第16話 爆煙は反撃の狼煙
爆煙が下方から漂ってくる。
ドトリナスは見晴らしいのいい屋上で、腕組みをしながら高みの見物をしていた。
初撃を躱したウーゼニアとやらは、賞賛に値する動きを見せた。一瞬しか見えなかったが、木の枝のようなものを触手のように動かしている様子を見て、同類であることを悟った。
《精霊獣》を使役する少年。
どうりで、コレクベルトが巻き込んだ訳だ。
《精霊獣》の能力自体は刮目するに値はしないが、ウーゼニア自身の発想がまずまずと評価してもいいだろう。安直な使い方が多すぎて、読みやすい。動きに無駄が多いが、最初は大雑把過ぎるぐらいが丁度いい。技術は経験と共についてくるが、最初の思い切りの良さは天性ものなのだから。
恐らく、ウーゼニアは戦闘経験が浅い。
顕現するスピードもそうだが、それから木の構成が粗すぎる。あれでは脆く、ドトリナスの爆弾を数個使えば、あっという間に木の壁は破壊できる。
数度に渡る爆発は、ウーゼニアの弱点を見定めるためのもの。必ず通るであろうこの建物の出入り口に罠を張った。時限式の爆弾だけではなく、遠隔操作の爆弾を持っていたことが、ウーゼニアにとって最大の誤算だっただろう。
単調な爆弾位置でウーゼニアを油断させ、最後の最後に建物の壁に埋め込んでいた爆弾を起爆させた。それから念には念を押すため、一つだけでなく複数の爆弾を同時に爆裂させた。
それで、全ては終わった。
ウーゼニアは大胆さを持ち合わせてはいたが、その場を広く見渡せるだけの冷静さに欠けていた。
経験値を積んで行かば、洞察力はおのずと身についてくる。ウーゼニアのこれから来るであろう輝かしい未来を奪ってしまったのは、ドトリナス自身だ。
「……ふん」
運が良ければ、まだ事切れていないかもしれない。だが、どっちにしろ出血多量でそう長くはないだろう。
殺すには惜しい存在だった。
もしもウーゼニアが、コレクベルトの手先に成り下がらなければ、仲間に引き入れていたかもしれない。
それぐらいには、ウーゼニアの戦いのセンスを認めていた。
だが、倒すべき敵として邂逅してしまったからには、手心を加えることなどできなかった。
もしもここで捕縛でもされてしまったら、今までの苦労は泡と消えてしまう。そうなったら、命懸けでドトリナスのことを逃がしてくれた『灰かぶり』のメンバーに一体どんな面をして会えばいいのか分からない。
コレクベルト政権を打破するために、テロ活動を行っていくしかない。こんな中途半端なところで破壊を辞めれば、犠牲になった者達が浮かばれることはない。
それでも、ウーゼニアを殺るのに抵抗があった。
コレクベルトの元々の部下ならまだしも、ウーゼニアはまんまと丸めこめられた……憐れなただの少年でしかないはずだ。ただの一般人である彼の命を散らしてしまった。そのことに言い訳などしたくない。
だが、最初の爆撃を躱された時、殺す覚悟を決めた。
初撃で倒れていれば、追いかけてさえこなければ、まだ軽傷で済んでいた。威嚇射撃のようなものだったのだが、それでも一歩も引かずにウーゼニアは挑んできた。
恐れを知らないのは、きっと壁にぶつかったことがないから。
一度挫折を味わった人間は、心に刻まれた傷跡のせいで、思い切った行動に出れないことが多い。だが、経験不足であるウーゼニアだからこそ、向こう見ずな戦い方をし、致命傷を負ってしまった。
だからこそ、ドトリナスを一時的とはいえここまで追い詰めることもできた。だが、そんな無謀としか取れない勇気なんて、戦場ではなんの役にも立たない。寧ろ邪魔なだけだ。
ゴゴゴゴ、と地鳴りのような音が響く。
『灰かぶり』の拠点の一つであるこの建物も老朽化が進んでいるため、先刻の爆破でグラグラと揺れ始めた。派手にやり過ぎてしまった。このままでは追っ手がすぐさまここに駆けつけてきてしまう。
