第18話 斬撃の襲撃

「脇目も振らずに行ってしまいましたね……」

 ヴァンが走り去ってしまって、取り残されてしまった。

 ネクトと二人きりになるのは、数週間ぶりな気がする。

 仲介役であるところのヴァンがいなくなってしまって、重苦しい空気が沈殿する。

 だが、リードはそんなもの気にするような性格はしていない。適当に喋って、適当に立ち去ろう。ヴァンがいなくなった今、ここにいる意味はほとんどない。

「自分のことや命の恩人の情報を聴けるチャンスだったのに……私がヴァンさんだったら絶対にありえない行動ですよ。ずっと探し続けてきた答えがようやく見つかるかもしれなかったのに、それをふいにして知り合いの安否を確認するためだけに走るなんて……」

 別に死んだわけじゃないのだ。

 相手は血の繋がった家族というわけでもない。

 結局は、赤の他人なのだ。

 それなのに、どうしてあそこまで真剣になれるのだろう。逆に演技くさいと思ってしまうのは、心が腐りきっているせいか。

「……確かに、あなたには一生理解できないことかもしれないわね。頭で考えるよりも、身体が動くことがあるのよ。あいつが私の挑戦を受けた時だって、逃げようとすれば逃げられた。それでも逃げなかったのは、あんたを守るためだったんじゃないの? あいつは、そういう奴なんじゃないの? 誰かのために身体を張れるような奴なんじゃないの?」

「そういう人ですね、あの人は……きっと。だけど、やっぱりおかしいですよ。……私、目的がある人が羨ましいんですよ。目的が持てない私には、明確な目的があって叶えるために懸命になっている人が羨ましい。――でも、だからこそ、全部を投げ捨てて最大の目的以外に目移りするようなことをされるのは我慢ならないってだけですよ」

「平行線ね。私だってこれ以上あなたに反論したくないから、黙るわ。あなたが気に喰わないから色々といったけど、これじゃあまるであいつを弁護しているみたいで気持ちが悪いし。それに――」

 ふぅ、と片目を瞑りながらため息をつくと、


「いい加減、こそこそ隠れている奴にも腹が立っていたしね」


 ガッ、とネクトが踵を床につけると、亀裂が稲妻みたいに走っていく。

 ドガァッ! とそのまま本棚の一つを下から上へ縦に割る。

「え?」

 物陰にいたのは、イリーブ。

 ヴァンの義理の妹だ。

 不意打ちをしたネクトに激怒するわけでもなく、黙り込んでいる。

 ネクトのいうとおり、隠れていた? こちらを監視するためにだろうか。

「なんで、イリーブが?」

「私も分からないけど、ここ最近ずっとヴァンの後をこっそり尾行していたみたいね。まっ、あなたやヴァンは気が付いてなかったみたいだけど、流石にここまでしつこいと一言文句言いたくなるわね。あなたのせいで読書に集中できないのよ」

 全然気が付かなかった。

 気配などまるでなかった。

「……べつに。ただヴァンが不審な行動を取っているのが気になったからです。あの人のせいで私の家の評判が下がっているんです。だったら、監視ぐらいするのは家族として当然じゃないですか? コールスロー先輩」

「過干渉すぎるんじゃないの? だいたい、今の動き……病院で寝たきりになっているとは思えないんだけど。ねえ、あなた、ヴァンさんの看病を毎日受けているみたいだけど、ほんとうはそんな必要なんてないんじゃないの? お兄ちゃんにお世話して欲しくて重症患者のふりをしているんじゃないでしょうね。だいたいあいつに冷たいのだって、もっとかまって欲しいからでしょ?」

