第13話 無知の推察
言いようのない恐怖感に顔が強張る。
確かに七年前の事件を知らないものはいない。
あの日、突然火山が大噴火を起こしたのだ。
元々魔力の低い家庭で生まれ、そしてあの大火で家族を失った。独りになった自分を不憫に思ったアムリタが、養子として迎えてくれた。
しかし、周囲はそれが許せないようだった。
成り上がった三流魔導士のくせに、誇り高い一流魔導士の前で大きな態度をとるな。と、そういうことらしい。養子のことなら、おぼろげながらも知っている者はいるだろう。
だが、入学した動機は誰にも言っていない。推測したのだとしても、ここまでの個人情報を調べ上げていることに性格の異常性を感じる。
「何故俺のことをそこまで知っている。いや、どうしてそこまで調べたんだ」
「私は特別なことに興味があるんです。あの異常なほどの火山の大噴火。街一つを焼き斬った大災厄という、びっきり特別な経験をしたあなたのことは全て知りたい。あなたという人間の人物背景や歴史。つまりは、物語を知りたいんですよ、私は!」
「特別って……あれが?」
あの地獄がどれほどのものだったのか知っているのか。
あれほど熱い炎を一度でも経験したことがあるのか。
「人間というものを突き詰めれば、最終的には情報なんです。ですが、無味乾燥な情報に私は心惹かれない。私が好きなのは物語なんです。起承転結。山あり谷あり。読んでいて胸躍るような……本のような物語性のある人間が好きなんです。あなたのことを知った私の気持ちが分かりますか? 人生において最高の人間に会えるということは、最高の一冊に巡りあうのと同じなんですよ」
「最高の本ね……。あまり本を読まない俺には分からない感性だな」
「ほんとうですか!? それはもったいない! 人間の幅を広げるためにも読書は必要ですよ。さあさあ、これとか、この本とかどうです? 初心者にもおすすめです。読みやすいですよお!!」
喋りだしたら止まらない。特に好きなものは押し付けがましいぐらいに薦めてくるような人間か。このまま彼女のペースに巻き込まれていると、話が全く進まない。
「あんたの趣味がどんなものなのかは分かった。だが、それは一端脇に置いておきたい。俺はあんたに頼みたいことがあってここに来たんだ」
「ほう? なんですか。私みたいな人間にできることなんて限られていると思いますが」
「閲覧禁止の本を読むために、図書館深部へ行きたい。それにはあんたの許可が必要だと聞いたんだ」
「――ふーん。確かに確かに。私ならあなたを図書館深部へ連れて行くことができます。そこで読みたい本があるというなら、存分に読めるでしょう。あなたにはとても興味があるし、ここで恩を売っておくのは私にとっても大きなプラスになるでしょうね」
うーん、と考えるふりをするように頬を指を当て、そして、
「ですが、承服できかねますね」
ばっさりと断られる。
「なっ、なんで?」
「それなりの対価を払ってほしいんですよ。まずは、あなたが書物を探る動機が知りたい」
「それは……人探しだ。俺はあの大災厄の生き残りについて知りたいんだ。生き残ったのは三人じゃない。本当は――」
「四人いた。ですか?」
「…………っ!」
「知っていますよ、それも。あなたは救助が来るまで、必死になって瓦礫の山を歩いていたらしいですね。そして回収された屍一つ一つを確認している。その異常性については書物に書かれていました。極限の精神状態のはずのあなたが、そこまでして探すということは、かなり大切な存在。――例えば、あなたが生き残ったことと関係があるとか?」
情報収集能力に長けているだけじゃない。
手元にある情報を最大限に活用して、ここまで推測できるなんて。
「……凄いな。あんた探偵にでもなれるんじゃないのか?」
「私に探偵は無理ですよ。この図書館からでることができない私は、きっと何者にもなれない。私は平凡な私にしかなれない。あなたのように素敵で特別な経験をすれば話が違うんでしょうけどね」
「……あんた、何も分かっていないな」
頭はいいようだ。
だが、その代わりに思いやりがないようだ。
人間を人間として見ていなく。
ただ情報の塊としてしか見えてない。
彼女にとって、人間も本も変わらない。
だから、不躾なことを平気な顔をして言えるのだろう。
「ええ。よく言われます。でもね、私はあなたのような人が死ぬほど羨ましいんですよ」
羨ましいと言われた。
目の前で両親の骸を目撃し、幸か不幸か生き残ってしまった人間のことを。
「不幸のどん底も、幸福の絶頂も経験したことがない私は、ほんとうに平凡そのものなんです。引きこもっているから、劇的な事件に捲き込まれることもない。朝起きたら本を読んで、そして疲れたら眠る。それを永遠に繰り返す。そんなつまらない日常を送っている私は、新しい一歩を踏み出す勇気もない。変わりたいと思いながら、変わる努力をするのは面倒なんです。あなたみたいに特別な人には私の気持ちなんて分からないでしょうけど、生きているだけで息苦しいです。私にとって生きるということは、まるで常に海で溺れているような感覚ですよ」
息継ぎもほとんどなしに、感情を吐露する様は確かに溺れているようだった。
どうして隔絶された空間にリードがいたのか理解できてしまった。
溺れている人間の近くにいると、自分も溺れてしまう。パニック状態にいる彼女に掴まれて、こちらも平静を欠いてしまう。だから、誰も彼女に寄りつかない。
はっきり言って、怖い。
傍にいると心を掻き乱されてしまって、とんでもない恐怖を駆り立てられる。
「……すいません。脱線してしまいましたね。こんなどうでもいいことを言ってしまって申し訳ありませんでした。分かってもらわなくて結構ですよ。分かってもらえないでしょうし、この程度の言葉で私のことを分かってもらったとしたら、私はそれだけちっぽけな器だということなので」
ほんとうにどうでもいいのならば、口には出さないはずだ。
と言っても、きっと彼女の心には響かなそうだ。
「あなたのその願い。条件次第では受けても構いません」
「……いったいどんなことを俺はさせられるんだ。もしかして、話か? 俺の遍歴について知りたいんだろう?」
「ああ、それはいいです。これからきっと長い付き合いになると思うので、そこは徐々に知っていきたいと思います。私があなたに頼みたいことは、もっと簡単なことです」
不穏な空気を纏わせながら、当たり前のように彼女は嘯く。
「倒して欲しいんです。目障りな女の人を一人だけ。……ね? 簡単なことでしょ?」
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