第48話 グラウンドで1on1!

 バスケットボールをドリブルする際に、鳴り響く特有の音。僕はこの規則的なようで、不規則な音を聞いていると何故だか落ち着く。

 ずっと聞いていたい。だけど、それじゃあ朝練にならない。僕は果敢に攻めてくる薫子さんの前に立ちはだかる。

 右に抜くと見せかけ、手首のスナップだけで左に切り返す技巧は流石だ。僕も一瞬、本気で騙されてしまった。そのまま脇を抜かれ、あわやシュートを決められてしまうという場面。

 一瞬の油断を付いて、僕は抜いた薫子さんに追いつき、ボールを奪い取った。しまった、と彼女は顔を歪ませる。

「完全に出し抜いたと思ったんですけどね」

「薫子さん。攻撃パターンは増えてきたけど、ディフェンスを抜くと油断する悪い癖がまだ残っていますよ。特にゴール下でのシュートの時は、手元に全く意識が向いてないです。それじゃあ、ボールを奪ってくれといっているようなものですよ」

 押し黙っている薫子さんに、ようやく自分が厳しく言いすぎてしまったのではないか、という懸念が芽生える。

 どうも、バスケとなると真剣に取り組むせいで、他人との温度差を感じてしまう時がある。戦々恐々としながら、薫子さんの表情を伺うと、予想に反して凛とした笑顔だった。

「流石は師匠です。私の弱点をそこまで挙げられるなんて! そこまで他人の欠点を見つけ出せる人間は、師匠の他にいませんよ!!」

 あれ? もしかして今、僕は遠まわしに性格の悪い人間だって批難されているのかな? ……他人のあら探しが得意なんて、よくよく考えると性格悪い人間だよね。ちょっとへこんできた。

「毎日毎日、無理を言ってご教授してくださって、申し訳ありません」

「いいんだよ、どうせ僕にはやりたいことなんてないしね」

 薫子さんとの朝練は、球技大会が終わってから今のところ毎日続いている。いまや日課となった、学校のグラウンドを借りての1on1は苦痛ではなく、寧ろ楽しみだった。

 体育の授業もサボっていたから、ずっと体がなまっていたし、勉強ばかりしていると気が滅入る。朝から適度に運動すると、気合が入るしね。

「やはり師匠は、バスケ部に入らないのですか?」

 いつの間にか、師匠と呼ばれてることに違和感がなくなってしまった。

 思わず苦笑する。

「入らないよ。僕はもうバスケはやらないって決めたからね」

「それは……もったいないですよ」

 薫子さんが口元を歪めるのを見て、僕は彼女が元気が出るようにおどけてみせる。

「もしも僕が入りたくなったら……その時は色々教えてくれる、先輩?」

「は、はい! でも、バスケ部では私が先輩でも、師匠は師匠ですからっ!」

 ……もしもはない。

 僕自身、本気でバスケ選手に戻ろうという気はない。僕のバスケ人生は、中学のあの時で終わったんだ。それに、女バスに参加して公式試合に出るなんて羽目になったら、それこそ犯罪行為だ。だからこれは、僕お得意の社交辞令。

「もうすぐ、HRだね。そろそろ教室入ろうか」

 ぽつぽつと、女子生徒の姿が見えてきた。薫子さんのマイボールであるバスケットボールを返却する。彼女は艶やかなエナメルのスポーツバッグにボールを入れると、律儀にお辞儀する。

「師匠、明日も是非、お手合わせ願います」

「もちろんいいよ。こちらこそ、お願いします」

 彼女にはたくさん嘘をついた。

 だけど、この口約束と、薫子さんと一緒にバスケを楽しみたいって想いは、きっと嘘じゃない。

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