第39話 絶体絶命の更衣室!(上)
制服を脱ぐと、そこに現れるのは女性用下着。
つまりは、ブラジャーとパンツだ。正体を隠すためとはいえ、男子用下着を最近着ていない。
女性下着を躊躇なく着替えられるようになったら、何かが終わる気がする。幸い、僕にはまだ羞恥心が残っていて、こそこそと着替えを始める。
体育館の中に設置されている更衣室には、ロッカーがずらりと並んでいる。普段は部活動生が使用するので、スペースが広くて着替えるのに不自由はなかった。
だけど。
「なんで、そこ等中に服が散乱しているんだろう?」
ロッカーの中にハンガーも備え付けらているのだから掛けておけばいいのに、ベンチや床に衣服が脱ぎ散らかしている。その中でも酷い例が、服の上に下着が無造作に置かれているやつだ。
手前のロッカーを開けていくと、なぜこんな凄惨たる光景になっているのか分かった。
ロッカーの数が圧倒的に足りないんだ。
普段ならば足りるだろうが、今日は大勢の人間が着替える日。全校生徒の体操服がロッカーに入りきるはずもなく、既に中にあった衣服を放り出したのだろう。
いいんだろうか、これで。
僕は唖然としながらも、一番奥のロッカーだけはまだ何も入ってなかったので、そこを使用する。制服をハンガーにひっかけていると、更衣室の外から談笑の声が聞こえてきた。
「やっ、やばっ!」
僕は慌てふためいて、ロッカーの中に滑り込む。僕がばたん、とロッカーの中に隠れて閉めると同時に、更衣室のドアが開かれた。
あ、危なかったああ。
……って、あれ。
そういえば、僕今は女の子っていう設定だから、別にやましいことなんてないのか。なーんだ、と内側からドアを押そうとすると、
「それにしても、Dクラスはどうして、あんなに面倒くさい人達ばかりなの?」
そぅと、手を引っ込める。
どうやら外に飛び出しても、僕にとってなんの益もないようだ。
「そ、そうかなー? 確かに変わった人達ばっかりあのクラスは揃っているとは思うけど、綾城先輩とかは優しい人だとは思うよ、児玉さん」
児玉さんって、児玉薫子さん? それにしては随分と話し方が砕けている気がする。これが彼女の本来の話し方なのだろうか。だとしたら、薫子さんの話し相手とは相当仲睦まじいのだろうか。
僕は物音を立てないように、細心の注意を払いながら、ロッカーの隙間から外の様子を盗み見る。
「綾城先輩は、女好きなだけでしょ? あんたは同じ寮じゃないから、あの人の本性を知らないだけよ。あの人の適当さったらないんだから」
厳しく言い募っているのは、やっぱり薫子さん。それから傍にいるのは、眼鏡をかけた気の弱そうな女の子。
あれ? 僕の気のせいだろうか。この前、茅さんと一緒に保健室で密会していた女の子の顔と、瓜二つなのは。
「う……ん。そうかもね」
「だいたい、綾城先輩の女性関係に文句をつけるつもりはないわよ。だけど、寮に来てまでサカるのは止めて欲しいのよね。部屋が隣りだから、色々と丸分かりになるのが本当に嫌。特に寮にいるDクラスの人間にまともな人間はいないわ」
薫子さんは、歯切れが悪くなった彼女にもお構いなしで愚痴をこぼしている。他人を詰っているのを聞くのが苦痛なのが、傍から聞いている僕には丸分かり。
だけど、薫子さんは自分の話に夢中になって気がついていないみたいだ。
「……そ、そういえば、寮にはもみじ様もいるんでしょ?」
「ぶっ!!」
いきなり僕の名前が出てきて、思わず動揺してしまった。
「あれ? 今何か聞こえなかった?」
「ううん、なにも」
「……そう?」
薫子さんは釈然としないながらも、一応は疑いの矛をおさめた。
も、もう少しで見つかるところだった。こんな場所で聞き耳を立てているのが知れたら、たとえ女同士であっても不審に思うだろう。
「ま……まあ。あの人は変わってるわよね、色々と」
「えー、そうかなー。噂よりはずっといい人だと思うだけど。あんなに美人だから、密かに狙ってる人も多いって聞いてるけど」
噂よりはって、いったいどんな卑劣な人間像がみんなの中でできあがっているのだろうか。それに、狙っているって、何をだろうか? 僕を痛めつけて何か利益を得る人間がいるとは思えない。あと、女の人に美人だと褒められても、馬鹿にされてるようしか思えない。
「ああ、あの人だけは止めといた方がいいわよ。噂通り、あの人は最悪な人だから。あの不良で有名な人と組んで、悪事を色々と働いているから、近づくことさえも危険だと思ったほうがいいわよ」
……僕、そんなに薫子さんに恨まれるようなことしただろうか。
根も葉もない噂の情報源は薫子さんなのではないかと疑いを向けてしまいたいぐらい、でっち上げられた嘘に愕然とした。
「そう……かもね。私たちの先輩にも、酷いことをしたって先輩達本人から聞いたしね」
フォローしてよ、眼鏡の子。君だけが頼りなんだからっ!!
それに確かにボールをぶつけたのは事実だけど、悪意はなかったんだよ……。
「……ああ、あれにはすっきりしたわよ。私が一年でスタメン入りするのを、やっかんでいる連中だったから」
薫子さんは鼻で笑うように先輩を馬鹿にしながら、制服を脱ぎ始める。それからもう一人の女の子も、おずおずと制服に手をかける。
僕は目をひん剥く。
そうか、二人とも着替えする為にここにきたのか。更衣室なんだから当たり前なんだけど、その可能性については失念していた。
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