第14話 世界の終末
ペラペラと、ゆったりと本をめくる音がする。
本をめくって熱心に読んでいるリードの横で、ヴァンは特に何もしていない。本の一冊でも手に取ればこの気まずさから少しは解消されるのだろうが、そんな気にはなれない。
リード達は、ここで待ち構えているのだ。
彼女の敵。
名前をネクト・コールスロー、というらしい。
まるで聴いたことがない名前。面識がまるでない少女を倒す。
未だに納得していない。
だが、こうなったのにはそれなりの訳がある。
はあ、と嘆息を突きながら、少しばかり時を遡って回想する。
「――俺がある女を倒す? 理由もなしにそんなことできるわけがないだろ」
「理由ならあるじゃないですか。調べたいことがあるんですよね? 安心してくださいよ。倒して欲しい人は善人ではありません。相手が悪い奴なら、何の気兼ねもなく倒してくれますよね?」
「待て待て。どんな極悪人かは知らないが、先生に頼ってみればいいだろ。俺個人がどうにかすると話がこじれかねない」
たった一人で決断するには手に余る。
倒すという表現がぶっそうすぎるのもあるが、リードを信用するだけの判断材料が少なすぎる。
「大人は信用できません。どうせ厳重注意するだけです。問題が起きないと動けないとか言い訳して、自分は優雅に椅子に座ってコーヒーを飲んでいるような大人のどこを信用すればいいっていうんですか。それよりかは、短絡的な思考で女子寮に潜入したあなたのような人の方が信用できます。きっと、私のために暴走してくれると」
「……ありがたい信用の仕方だがな。あれは妹のためにやったことだ。――相手のことを知りたい。あんたがいうその悪い奴ってのは、ほんとに悪い奴なのか?」
「悪い奴ですよ。何の理由もなしに、私に嫌がらせをしてくる人です。まあ、私もいじめられ体質なのでそういうのには慣れているんですが、あまりにもしつこいんですよ。だから退治して欲しいんです。死なない程度に痛めつけてあげてください」
「――そ、そんな物騒なこと簡単にできるか。残念だけど協力できないな」
「どうして? ……まさか女は傷つけたくないとか言うつもりですか?」
確かに極力女は傷つけたくはない。だけど、
「違う。そういうんじゃないが、仮に俺がその悪い女を懲らしめたとする。だが、そいつはそれで反省するか? 違うな。俺という用心棒を雇った、雇用主――つまり、あんたに報復しようとするはずだ。そんなことになったら、あんたをいつまでも守り続けられる保証はどこにもない。四六時中あんたと行動を共にするっていうなら話は別かもな」
「……守る前提なんですね」
「見捨てたら目覚めが悪いってだけだ。俺のせいであんたが不幸になったら最悪だろ。とにかく問題を解決するためには、あんた自身が変わらなきゃだめだ。あんたの力でどうにかするしかないんだよ」
「…………」
リードは顎に手を当てて熟考すると、
「……そうですか。なら、最低限譲歩します。あなたは私の横に立っているだけでいいです。そうすれば、私も勇気が出ると思います。彼女の意見には話半分であまり聴いていないし、言葉で拒絶したことがあまりなかったかもしれません。そのためにも、あなたにはぜひ同席して欲しいんです。それだけです。それだけで、あなたには図書館の深部へご案内できます」
「……わかった。その条件を呑もう。ただし、ほんとうに横に立っているだけだからな」
――と。
ここまでが回想シーン。
横に立っているだけだとは言ったが、それも疲れた。あれから時計の針が半周ぐらいはしたのだろうか。ついには机の上に座ってしまった。
「いつまでこうしていれば?」
「気にしないでください。そろそろ来ると思います」
「ふーん」
気を張っているのも疲れた。そもそもヴァンは何もする必要がないのだから、適当にしていれば――
「……リードさん?」
怪訝な顔をしながら、いきなりその女は現れた。
特に理由もなくリードに絡んでくるいじめっ子。
そういう先入観を植え付けられているせいか、かなり高圧的に見える。
つん、と顎を上げながら、切れ長の瞳で睥睨してくる。口を歪めながら、両手を腰にフィットさせている。どこからどう見ても、リードを存分に見下している。
くるりん、と髪の毛先が丸まっている。そこにこだわりがあるように綺麗なパーマがかかっていて、光沢もある。
太陽のように輝く髪を薄い胸に垂らしている彼女――ネクトはいきなり罵ってくる。
「今日も同じ場所で本を読んでいるなんていい度胸ね、って嫌味の一つでも言おうと思ってたけど、横にいるのは誰? まさかあなたに友達がいるわけないわよね。部外者ならとっとでていって――」
ぎぎぎ、と油を差し忘れた歯車のように、ぎこちなくこちらを二度見してくる。
