともできない。鎖の跡をつけた石は、どこまでも追っていく」
「くそっ……!」
鎖の跡を拭ってみるが、どうしてもとれない。
とれるのは、残骸だけだ。
泡でとろうとしても、完全に腕と同化しているためとれない。
「とれないのか、この跡はッ……!」
だが、逆から言えば、残骸が飛んでくるのは鎖の跡がついている腕だけだ。
だとすると、そこだけに狙いを定めて泡を設置すればいい。
チギリとの戦いでも有効だった手だ。
いくら残骸が多くとも、泡を連続で放出するだけの時間差はある。だから、飛んでくるもの影が映った瞬間、泡を置いておく。だが、今度飛んできたものは、
「ガッ、ガラスの破片ッ!?」
泡でガラスの破片の一つを包み込めた。だが、間髪入れずに襲い掛かってきたガラスの破片によって泡は破かれ、一気に腕へ突き刺さる。
「ああああああああああああああ!!」
歯噛みしながら、棘のように突き刺さった破片を抜きとる。
ふらふらになりながらも、走る速度を落とさない。距離を稼げば、それだけ飛来してくる物体を見極める時間が生まれる。これは、痛みのあまり逃げているわけじゃない。
「がっ!」
いきなり、腕が廊下の壁にくっつく。
「なっ――んだ?」
まさか、ここにも罠が仕掛けられているのか。
よく見ると、壁だけじゃない。床や天井にも鎖の跡がびっしりとついている。
「や、やばい――」
頭に過った懸念通り、ヴァンは腕に引き摺られる。
しかも、前後左右めちゃくちゃに、高速で脳を掻きまわされる。
「がっ! あがっ! がっ!」
気力を振り絞って、鎖の跡のついたものを根こそぎ泡で包み込む。
「……く……そっ」
穴だらけになった階段を駆け下りる。というより、転げ落ちるようにして、大広間へとたどり着く。
外へと続く玄関口はすぐそこだ。
だが、それを阻むようにして、無数の鎖の跡がびっしりとある。念入りに鎖の跡の罠がしかけられている。
一歩でも進めば、きっとその途端発動される罠だ。
だからといってここで足を止めているわけにもいかない。
余裕の足取りでドフレンはヴァンを追いつめる。だが、
「なに――」
そちらだけが罠を仕掛けられるとは思わないで欲しい。
気配にきがついたドフレンが瞠目するが、もう遅い。
ドフレンがここまで足を踏み入れると同時に、奴の頭上付近に漂わせていた複数の泡を一斉に、天井に付着させた。
もちろん、柱も同様に泡で内包させた。
支えを失った天井は、瓦解するしかない。
ドゴオオオオンッ!! と、瓦礫の山が崩れ落ちる。
「あんたの『|特異魔法(スペシャリテ)』は狭ければ狭いほど効力を増す。だからここまで誘いんだんだ。ついでにあんたの鎖の跡がついた床やら天井やらもあるい程度潰してやったよ」
あの場に立っていれば、確実に下敷きになった。だけど、
「無駄なことを」
腕に瓦礫がくいこむ。
咄嗟のことで避けられなかった。
「……ぐッ!」
あらぬ方向から声が聴こえる。
いったい、どうやって避けたのか。
舞い上がった土煙と瓦礫の影になって見えなかったが、かなりの速さで移動しなければならないはずだ。
少なくとも、人間の足の速さでは絶対に無理な距離まで移動している。
「まさか本気で私と魔法戦で相手になるとでも?」
……そうか。これは、魔法戦なのだ。
相手を移動させるだけじゃなく、自分自身の移動手段にも鎖の跡を使ったのか。
恐らく、ドフレンの身体のどこかにも鎖の跡があるはずだ。
「相手になるとかならないとか、そんなの関係ない。自分の妹を助けたいって、そう思ってるんだよ! それのどこが悪いって言うんだよ! 先生だって、イリーブを助けたいって思ってるんだろ? だったら、いい加減俺を逃がしてくれ! それがだめだっていうなら、監視しなきゃいけないっていうなら、それでもいい。一緒に戦おう! そして、イリーブを助け出そう!」
「それはできません。一緒に戦う? 足手まといになるようなあなたはいらないんですよ」
「それは……確かに俺は弱いよ。だけど、助けたいって気持ちは同じだろ!!」
「そこです。そもそも、最初からその前提が間違っているんですよ。イリーブを助ける? 誰がそんなことを言いましたか?」
「なっ、じゃあ、あんたはなんのために?」
「彼女を止めるためです。……もしかすれば、彼女が二度と魔法を使えないようになるまで痛めつけるかもしれない。その覚悟があなたにあるんですか?」
「ど、どうして!? なんで、そんなことを!? あいつがなにをしたっていうんだよ!」
イリーブは、何者かに誘拐されてしまった哀れな被害者だ。
でも、ドフレンの言い方はどこかおかしい。その言い方ではまるで……。
「あなたのお友達であるチギリ・イヌブセやディーリング・リード、ネクト・コールスローを精神的にも肉体的にもぼろぼろにし、それどこか百人以上の魔法学生を病室送りにした襲撃者」
「――それは、イリーブ・メビウスです」
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