第15話 追跡者は破滅の光に包まれる
目標は、遥か彼方。
ウーゼニアは少しでも遠い地面を足の指で掴めるように、太ももを前に突き出す。
呼吸はなるべく一定のリズムを保てるように意識する。この追走劇が持久戦になってもいいように、しっかりと保険をかけておかなければならない。
手を渾身の力で振りながら、なんとかドトリナスの姿を見逃さずに視界の中に収める。全速力で疾駆しているが、追いつけるかどうかは微妙なところだ。
思っていたよりも、ドトリナスの足は速い。
狩りをする際には、半日以上同じ態勢のまま息を潜めて獲物を待ち続けることもある。だが、俊敏な獲物を仕留める時には、動く的を追い詰めるために並外れた瞬発力を必要とする。だからこそ脚の速さには自信があったのだが、今のところ二人のスピードはほとんど対等といっていい。
(瞬発力はいいが。持久力にはあまり自信が……)
弱音を胸中で漏らしていると、あちらも持久力がないのか、段々と脚の回転が遅くなってきた。まだ体力には余力があるウーゼニアは、地面の灰を強く踏みしめる。
地の利はあちらにあるが、此処等一帯を昨日からずっと歩き続けていたおかげで、地理は頭の中に叩き込んである。
どれだけ曲がり角を曲がって、こちらを撒こうとしても無駄なことだ。
疲れを見せているドトリナスが走るルートを、角ギリギリまで走り込み、動きを最小限にして角を曲がって、もうすぐ追いつ――
チッ、という何か無機質な音がする。
遮蔽物の影となっている場所に、その音源となる黒い円形の物質が落ちていた。
道端に置かれている物としては、あまりにも精錬とされた造形をしている。その突起も飾りも一切ない小さな球体は、チッチッチッと聴いている人間を急かせるような音を鳴らす。
不意に――ゾクッと嫌な予感が胸に去来する。
理屈などではない。
とにかくここから速く離れた方がいい気がする。
ずっと森の中で一日中駆け回っていたウーゼニアの第六感が、余りある危険性を囁く。
時間がゆっくりと動く。
感覚だけが冴え渡り、このままではまずいと想い、足首をグキッと捻りながらも急激に方向転換をする。なるべく謎の物体から離れるようにして、腰を捻るようにして跳ぶ。
その刹那――球体が爆散した。
空間をごっそり喰い千切るかのように、爆破の炎は拡散する。
第六感で爆発の余波をほとんど避けたが、壁の破片が飛礫となって強襲してくる。身を捻るだけでは回避しきれない。切羽詰った声で、幾度とこの身を加護してくれた《精霊獣》の名を叫ぶ。
「――絶叫しろっ!! 《アルラウネ》!!」
結界のような木の壁を、即席で繭のごとく身の回りに張り巡らす。
防御に転じるまでの時間が短かかったおかげで、なんとか飛んできた欠片を全弾防げた。だが、もしもあの黒い球体に不審感を抱かなかったら、今頃どうなっていたのかと想像するだけでゾッとする。
そもそも、ドトリナスが逃亡したのは少しばかり違和感があった。
ウーゼニアのまだ晒していない実力に恐れをなして背を向けたのだと、自分にとって都合のいいように解釈をした。
だが、あそこで逃げずとも、ゴロツキ共々ウーゼニアを打ち倒せば良かったのだ。これほどの破壊力を持った爆弾を持っていたのなら、それもできたはず。そうしなかったのは、先ほどの爆弾で、確実にウーゼニアを木っ端微塵に粉砕するのが、目的だったのだろう。
こちらが追いかけてくることも計算積みで。
「爆弾とか……聞いてないって」
弱音を吐きつつも、緩めていた脚の速度を加速する。
立ち止まって思考するだけじゃ、せっかく探し出せたドトリナスをみすみす逃してしまうわけにもいかない。爆弾とは、まさにテロリストが使いそうな武器。それすらも考慮して挑まなければいかなかった。
これは完全に油断だ。
そんな慢心を抱けるほどの実力を持っていないことを、いい加減気づかなければならない。
ウーゼニアは弱い。
だが、できることがあるはずだ。
追いかけながらでも、策を巡らすことはできる。
いきなり走る速度が落ちたのは、体力が低下したからではない。恐らく誘い込むための罠だったのだろう。恐らくはあそこの爆弾で仕留めることが目的だった。だとしたならば、あの爆弾が最後の仕掛けなのだろうか。
いや、恐らくありえない。
今までの行動から、ドトリナスはなかなか思慮深い相手だといえる。まだまだこの先トラップが仕掛けられていると考えた方がいい。
気になったのが、ドトリナスの所持している現存武器の不透明さだ。