一度見た時は、取るに足りない存在だと思ったようだが、なんだか目の色が変わった。
眼の色に宿るのは純粋な怒り、ではない。
これは、怒りなんて穏やかな感情じゃない。
憎しみだ。
「あれが、私の敵であるネクトさんです。まあ、あなたの敵でもありますけどね」
「はあ? 誰だ、こいつ?」
横から解説してくるが、眼前の少女に見覚えなどない。
だが、彼女はそうではないらしい。
「誰だ、こいつ……ですってぇ……! あなたこそ私の敵よ……不倶戴天の……私史上最悪最低の怨敵。あんたに恨みを晴らすまで死んでも死にきれない……。こんなところで再会するなんてね……。今日は最高についているわ。あんたをこの手でぶちのめせられるんだから」
「り、臨戦態勢になっているその手を下ろせ! 俺はただの付添人だ! 俺はあんたのことなんて本当に知らない! 人違いじゃないのか?」
「ひひひひひひ、人違いですってぇ……! 忘れたとは言わせないわよ! この私の……この私のぉおお――」
ネクトは大きく振りかぶって、思いっきり拳を振るってきた。
拳は避けたヴァンの服をかすって、そして――
「裸体を見たくせにぃいいいいいいいいいいいい!!」
図書館の床を粉々に破壊した。
「なっ――に――!!」
す、素手で床を破壊した。
しかも、かすった服まで粉々だ。
そんなもの、たとえ男だろうとできるはずがない。なんらかの魔法。しかも、肉体強化系の魔法か。
魔導士は相手との距離を取って、魔法を使う戦闘スタイルがほとんど。
だから、彼女はかなり珍しいタイプだ。
こんな奴なら、なおさら印象に残ってしかるべきなのだが。
「は、はあ? そんなもんいつ――あっ!」
「今頃思い出したようね。あんたが風呂場にダイナミック覗きした時に、一番初めに裸を見せてしまったのが私よ!」
「そうだ。確か、太ももの内側あたりにホクロがあった……」
「どこを見てるのよ!? この変態!! ただ覗くだけじゃなくて、私の裸体があまりにも美しかったからってそんな舐めるように見てたなんて! 忘れなさい! 全てを!」
「忘れたとは言わせないとか、忘れろとか……忙しい奴だな……」
「あの時の恨み……。ただ私の全てを見られただけじゃない。私の裸を見ても何の反応もしめさなかった。それこそがあなたの最大の罪よ。私には復讐する正当な権利があるのよ!」
ガン、とネクトが足踏みをする
それだけで床にビキビキビキッと亀裂が入って、こちらまで罅割れが広がってくる。
その音を聴きつけた周りでちょっとした騒ぎが起こる。キャーキャー悲鳴を上げて走り出すような音がする。こっちだって逃げ出したいぐらいだ。
「私はあんたに恨みを晴らすためにずっと機会を窺ってたのよ。それなのに、あんたはいつもチギリさんと一緒にいるから闇討ちできなかった。でも、あの剣士はいない。あんたは私がぶっ殺す! この手でねぇ!」
適当に掴んだ本が指の形に千切れる。
近づくのはまずい。
一掴みで骨が折れてしまうだろう。
「なんて握力だよっ……! 待て! お前は今日なんのために来たんだ! 目的を忘れるな! そこの奴をいじめるためだろ!」
「ヴァンさん、頑張ってくださーい」
「ふざけるな!」
すっかり部外者のようにはリードは応援する。
こうなったのも、半分はリードの責任でもあるというのに加勢してくれそうにない。
ネクトの眼中にも、自分しか入っていないようだ。
「問答無用! 私の裸体を美しいと言ってから死ねぇ!」
「どういうことだよ!?」
錯乱しているネクトと、まともに話し合いはできない。
それ以上に、まともにやり合うのはもっとまずい。
迫ってくるネクトから遠退くために、後ろに跳躍を――
「なっ――足がッ!!」
いつの間にか、まるで拘束具のように足を床がはさんでいる。亀裂が入って真っ二つになっていた床が修復されている。そのせいで足が埋まっている。こんなこともできるのか。
「くっ!」
咄嗟に腕を上げる。避けられるタイミングではない。せめて腕で受け止める。そう思って上げたのに――
ズガァッ! と嫌な音とともに、何か影が視界の隅で飛ぶ。
それは冗談のような光景で。
一瞬、脳が受け付けなかった。
だけど、たしかに。
付け根から消えてしまった左腕が、回転しながら宙を飛んでいた。
「うああああああああああああああ! 俺の腕がああああああああああ!」
あっという間のことで、痛みすら感じない。
腕が破裂するようにして、細かくなった肉片がそこらに飛び散る。
「『
喰らってしまえば、いかなるものだろうと形を喪失してしまう。
これは、防御不可能の魔法。
「世界の終末を操れる。それこそが、私の『
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