第3話 三人の咎人
「あなた達には失望しました」
ドフレン先生の個室。
小難しい魔法書籍や薬品が棚に陳列されていて、全てが整頓されている。あまりにも綺麗すぎて気持ち悪いぐらいだ。埃一つない部屋には、神経質そうな強面をしている男性教員が睨み付けてくる。机に肘をつけて椅子に座っているのに、随分偉そうだ。
眼鏡を光らせながら、
「と、教師という立場上繕ってみましたが、あなた達に期待などしたことはありません。この学校きっての問題児。三バカのあなた方達には一切ね……」
馬鹿にしたようにせせら笑う。
女子寮侵入事件の翌日。
ヴァン・アナザーヴレイド。
チギリ・イヌブセ。
イリーブ・メビウス。
この三人の魔法学生は、責任を問われ、呼び出された。直立不動で姿勢のいいチギリは別として、それ以外の二人は納得していないようにそっぽを向いていた。
「ドフレン先生! 生徒の前でそんなこと……!」
保険医であるポーラ先生は、白い服の裾をはためかせる。この学園の先生でもっとも優しいと噂される常識人。彼女と少しでも接点をもちたいために、自分で傷を作る男子生徒は少なくない。
ヴァンの傷の手当ても彼女がしてくれた。
「博愛主義者であるあなたの同情が、必ずしも愛情に繋がるわけではありませんよ。僕の愛の鞭の方が、よっぽど彼らの将来のためになる。教育とは調教です。理性なき獣を立派な大人に洗脳させるのが僕達の仕事ですよ」
チギリは一歩前に出る。
上下関係を重んじる性格とはいえ、さすがに堪忍袋の緒が切れたか。
「ほう……。調教とは具体的にいったいどんな……」
「そこで食いつくな! 怖ぇよ!」
加虐趣味を持つ二人が手を組んだら、どんな危険な調教が生まれちゃうんだろうか。そしてその実験体は、きっと一番近くにいる俺なんじゃないだろうか。
「…………あの」
部屋には教師が二人。
それから魔法学生が三人。
その中でまだ一度も発言権を行使していない者が、ようやく口を開いた。
「私は関係ないと思うんですけど」
ヴァン達より学年は一つ下。
高等部の新入生。
まだ新しい制服を着こんでいる少女は、こちらを睨み付けてくる。
彼女の笑顔を最後に見たのはいつだろうか。
いつも笹のように長い睫毛を近づけ、怒った表情を作っている。
背の高いチギリと並ぶと、小柄な体格の彼女はより小柄に見える。
それでも、醸し出す彼女の怖いぐらいの圧のせいで、実寸大よりも大きく見える。
控えめな胸の前に腕を交差させながら、つん、と顎を引いている。
そして。
いつの間にやら、自然とのけ者にしていた。彼女からは目の敵にされていて、あまり自主的に話したいとは思えない。隣にいるのに、まるで無視するように首を背けていた。だからチギリとある意味楽しく口論していた時に、彼女がどんな表情をしているのか分からなかった。だがきっと今のように、路傍のゴミを見るような瞳をしていたのだろう。
「関係あります。というか、そもそもの原因はあなただと記憶していますけど」
「違います! 俺が勝手に先走ってしまっただけです! イリーブは関係ありません!」
ドフレン先生から庇ったというのに、ちっ――と小さくイリーブは舌打ちする。どうやら、余計な真似をするな、と怒っているようだ。
「……ですが、あなたが女子寮に潜入したのは、彼女があなたに念話したのがきっかけだと聞いております。そして……そのなんですか。あなたはアレを持って空中を散歩したわけなんですよね」
アレ、っていうのはアレだろう。
「ええ、パンツを持参して、イリーブに会いに行きました」
ヴァンは真顔で一点の曇りもない真実を告げた。
「……どうして君はパンツを持っていたんですか?」
ずり落ちた眼鏡を上にあげながら、詰問してくる。あまり訊きたくはなさそうで、形式上しかたなく質問しているようだった。