 ネクトとイリーブは自分が知る限りでは、これが初対面なはず。

 それなのに、お互い友好的に話し合うつもりはないようだ。

 ただでさえ気性が激しいネクトの沸点が、いつもよりも極端に低い気がする。

 それだけ、読書の時間を邪魔されたのが嫌だったのか。

 その気持ちは痛いほど分かる。

 人間と会話するよりか、本と会話する方が楽しかったりするから。

「本を読んでいるだけあって妄想力豊かですね、先輩。はっきり言って不愉快です。あのヴァン先輩程度の魔導士に負けた先輩ごときが、私にそんな口聴いていいんですか?」

「――あら。どうやらあんたのお兄ちゃんよりかは腰抜けじゃないみたいね」

「それ以上、不愉快なこと言うなら、本気で相手しますよ」

「ふーん。『あの人の悪口を言っていいのは私だけ』ってこと? 独占欲の塊みたいな人ね」

「脳味噌くさっているんじゃないんですか? どうして今のがそう聴こえるんですか?」

「ちょ、ちょっと……」

 別に争い事をとめるつもりで、間に入ったわけではない。

 むしろ、争い事はやってもらった方が楽しい。

 だけど、巻き込まないでほしい。

 どこか他のところで争ってくれないと、ここにある本は貴重なのだ。

 リードだって痛いのは嫌だ。戦闘の余波がこちらに飛び火するかもしれないのも面倒なのだ。だからさっさと眼中から二人とも消えて欲しい。

「先輩。いい加減に謝っ――」


 ズギュッアッ!! と、イリーブの肉体が斬られる。


「――がはっ」

 イリーブの身体だけではない。

 近くに合った本棚も綺麗さっぱり斬られる。

「……なに、これ!?」

「くっ」

 呆然としている自分と違い、即座にネクトが敵対者に対して構える。

 イリーブは誰にやられたのか。

 気がつけばいきなり、皮膚の表面が裂かれた斬撃が走っていた。

 死んではいないようだが、たったの一撃でイリーブはやられてしまったようだ。

 苦悶の表情を浮かべながら立ち上がることができないでいる。

 なにより恐ろしいのは、攻撃をした人間の姿を補足できなかったということ。

 冷や汗をかいているネクトも、どうやら敵の姿を見ることができなかったらしい。全方位に視線を散らして警戒している。いつの間にかやられていた。そう表現するのが一番正しいほどに、あっけないほど簡単にイリーブは倒されてしまった。

「リードさん! あなたは速くここから逃げて、誰か助けを! 先生に――」


 ズバァッ! と、こちらを振り返ったネクトに斬撃が迸る。


「かはっ――」

 また、見えなかった。

 ネクトが倒れる。

 あれだけ敵対していたというのに、ネクトはこちらを心配して意識を裂いてしまった。その一瞬の隙をつかれてしまったのだ。

「……くっ」

 自分が落ちこぼれだから、心配されてしまったのだ。もしも、自分が弱くなかったら、一瞬でネクトがやられなかったかもしれないのに。

 しかし、相手はどんな化物か。

 不意打ちとはいえ、イリーブとネクトをまるで子ども扱いだ。

 近くにあった本棚に身を隠す。意味がないかもしれないが、やはり使うしかないのか。できそこないの魔導士による、欠陥だらけの『特異魔法スペシャリテ』を。

 手に魔力を集め――


 ズバッ! といきなり背中を斬りつけられる。


「なん……で……前にいたはずなのに……後ろから……」

 ありえない。

 イリーブとネクトがやられた時。斬撃の走り方から、どう考えても見えざる敵は前方にいたはずなのだ。

 本棚が狭苦しく設置されているこの図書館において、走行ルートは限られてくる。

 敵が後方に回り込んだとしたら、絶対に見えるはずなのだ。

 それなのに見えないということは、これは身体能力とかじゃない。敵の『特異魔法スペシャリテ』だ。

 ここ最近、原因不明の症状を訴える生徒が保健室で溢れかえっていると聞くが、襲撃者はきっとこいつだ。

 たったの一撃喰らっただけなのに、意識が遠のいていく。

「……透明化クリア? それとも、空間転移テレポート……? まさか、この『特異魔法スペシャリテ』は……噂の……」

 リードはそのまま何もすることができずに倒れる。

 意識が遠のきながら、リードは全てを目撃する。


 イリーブが見えざる襲撃者に連れ去られた瞬間を――。


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