第4話 愛慕の定義

 バタン、と扉を後ろ手で閉める。そして愚痴が部屋の中へと漏れないように、少しばかり廊下を移動すると、ひっそりと嘆息をつく。

「……最悪だな」

 暗澹とする空気が場を支配する。

「来週の早朝に、ドーラの森集合か。生きた心地がしないな」

 言い渡された場所と日時は、まるで死刑場と処刑執行時刻。

逃げられない運命ならば、せめて立ち向かう努力ぐらいしたい。

「なあ。無駄だとは思うが、今から明日の対策を取らないか? 三人同時に罰を受けるってことは、三人で協力すればなんとかなるかもしれない」

「私は賛成だ。だが――」

 チロリ、と首肯してくれたチギリの視線の先には、

「私は部屋に帰らせてもらいます」

 不機嫌そうにそっぽを向くイリーブ。

「そもそもどんな試練が待っているかも分からないのに、友好を深めてどうなるんですか。あの人のことだから、私達が仲違いするような罰則を考えていてもおかしくないですよ」

「……確かに……そうだな」

 闇雲に作戦を立てれば、あの先生のことだからそれを逆に利用してきそうだ。

 草々に立ち去ろうとしたイリーブに、

「ちょっと待てよ。――ほら」

 ポケットを弄って、ずっと渡したかったものをポイと投擲する。キチンと折りたたんでいた布は、翼をはためかせるように飛ぶ。

「これが昨日、お前にやりたかったパンツだ。大事にしてくれよ、命を懸けてお前にあげたかったやつなんだから」

 綺麗な歯を見せながら物凄くいい笑顔をしてみせるが、恩着せがま過ぎたのか、

「こんなの……いるわけない」

 恨めしそうに睨み付けてくる。ギュッと、パンツを握りしめる。大きく振りかぶって投げ返そうとするが、

「あっ」

 視界に入ってきた女子二人が、イリーブへにこやかに話しかけてくる。イリーブは慌てて、そのままポケットにパンツに入れる。クラスメイトなのか、親密そうに挨拶を交わす。

 捲き込まれて大変だったね。あの変態のせいだったんでしょ? 大丈夫だった? うん、大丈夫だったよ、とか簡単なやりとりをすると、女子達は遠ざかっていく。去り際に、腐った死骸でも睥睨するような目つきで観られる。

 女子風呂を覗いたせいで、変態性はすっかり浸透しているようだった。ただでさえ魔法学生としての魔法適性が低いから軽視されがちなのに、この扱いは結構こたえる。

「……変態で思い出しましたけど……。ヴァン先輩とチギリ先輩。噂によると裸で抱き合っていたとか」

 ブッ、と唾の飛沫を飛ばす。どこからそんな尾ひれの付いた噂が漏れた。

「そ、それは誤解だ。こいつからぶつかって押し倒されたんだ」

「なっ、なにを言っている、お前が私を押し倒したんだろう! それだけではなく、わ、わ、私のあれを鷲掴みにしたくせに! あの恥辱、私は絶対に忘れないぞっ!!」

「悪かったって、おっぱい触ったのはわざとじゃないんだ!」

「おっぱい言うなあああ!!」

 ズバァアアン!! と、チギリが洒落にならない斬撃を飛ばしてくる。

「や、やめろ。これ以上罰則を増やすな!」

こいつ、さっき説教を受けたことをもう忘れたのか。

「……ふん」

 これ以上は付き合いきれないとばかりに、イリーブは踵を返す。

 彼女の姿が見えなくなると、

「随分、嫌われているな。それでもお前が不器用なりにも彼女に歩み寄ろうとしているのは、周囲への気遣いのためか? それとも昔なじみだからか?」

 チギリは前々からの疑問をぶつけるように訊いていくる。

「それは……」

 愛しているからだ――と軽口を叩こうとした。だけど、

「さあな」

 とてつもなく嘘っぽいから適当に流した。

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