まだ逃走時間に猶予があるかどうか視線を漂わせるが、大気中に灰が舞っているのと、白煙のせいで何も見えない。
霧のような煙が晴れるまでの時間が待ちきれなく、身を乗り出し――
――そこに現れたのは、髪の先の焦げたウーゼニアだった。
ここは六階建ての建物。
だからこそ階段もない真下から駆け上がってくるなど、ありえない。だが現実として突如として現れたウーゼニアは、白煙を切り裂くようにして攻撃を繰り出してくる。
「なっ!」
――んで! と、言葉が続かない。
信じがたい光景に呆気にとられ、凄まじい勢いの掌底に対し、こちらはまともなガードが間に合わない。ドトリナスの交差した腕の間をスルリとすり抜け、そのまま顎を打ち抜かれる。
迷いのない攻撃は疾い。
だが――疾過ぎる。
ウーゼニアの身体能力でここまでの速度を出せるわけがない。
がっ、と衝撃自体よりも、ありえぬ速度と角度からの攻撃に驚愕したまま、ドトリナスは後方に吹き飛ばされる。
視界の隅に映ったのは、ウーゼニアの足元に生えていた蔓の重なり。
幾重もの蔦を捩じらせて、一本の大樹のように形成して足場を作ったらしい。ぶっつけ本番でやったのか、造りにはやはり粗さが目立つ。
形成する時間もなかったのか、爆発によって削られたのか、うまく足場を作られておらず、左手に蔓を巻き込んでいる。
エレベーターの如き移動法をするには、そうでもしないと登りきれなかったらしい。
どう考えても、上か眺めていたドトリナスには不思議でならない。あのタイミングでは人間の反射神経で避けることなどできないはず。
そうなってくると、考えらえる最後の可能性は、こちらの作戦を読んでいた。いや、最後の最後で読みきったと言ったほうが正しい。そうでなければ、もっと華麗に避けていたはずだ。
意味がわからない。
実戦経験に基づいて巧みにこちらの爆弾を避けるのだったら、それを読んで攻撃を仕掛ければいい。
逆に弱かったならば、戦術なんて組まずにゴリ押しでどうとでもなる。
だが、そのどちらでもない、発展途上であるウーゼニアの行動パターンが全く読めない。
全くの素人であるのならば、ドトリナスの最後の仕掛けを紙一重で躱すことなどできるはずがない。一体こいつは何者なんだ。
「……くそっ!」
そんなことどうだっていい。
この程度のダメージなど何度だって経験してきた。もしもこのまま倒れてしまったなら、辛酸を舐めるだけじゃ済まない。敗北は死に直結する。
そういう世界でドトリナスは生きてきたんだ。
こんな右も左もわからないような奴だけには、絶対に負けるわけにはいかない。
ドトリナスは意識が飛びそうになりながら、ズササッとブレーキングして靴底を焦がす。
三半規管が脆に揺らされたせいで、膝が笑っている。この効果を狙ってやったのだとしたら大したものだ。
だが、それでも気絶するまでには至らないのは、不意を突かれただけの威力なき攻撃だけだったからだ。咄嗟に自分から後ろに跳んで、威力を半減したのも功を奏したらしい。
「このッ……餓鬼ッ……!」
反撃に講じようととしたが、体制を整える前に太い大木が驚異的なスピードで押し寄せる。
津波のように迫ってくる巨木の規模では、今更左右に避けようとしても間に合うわけがない。ガードも間に合わない。爆弾で相殺するにしても、タイミングが合わない。もしも無理に爆撃してしまえば、自滅してしまう。
「くそおおおお――」
上半身を覆うような木の大群を真正面から受けてしまい、背骨が折れそうなぐらいの衝撃を受ける。
かはっ、と唾の飛沫を口角から飛ばす。
声にならない悲鳴を上げながら、ドトリナスの意識は暗転した。
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