05 待って! ゼニガメ待ってよ!
なにが起こったのか、わたしにはわからない。だって、水面はあきらかに凍っていたし、もし池の中へ潜れたとしても、水面の氷が割れてなくちゃいけない。けれど、水面はまったく傷つかず、相変わらず鏡のように青空を映し出していた。
わたしは柵を越えて、おそるおそるペンギンが飛び込んだあたりの水面をのぞくと、三羽のペンギンは、水面に、足の裏を置いていた。
自分で言っていて意味がわからない。まるで水面をとおして世界が鏡合わせになったかように、ペンギンたちを下から見上げるように見えていたのだ。ペンギンたちはピタピタと足の裏を交互に水面につけながら、池の外側へと歩いていく。
「待って!」
そのまま外に出てしまったら、ペンギンたちを見失ってしまう。
鏡のような水面をとおしてみえるこの世界は、いったいなんなんだろう。鏡に映されたもう一つの世界? 鏡の国?
そんな疑問が、頭のなかにいくつも浮かんだところで、わたしの足もとにある向こう側の世界に、ワシワシと動く四本足と、おなかが見えた。
「あっ、ゼニガメ!」
水面の向こう側にみえるゼニガメは、一生懸命四本の足を動かしながら、水面から池の外へと移動していく。このままでは、ゼニガメまでも見失ってしまう。
「待って! ゼニガメ待ってよ!」
けど、わたしの声は届かないまま、ゼニガメは視界の外へと消えてしまった。
なんで行っちゃうの……。
胸が張り裂けそうになる。そんなわたしを追い立てるように、水面に映る青空はいつのまにか曇り空になってしまい、雪がちらつきはじめた。
ゆっくりと落ちるその雪は、大きなぼた雪で、わたしの見ていた池の水面をすこしずつ覆っていく。
あわてて水面の雪をどけても、ゆらゆらと落ちていく雪の量はしだいに多くなっていって、とうとう大雪になった。
「……間に合わない。ぜんぜん、間に合わない」
何度も何度も水面の雪をよける。けど、もう、どうやっても、雪がぜんぶ白くしてしまう。いつのまにか、わたしの視界は涙で曇って見えなくなる。泣き出しながら、泣いてしまいながら、やっぱり、どうにもならないと、どうしようもないと、そういう言葉が、わたしのこころを埋めてしまって、手ぶくろにしみ込んで、わたしは、冷たくなった手を止めてしまった。
雪がしんしんと落ちていくなか、わたしは泣きながら家へ帰った。
玄関でコートとリュックの雪をほろって、靴の雪もほろって脱いで、廊下へと足をかけたとき、空の水槽が目に入ってしまって、もう一度泣いた。そのまま自分の部屋に戻ってしまった。
ゼニガメが行ってしまった。待って、って言っても待ってくれなかった。わたしのこと、嫌いになったんだ。なんで?
もし嫌われてしまったとしたら、わたしが思っているよりも、ゼニガメのことを大事にしてこなかったってことじゃないか? そもそもゼニガメのこと、ゼニガメって呼んでるし……。いや、あのゼニガメは、ゼニガメって名前なんだ。だけど、ゼニガメは、もっとちゃんとした名前がほしかったんじゃないか? ヨークシャテリア……とか、そういう、
お母さんが、三時のおやつだよって声をかけてきても、元気が出なくて部屋から出たくなかった。晩ごはんも、やっぱり食べたくなかった。それでも、夜の十時ごろにぐーぐー鳴るおなかに耐えられなくなって、晩ごはんを食べに部屋を出た。ハンバーグだった。おいしかった。あと、お風呂も入った。ぽかぽかになった。
翌朝、朝の七時には目が覚めて、窓から陽が差し込んでいるのに気づいた。
今日もまた晴れているみたい。
しっかり寝たら、すこし元気になった。あの池に行かなくちゃいけない。そして、雪をよけて、あの水面のさきの世界、鏡の国について調べなくては。
わたしは布団から跳ね起きて、顔を洗って歯磨きをして、食卓について昨日の残りのハンバーグを食べた。お母さんはわたしの早起きにびっくりしていた。部屋に戻って、昨日と同じ装備を整えたあと、被害にあったポテトチップスの袋だけは置いて、そのかわりに、雪かき用のスコップを手に取って、家から出発した。
……うう、しばれるー《(4)》。
玄関を出るとすごく寒い。晴れてはいるけれど、この感じだとマイナス五度くらいだろうか。ゼニガメを取り戻すためだ。頑張らなくては。
十五分歩いて、例の池へ到着した。
やっぱり、池の水面には雪が積もっている。スコップを持ってきたのは正解だった。
わたしは、柵を越えて雪かきをはじめた。水面を傷つけないように、なるべく気をつけて。
一時間かけて水面の雪を五メートルくらいはよけられたんだけど、池全体まではやっぱり無理だった。
水面を
(4)東北・北海道の方言。ひどく寒いの意。
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