必死で思い返すが、ドトリナスは何も持っていなかった。
ドトリナスが使った武器といえば、爆弾以外見ていない。
もしもあれ以外の武器を持っているのならば、例えば拳銃などがあれば、最初から使用しているはず。《精霊獣》も同様に、使ってはこなかった。
つまりは、相手の使用武器は爆弾しかないという結論に落ち着く。
だが、それ以外の武器も隠し持っていて、こちらが忘れた頃に不意打ちをしてくるつもりかもしれない。そうだとしても、ここまで出し惜しみにするのは、あまり考えられない。
いや、ここはそこまで深く考えなくてもいいことなのかもしれない。
仮にドトリナスが温存している武器があったとしても、使用される前に倒してしまうか、捕縛してしまえばいいだけのことだ。
それができるかどうかは、ウーゼニアの手腕次第。
他の人間だったらまだしも、ウーゼニアはいわば罠の専門家といっていい。
長年どこに獲物が引っかかるかを模索していたからこそ、逆転の発想で、狩りをする人間がどこに罠を仕掛けようとするか予測はできる。
だとしたら、決して相性が悪いわけじゃない。
接近戦に持ち込みさえすれば、自らが被爆することを恐れてドトリナスは攻撃に移れないはず。
だからこそ、あの裏路地では使用しなかったのかもしれない。
そうか。
起き上がってくるゴロツキに恐れ慄いて逃げ出したのは、フェイク。こちらの思考を遮断するために利用したに違いない。
「だったら――」
あとは楽勝だ。
ドトリナスの思惑を見切ったウーゼニアにとって、二度目の爆発は大したものじゃなかった。
やはり、死角となるような場所に仕掛けていて、逆にそれは読みやすかった。そうして数度の爆発を木の防護壁によって防ぎきると、ようやくドトリナスを追い詰めることに成功する。
だが――ウーゼニアの足が止まる。
「待てよ……」
とり壊しの決定しているかのような、廃墟となっている建物の中に入っていく影を確かに目にした。
だが、浅はかにそのまま建物に侵入するわけもいかない。
この建物に入ったこと自体が、罠であることは想像に難くない。生まれ故郷であるこの場所で、路地ならともかくわざわざ、建物中なんて捕まりやすい場所に逃げ込むはずがない。逃走ルートぐらい熟知しているはず。
それがたとえ、精神的に追い詰められたとしても、仮にも組織のトップにいる人間がそんな初歩的なミスを犯すはずがない。
「……どうする?」
このまま待機していてもジリ貧だ。
相手の出方を待っているだけでは、より強い反撃を仕掛けるだけの時間を与えることになってしまう。もしも本当にここに逃げ込んでくるのがドトリナスの想定内だとするならば、建物の中はトラップの宝庫と思っていい。
『灰かぶり』のメンバーがいなくとも、思想の賛同者がいるかもしれない。
そうなってくると、ウーゼニアにとって時間そのものが最大の敵となる。
だが、焦ってしまうこの状況だからこそ、迂闊な行動は避けなければならない。
あの建物に入らずに、ドトリナスを引きずりだす方法があれば話は変わってくるのだが、そんなことできるはずもない。
せめて、ドトリナスが現在どの場所にいるかを特定することができればいいのだが。
(待てよ……。俺が罠を仕掛ける時はいつもどこに……)
自分がドトリナスであると置き換えると、対象物が排除できたかは必ず目視したいはずだ。
もしもウーゼニアが被弾したとしても、生き残ってしまっていたらどうなる。窮鼠猫を噛むという事態になったら洒落にならない。どの程度のダメージなのか確認しなければ、この建物から出ることもかなわないはずだ。
いくらここに立て篭るのが作戦のうちといっても、追い詰めたのは事実。
出口は一つしか見当たらない。
近づいていみるが、暗黒に包まれている。
建物の中には、ドトリナスはどこにも見当たらない。柱の影にじっと潜んでいるかもしれない。いや、だとしてもこちらの動向を完全に把握できるわけではない。平面的ではなく、恐らく立体的に――
「あっ――」
ここまで思考を巡らして、ようやくドトリナスの居場所がどこなのかが想像できた。だが、思考に没頭するあまり、爆弾の察知に遅れてしまった。
「やっ――ば――」
勇み足をしてしまったウーゼニアの足元で球体が破滅の光を帯びる。
網膜に突き刺さるような光線を浴びながら、酸素を吸い込むようにした爆発に――ウーゼニアは巻き込まれた。
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