「彼女にプレゼントを贈るためです。いつも夜中は下半身が寒いと嘆いていたので、生地の厚いパンツを彼女にあげようと思ったんです」
女性もののパンツを選別するのには苦労した。
それでも一つ一つお店で、じっくりと吟味した。他の若い女性客から、変態よ、あれは自分で買って頭から被るんじゃねぇ、とか陰口を叩かれ、心が折れそうになっても掴み取ったもの。あのパンツにはこだわりと誇りがある。
「そしたら、彼女から念話がかかってきて、いますぐ来て欲しい。熱がひどい。着替えができない。そういったので、彼女に替えの下着を持っていこうと思っただけです!」
「……イリーブさんは元気そうに見えますね。ポーラ先生、彼女の健康状態は?」
「え、ええ。彼の話を聴いて、一応喉が腫れてるかどうかと、胸を触診してみましたが、健康そのものですね」
「…………? 先生が何を言いたいのかがよくわからないんですが」
「嘘をついていたという可能性はありませんか? ちょっとした悪ふざけのために、あなたを唆したとか」
思わず後ろに腕を振って、口角泡を飛ばす。
「そ、そんなこと……そんなことイリーブがするはずがありません! イリーブもなんとか言ってやれ!」
「…………」
「……イリーブ?」
意味のない嘘をつくようなイリーブではない。もしも仮病だったとしても、理由があったはずだ。ただでさえ彼女には避けられている。だからまさか、ただ夜中にどうしても会いたくなったとか、そんな乙女チックな動機とかは絶対にありえない。
「二人が呼び出された理由は分かりましたが、どうして私もここに? 事情聴取ならわかりますが、私まで説教を受けているのは些か疑問を挟まずにはいられないのですが」
チギリのその疑問に、ドフレン先生はしっかり返す。
「君はそこの二人よりよっぽど問題児です。一年の頃に入学してから割った窓ガラスは百を超え、校舎の壁のほとんどを破壊し尽し、魔動監視小型ヘリの撃墜数も五十はゆうに超えています。君の破壊活動は、我が校の教員の間では永遠に語り継がれることでしょう」
「――すいませんっ!」
彼女が入学してからこの学校がどれだけ壊れたのか、知っているものはいないだろう。それほどまでに彼女は物も人も傷つけてきた。
「君の親がこの学校に巨額の資金援助をしていなかったら、とっくの昔に退学処分になっていることを忘れないで欲しいです」
そういえば、チギリはいいところのお嬢様だった。
規律に厳しく、お堅いところはあるが、それ以上にどこか抜けている。肝心なところで冷静さを失ってしまう彼女には親近感が湧いてしまって、家がお金持ちなんて印象はぼやけていた。
「だが、流石に今回はやり過ぎだ。お咎めなしというのは他の魔法生徒に示しがつかない」
そうだ、そうだ。ドフレン先生もたまにはいいことを言う。彼女に捲き込まれているだけなのに、ヴァンだけが罰を与えられることはしばしばあった。そのせいで、学校中から悪い噂を囁かれているのだ。たまには一緒になって罰をもらうべきだ。
「私が罰則を与えようと思ったのだが……上からの指示でね。他の人間に君達の処分は一人されたようだ」
ほっ、と露骨に溜め息をついたが、まだ話は続く。
「あまり安堵しない方がいい。もしかしたら私に罰則を受けた方がよかったと、そう思えるほどに彼は残忍だ」
げっ、と思わず口からついてでる。
「まさか……」
この学校である意味一番指導を受けたくない奴の名前が頭に浮かぶ。しかも、原因の一端が自分にあると知れたら、いったいどんな制裁が待っているのか想像することすらできない。
「今回の指導係は、アムリタ先生。ヴァン・アナザーヴレイド、チギリ・イヌブセ――君達の担任だ」
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